salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2018-06-25
女神の系統
~サンディーさんの眼差し~

私には、昔から憧れの女性像というものが、明確にある。
それは、そこはかとない大地的な、母性的な、大いなる受容性を備えた、あるいは備えているように思われる女性。

母性という言葉を出したが、それは、実際にその人が母親であるか否かは関係ない。
なんというか、誰をも包み込み受容することができるような、超女神オーラを持つその人が、真っすぐな眼差しでひとたび語りかけると、誰もが子供のように、その人の腕の中に飛び込んでいきたくなるような女性。
そしてそれを受け入れてくれるような、そんな気がしてくる女性。

もしかすると、そんな気だけであって、実際には違うかもしれない。
けれども、世の中にはそんな風に思える女性が、いるところにはいるのである。

全く、本当に全く個人的な感覚なのだが、分かりやすく著名人で具体例を挙げると…。
芸能系では、オノ・ヨーコ、湯川れい子、阿木曜子等
作家系では、三浦綾子、神谷美恵子等
スピリチャル系では、関野あやこ、姫野宮亜美等
といった面々。なんとなく、お分かりになるだろうか?

様々な年代の彼女たちに、私が共通して感じるのは、溢れ出る女性性というか、ある種の巫女的なエネルギーというのか。
とにかく、女性という性の最も良いところを、天性の才能として表現できうる存在。
それは必ずしも意識してそうなるのではなく、むしろ、無意識に表現される、持って生まれた性質であり、後天的に身に着けられるものではない気がする。

もちろん、自身にはそういったエネルギーはどうにもこうにも備わっておらず、たからこそ、自分の中のアニムス的なものが、そういう女性を求め、憧れているのかもしれない。

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2018年早春のある日。

冷たい雨が、大きな音で私の傘に激しい挨拶を続けていた。
春に向かう季節の風物詩。以前の私なら、湿気で四方八方にカールする天然パーマの髪の毛を気にして、イライラと不満をつのらせたかもしれないが、その日はそれどころではなかった。

当webマガジンsalitoteの魚見編集長に誘われ、『知になるピープル』のインタビュー取材に同行させていただくという、とてもラッキーな日であったからだ。
インタビュアーはsalitoteコラム『四十二才の夏休み』でお馴染みの村瀬航太さん、撮影はいつもの岡崎健志さんで、私は横でちょこっと座り、一緒に話を聞かせて頂いた。

インタビューの相手は、あの “サンディー”さんである。
80年代に思春期と青春を過ごした私には、「おー!!」と叫ばずにはいられない相手だ。
中学、高校と、友人に熱心なYMOファンがいて、“散開(解散)ライブツアー”にも連れていかれた口である。その周辺の音楽、ラジオ、などは一通り聞いていたが、その中でも、日本より海外の方が人気があるとして有名だった“サンディー&サンセッツ”は、異色の存在だった。

実は、私は子供のころから18歳位まで、いわゆるハスキーボイス、かすれ声であった。
特に自分が小学生のころは、ちょうど昭和の音楽番組が黄金期を迎えるころで、「ザ・ベストテン」や「夜のヒットスタジオ」が子供たちにとっても必須番組だった。
そんなある日、突如として、強烈な個性のハスキーボイス界の2大巨頭、“もんたよしのり”&“葛城ユキ”が、ヒット曲とともにテレビに出現した。
その日以降、クラスの男子から「おい、もんた!」または、「ボヘミア~ン!」とからかわれる日々が続き、自身のハスキーボイスを多いに呪ったものだ。

けれど、ある日、いつも聞いているラジオ番組のゲストに、“サンディー&サンセッツ”が出演していた。
バンドの曲が紹介される合間、DJの質問に答えるサンディーさんの声が聞こえてきた。
少しかすれた、でも女性らしい声色。思わずくぎ付けになった。

「ああ、なんて色っぽい声なんだろう…、同じハスキーボイスでもここまで違うのか。でも…」

もしかすると、自分も大人の女性になれば、ちょっとは良い声になるかもしれない、ハスキーであることも悪くはないかもなと、少なからず慰められたのである。
(その後、年を重ねるにつれ、不思議と声のかすれは少しずつ消えていった。なぜ治ったのかは、いまだに不明のままである。)

「ウニキ・クム・フラ」として、フラの伝導師として活躍するサンディーさんへのインタビューは、彼女が経営するフラスタジオで行われた。
最初に、上階にあるダンススタジオを見学した。ふと、鏡張りの壁の天井近くに飾られていた、大きな木彫りのフクロウが目に入った。
それは、今から20年以上も前に、北海道の知床自然センターで見た実寸大のシマフクロウの彫刻を思い出させた。
暴風雨の中でたどり着いたそのセンターには、昼間だというのにほとんど人気がなく、心細くなる位暗かった。
びしょぬれになった体を温めようと、薄暗い廊下を歩きながら、ふと上を見上げると、突然大きな両翼を広げた木彫りのフクロウが、こちらを見ていた。獲物を狙うような姿勢で、今にも迫ってくるような躍動感。
そして、とにかく大きい。本当に生きているような、魂が宿っているような迫力に、しばらく動けない位見入ってしまった。
その日以来、フクロウは私の中で特別な存在になり、幸運の印になった。
だから、最初に目に入ったものがフクロウだったことに、なんだか、良い予感がしてきた。

下階の別スタジオに移動し、音楽に造詣が深い、村瀬さんのインタビューが始まった。
サンディーさんの歌手として、一人の女性として、またフラの伝導師としての歴史が語られた。
詳しい内容は、『知になるピープル』の連載記事を見ていただきたいのだが、私が最も心に残ったことは、サンディーさんの口から語られる、自分の大好きな分野でもある、目に見えない不思議な出来事の数々だった。

