salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

我が書斎、横須賀線車中より

2017-04-5
私のアルバイト物語
ウェイトレス編 その2

長者ケ崎のレストランを辞めた後、もう少し時給の高いアルバイトを探すことにした。
当時流行のガールズバンドを組んでいて、スタジオ代やLIVEをやるために借りるライブハウス代を稼ぎたかったのだ。

ちょうど冬休みが始まる頃だったのだが、有り余る体力には自信があったので掛け持ちをすることにして、一冬で10万円を稼ぐという目標を立てた。
駅前の商店街を歩いてアルバイト募集の貼り紙を見比べ、朝8時から17時まではファーストフードチェーンのM、18時~22時までは居酒屋と決めた。
両方とも簡単な面接を受けただけで採用されることになった。
今考えれば、マッチョ店長の教育のお蔭だったのだろう。

二つのバイト先は対照的だった。
Mは、何もかもがシステマティック。
居酒屋は、何もかもがルーズ。

Mでは、仕事を始める前に徹底的な教育を受けた。
どんなメニューを扱っているか、お客様への受け答えの仕方、「クリーン&クレンリネス」というキャッチフレーズでまとめられる綿密な手洗い(ブラシを使って、爪と指の間や手首までも洗うやり方はここで初めて知った)や髪の毛をハットの中に全て入れる始末の仕方などの身だしなみの整え方、隙間時間に徹底してやる清掃について、ドリンクの作り方、消耗品の補充の仕方・・・などなど。
これらが映像とマニュアルにまとめられていて、映像の中で語っているのは外人(多分アメリカ人)。それが和訳されているものをアルバイト控室にて、マニュアルを開きながら一人で観るのである。その体系立った情報の解りやすさに感嘆しながらも、何となく洗脳されている様な、自分が無機質な歯車になった様な、妙な気分にもなった。観終わった後には確認のための簡単なペーパーテストがあり、これをパスして晴れて現場へ。

まずは
「いらっしゃいませ、おはようございます♪」
「いらっしゃいませ、こんにちは~♪」
「いらっしゃいませ、こんばんは~♪」
「〇〇は如何ですか?」
「有難うございました、またどうぞお越しくださいませ♪」
などの決まり文句を、同じイントネーションで、大きな声で朗らかに言えるまで発声練習。
M特有の、「スマイル0円」も忘れずに。
(ちなみに、お客様に「スマイルください~」と言われたら、「はいっ」と言ってニッコリ微笑めばよいのである。まぁ、そんなお客様は滅多にいなかったが。)

アルバイトとして最初に入った時は「トレーニー」と呼ばれ、教育係の「トレーナー」がついて、映像視聴とマニュアルで学んだことの実践を積み重ね、着実に身に着けていく。これが一通りできると資格試験を受けて「Cクルー」に昇格。「Cクルー」の後は「Bクルー」、「Aクルー」が上位級として用意されている。その先には更に、接客係としてルーチンではないお誕生会などのアレンジをする「スター」や、「トレーニー」を教育する「トレーナー」など、枝分かれした上位級もある。

私が居た時の「スター」は小顔でカワイイ、いつもニコニコ顔の大学生のお姉さんで、そういう外見的要素や愛嬌なども加味されて選ばれるんだろうなぁと想像した。「トレーニー」には何人か居て、いずれも面倒見が良さそうな人だったのだが・・・中に1人だけ、怖~い怖~いパートのオバサマが居た。
この人は、ちょっとしたミスでもしようものなら「さいっとーさんっっ」と神経質な高い声で露骨に怒り出す。髪の毛一本ハットから出ていてもキィキィ言う。そして、私と同時期に入った、ノンビリして覚えの悪い「トレーニー」の男の子が居たのだが、このオバサマは何故か彼には優しく、態度が全然違うのには閉口した。「どうぞ今日はオバサマに当たりませんように・・・」と祈り、やむなく当たった時には出来るだけ何も言われない様に必死に基本動作を身に着けた。早くこの恐怖から逃れたいと頑張ったお蔭ですぐに「Cクルー」に昇格したので、このオバサマ効果も捨てたもんじゃない。でもその先の昇格には全く興味が沸かず、「私は仕事の出来る『Cクルー』になろう」と妙な決心をした。

仕事の役割分担としては厨房の中で商品を作る係と、外のカウンターでメニューの注文を受け付ける係が居て、大抵男性は中、女性は外と割り振られた。中では更にハンバーグを焼くグリル担当や、ポテトやアップルパイを揚げるフライヤー担当などに分かれる。外担当になると、受注時に飲み物を作る他、時折店舗内を回ってゴミ袋を取り替えたり、ペーパーなどの補充をしたり、テーブルを拭いたり、お手洗いを清掃したりする。