私は、基本的に目に見えないスピリチュアルな世界を、とても信用している。
サンディーさんもそうだ。
フラというスピリットを伝える伝道師としては、目に見えないエネルギー、神や自然への敬意、感謝、祈りや想いを尊重し、信頼することは、当たり前のことなのかもしれない。
けれども、それでも心と体を研ぎ澄まし、スピリットを体現し、伝える人として存在するためには、並々ならぬ意思と努力がいるだろう。
なぜなら、スピリチュアルな目に見えない世界では、嘘が通用しないからだ。
その人の真実が、全てを映し出す鏡になる。真に勇敢でないと、その道は歩けない。

サンディーさんが、子供のころに、蝶々と遊んでいた話を聞いていた時だった。
適当な歌詞にメロディを付けて歌っていると、どこからか2匹の蝶々が飛んできて、自分の歌声に合わせ、高く舞ったり、低く飛んだりする。それがとても面白く、けれど誰にでもできる当たり前のことだと思っていたと。

「そんな経験ない?いろんな人に聞いてみてるんだけど。結構いるのよね。」

そう言われた私は、思い切って、かつて地方を一人で旅した時に、レンタルサイクルで道に迷った経験を話した。それは、何人かの友人にも話したことがあったが、大抵、軽い笑い話というか、面白い不思議話として話してきたことだった。

「実は、昔東北地方を旅行中に結構な山道をレンタルサイクルで移動していたら、道に迷ってしまって。その時に、(神様に)どっちに行けばよいか、教えてください。正しい道を教えて下さいって必死で祈ったんです。そしたら、1匹のトンボが左のハンドルに止まって、まるで、こっちだよ!って言っているみたいに。そのままその通りに行くと、目的地に着いたんです。」

いつも通り、その場にいたスタッフは少し笑った。トンボという言葉も何かしらの可笑しみを感じさせるし、何よりウケたなと、満足した。

けれど、たった一人、サンディーさんだけは、全く笑わなかった。
真剣に、真っすぐに、私の顔を見つめた。

そして、慎重に、大切な秘密を打ち明けるような口ぶりで、ある場所で道に迷った友人が、フクロウに導かれ、目的地にたどり着いた話しをしてくれた。それはとても神秘的な話だった。
フクロウが出てきたことに、少し鳥肌がたった。

「目に見えないものが、実は世界を動かしている」
私にはそう思えると、サンディーさんは言った。

私の心に、何かが起こった。
一瞬で満たされたような、安心感。繋がり、響き合っていくような何か。
きっとその時、私は本当に理解、共感されることの喜びを感じていたのだ。
そして、そうされたかった自分自身の心にも、驚いた。

実は、本当の、本当のところで、私は、このトンボの話をとてもスピリチュアルな体験であり、偶然ではないと信じていた。本気で宇宙や、神様に願い、求めれば、必ず何かしら与えられる、示されるということを、信じていたから。
そして、そのような経験は、人生の中で数えきれないほどしているが、一般的には受け入れられるものではないし、こうして半分茶化して、半分本気で、不思議話として他人に伝える癖がついていた。

けれど、サンディーさんは違った。
全てを理解し、受け入れ、そして肯定し、あなたは間違っていないというメッセージを、言葉や表情で伝えてくれた。その姿は、まるで私には女神様のように見えた。

どうしたら、こんなにピュアでいられるのだろうか。
エンターテイメントの世界で生きてこられたからには、恐らく、ここには出せないような、数多くの大変な状況、哀しい出来事もきっと経験しているだろう。
普通なら、人をうらんだり、自分を嘆いたりして、状況を好転できず他人のせいにしてしまう人もいるだろう。

けれど、サンディーさんは、本当に誠実で、優しく、真っすぐで、無垢で強い愛を、惜しげもなく周りに分け与えている。その愛は、相手を包み込み、ただただ幸せな気分にしてくれるだけではない。
そこには何か、言葉に出来ない深さがある。その奥底に流れるものは、相手を信じる力のような気がする。
信じ、関わり、伝える。育む力ともいえるかもしれない。
まさに、それこそ愛だ。
条件やルール、取引やエゴとはかけ離れた、与え、受け入れるという、女性性の最善面そのもの。
サンディーさんの持つ、その光り輝く女性性の圧倒的な強さと美しさに、誰もが魅せられてしまうのだろう。

「一日を一生として生きる。夜死んで、朝また新しい自分に生まれ変わる。そうすると、毎日出会う人が初めましての気持ちになる。起こること全てに意味があり、感謝できる。」

大病を患い、自力で克服したサンディーさんの、生や命に対する真摯な、祈りにも似た言葉。
もし、世界中の人々がこんな考えで毎日を生きることができたとしたら…。
争いも憎しみも、目が覚めて新しい1日を迎えると、子供のケンカのように、すべて忘れられるかもしれない。地上の天国も地獄も、すべては人々の心の中にあるのだ。
女性として、人間として、少しでもサンディーさんに近づけることができたならと思う。

インタビューと撮影が終わり、最後にサンディーさんと、同行スタッフ全員、ハグでお別れの挨拶をした。
頬っぺたがムギューっとつぶれるくらいに、力強く、包まれるような抱擁。
感謝を込めて、思いっきりハグを返す。
サンディーさんの女神様のようなオーラが、体中にしみわたっていくようだ。
そのまま、同行スタッフ4人で夜の街を歩く。食事中も、なんだか皆ぼーっとしている。
サンディーさんの愛のエネルギーに、すっかりのぼせてしまった。
幸せな、春の夜。生きていることが、この上なく嬉しく感じた。


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フクロウは夜行性…。

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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