私は当然カウンターに配置され、得意技は「サジェスト」だった。「サジェスト」とは、在庫が出来てしまいそうな商品を、カウンターで受注している時に「ご一緒に〇〇も如何ですか?」とお勧めすること。当時は今と違って見込み生産で各商品を作っていたので、時々見込み違いで余剰在庫が発生しそうになる。商品は完成後ハンバーガーなら〇分まで、ポテトなら〇分までと販売可能期限が決まっていて、これを過ぎると「ウェスト」と呼んで廃棄扱いになってしまうので、出来る限り売り切りたい訳だ。例えばフライヤーに居るお兄さんがポテトを揚げ過ぎると、「ポテトのサジェストお願いしまーす」と叫ぶ。これを受けてカウンターでは一斉にポテトの「サジェスト」開始。大抵のお客様は気弱なので、目線をしっかり合わせてニッコリ笑いながらハキハキ「ポテトは如何ですかっ?」と問いかけると買ってくれる。私の「サジェスト」成功率は高いということで、カウンターの中でも入り口から真っすぐに入って来て突き当たる5番カウンターが定位置となり、やがて「サジェストの女王」と呼ばれることになった。

お昼休みは大抵Mの商品を買ってそれを食べる。ちょうど照り焼きバーガーがテスト販売された頃で、その美味しさにはハマったので、後でレギュラーメニューになったのも納得した。それ以外に印象に残っているのはチキンナゲット。ソースが、今もあるバーベキュー、マスタードの他にカレーとスイート&サワーみたいなのがあって、食べる側からすると色々選ぶのが楽しいのだが、カウンターに居る側としては「ソースがケチャップ、マスタード、カレー、スイート&サワーの4種類がございますが、どれになさいますか?」と長々と説明しなければならないので面倒くさかった。ちなみに私のお気に入りはカレーだった。

*****

片や、居酒屋。
マニュアルは、無い。映像なんてものも勿論無い。
瘦せ型のスタッフについて店舗内を回りながら、順番に頭の中で覚えていくしかなかった。

担当はホールのウェイトレスだということで、メニューを見て商品を覚えた他、カクテルなどの作り方も習った。ジン、カルーアミルク、カンパリなどのボトルが注ぎ口を下にしてキッチン横のカウンター上部に設置され、コップで上に押すとワンショット分が出る仕掛けは面白く、「未成年がカクテルを作るのはいいのか?味見も出来ないし・・・」などと思いながらも、サーバーから注げば終わりのビールやチューハイよりは断然楽しいので注文を心待ちにした。

ここでの挨拶は、
「えーーーらっしゃいませぇぇぇ~い!」
「ご新規2名様入りましたぁぁぁ~!」
「お通し2丁ぅ~お願いしまぁ~す!」
「あぁ~りがとうございまぁ~す!」
と独特の節回し。全て、語尾が上がるイントネーションで、ラ行は若干舌を巻く。同時並行でやっているMと余りに違い過ぎ、二重人格になったかの様で、心の中で「花の女子高生17歳、これでいいのか?」と呟く私が居た。

「サジェスト」はここでもあった。
ウィスキーの水割りを頼まれた時、「この後何杯かオーダーを頂く様でしたら、ボトルを入れて頂いた方がお得になりますよ」とお勧めするのだ。このマンツーマンのコミュニケーションではMでの癖が出て異様に丁寧に話すが、「あ、じゃあボトル入れるよ」と言われた後は、お客様に「有難うございます」と言ってから店内に向かって「ボトルご新規1本入りましたぁぁぁ~!あーーりがとうございまぁ~す!」と叫ばねばならない。この後半の「あーーりがとうございまぁ~す!」では他のスタッフも唱和、皆で感謝の意を表すのである。当然、私はこのサジェストも得意だったが、マンツーマンの時と店内に叫ぶ時のトーンのギャップで毎回お客様に驚かれ、1人また「花の女子高生17歳、これでいいのか?」と呟くのであった。

一緒に働くメンバーのムードもMとはまた全然違っていた。
今でも覚えているのは、可愛いタイプの、一見ヤンキーに見えないヤンキーと、眉毛が無くて痩せていて、見るからにヤンキーの、2人の女子。何故ヤンキーだと認定したかというと、制服のスカートがゾロゾロと長かったからだ。

この2人は何もかも好対照で、可愛いヤンキーは愛想がいいのでホールに出されるが、実際はお客様としゃべってばかりで余り働かない。眉毛無しヤンキーは愛想が無いので厨房に入っていることが多いのだが、実に良く働く。この居酒屋、ケチっているのか設備が足りないのか、洗い場の水道が水しか出なかった。更にはアルバイトの持ち場の割り振りが曖昧なので、洗い物などは気が付いた人がやるまでうんと溜まってしまい、気が付いたらコップが足りない、なんてことがしばしば起こる。水は冷たいし油ものはなかなか落ちないしで皆やりたくないのだが、眉毛無しヤンキーはこの辛い洗い物を進んでやるし、洗い上げるのも早いのだ。「代わるよ」と声をかけても、「いいよ、私この方が好きだから」と断られる。彼女はモノの補充でも周りの清掃でもよく気が付き、その仕事ぶりに凄い人だなぁと尊敬していたが、何故かスタッフの彼女への風当たりは強く、たいして働かない可愛いヤンキーばかりがチヤホヤされる。

流石に眉毛無しヤンキーもそれが面白くないのか、バイトが終わった後に近くのMバーガー(私がバイトしているMとは違うチェーン店)によく誘われ、彼女の愚痴を聞かされた。可愛いヤンキーとは同じ学校でまぁまぁ仲が良いのでバイトも同じにしたが、どうも彼女の方が要領がよくて私は引き立て役で損な役回りだ、これは実は学校でも同じなのだ・・・云々。私としては同情するやら、半分面倒くさいやらで複雑な気分で聞き役に回っていたが、スタッフの見る目の無さには一緒に憤慨した。

しかしここに空気を読まない可愛いヤンキーが時々「私も一緒にMバーガー行くぅ~♪」と登場することがあった。3人で行くと当然眉毛無しヤンキーは無口になり、可愛いヤンキーばかりがはしゃぐので、私は両者の間に立って要らぬ気遣いをし、バイトの時以上に疲れるのであった。

そんな傍観者的立場の私にも時々直接的な災難があり、酔っぱらったオヤジに手招きされてテーブルに行くとエロ本を見せられた、なんてこともあった。本当なら胸倉掴んでぶっ飛ばしたいのだが、そうもいかないので当時は手書き伝票だったのを良いことに、ビール5本をつけておいて知らんぷりすることにした。相手は会計の時も酔っぱらっているので全く気が付かなかった。

しかし、そういう手合いのお客が時々現れるのと、眉毛無しヤンキーの愚痴を聞くのに疲れたのと、「これでいいのか?」の疑問を払拭することが出来なかったのとで、居酒屋のバイトは冬休みが終わったら辞めることにした。

辞める時、どうせ辞めるんだから何でも言ってやろうと考え、
・仕事のレクチャーが適当過ぎてわかりにくいからマニュアルを作った方がいいこと
(Mでは全ての作業が決まっていてビデオまであること)
・バイトの仕事の割り振りが曖昧なので頑張る人と頑張らない人とで不公平感があること
・特に眉毛無しヤンキーはよく働くのに、働かない可愛いヤンキーばかりが可愛がられておかしいから、ちゃんとその働きぶりを見て評価して欲しいこと
を訴えたところ、聞いていたスタッフは必死にメモを取っていた。
この居酒屋は程なくして潰れ、後地は新聞屋さんになってしまったが、この居酒屋自体は後に業界第3位の大きなチェーン店となり、私がバイトしていたお店が1号店だったということは後で知った。

居酒屋は辞めることにしたが、この冬休みは目標の10万円を貯めることが出来た。
後はM一本に絞り、昇格試験は受けずに仕事の出来るCクルー、「サジェストの女王」として暫く働いた。
私はこの後いくつもアルバイトを経験するが、「Mで働いた」というと「マナーがしっかりしている、躾が行き届いている」という評価を得ることになり、面接をパスしやすかったという嬉しいオマケがついた。

この二つの同時並行アルバイトでは、仕事を標準化して情報を整理し、教育することで皆が効率よく働ける様にする仕組みの大切さ、どの職場にも変な人はいるが人は見た目では判断できず、一緒に働いてみて初めてその人の本質が見えるということ、職場では人間関係が一番面倒くさい、ということを学んだ。

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齋藤 由里子
齋藤 由里子

さいとう・ゆりこ/キャリア・コンサルタント(CC)。横浜生まれ、大阪のち葉山育ち。企業人、母業、主婦業も担う欲張り人生謳歌中。2000年からワーキングマザーとして働く中、日本人の働き方やキャリア形成に問題意識を持ち、2005年、組合役員としてWLB社内プロジェクトを立ち上げ。2010年、厚生労働省認可 2級CC技能士取得、役員を降りた後も社内外でCCとして活動継続。個人・組織のキャリア・コンサルティング、ワークショップ、高校・大学生向け漫談講義などを展開、参加人数は延べ3,600名超。趣味は海遊びと歌を歌うこと。

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