salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2014-01-5
『夢見るころを過ぎても…』

拝啓

澄み切った冷たい空気の間に、キラキラと瞬く冬の星座が夜を彩る季節になりました。

私が初めてあなたの作品に触れたのは、育った町の中心にあった図書館でした。
小学校低学年の頃から、既に共働きの両親に家の鍵を持たされていた私は(そう、当時は鍵っ子と言いました…)、首から吊るすには少し長すぎると思われる綿紐に通されたシリンダーキーをいつも胸元にブラブラさせ、学校からの帰り道や、たまたま遊ぶ友達が誰もいない午後の退屈な時間、夢や冒険の世界に連れて行ってくれる物語を求めて、せっせせっせと図書館に通いつめました。
現実が嫌だった訳ではありません。そうかと言って、特に驚くほど楽しかった訳でもありません。
まだ、自分を取り巻く世界の日常は一定の規則どおりに動き、十分に両手の平に収まるような、小さな世界を生きていたのです。

蕾が少しずつふくらみ、淡い色がその先端を彩り始めるように、こどもであった私の精神も、ゆっくりと手を広げて、より大きな世界を求めるようになりました。
両親の腕の中で生きていた私の精神は、恐々ながらも、もっと多くの何か、未知のものに触れてみたいと思うようになったのです。それは物凄く素晴らしいもの、美しいもの、心を動かされる感動的なものであるかもしれないのと同時に、時として恐ろしく、醜く、心に傷を負ってしまうような悲しいものである可能性もあるのです。
でも、生きるとは、成長するとはそういうことなのだと、あなたは全ての作品の中で、5歳からもう人生の後半に差し掛かった今に至るまでの、私に教えてくれました。
いやむしろ、大人になった今の方が、よりあなたのメッセージの大切さを身にしみて感じているかもしれません。

アンパンマンの顔が食べられるたびに、かたつむりが幸せを運んでくるたびに、ミスターBOWが帽子を脱ぐたびに、やさしいライオンが孤児犬を愛しく見つめるたびに、深夜に流す小さな涙と一緒にあなたの詩集のページをめくるたびに、あなたは人の心に寄り添い、励まし、嘆き、笑い、微笑み、歌い、そして届けてくれた。
正義とは格好悪いもの、悪も善も片方だけでは成り立たない、愛や勇気がどれほど大切なものか、そして、人生は基本的に寂しいけれど、それでも生きる価値はあるということを。

随分と前の話ですが、とても印象に残る夢を見ました。今でもそれをたまに思い出すことがあります。

当時、もう大学を卒業し社会人になっていた私は、初めて担う仕事への責任感や人間関係の複雑さに押しつぶされ、心の余裕もなく毎日を送っていました。
その日も、擦り切れそうになる気持ちをグッと食いしばり、また明日から繰り返される日々の戦いを思いながら、ようやく眠りについたのは深夜を過ぎた頃でした。
夢の中で、私はラジオの公開収録を見学していました。そこに、ゲストとして沢山のアンパンマングッズと人形を手にした、あなたがやってきたのです。その中のアンパンマン人形がとても可愛らしく、私は目を離すことが出来ずにいました。
すると収録後、スタッフと思われる男性が両手一杯に抱えたアンパンマン人形とアンパンマン腕時計(なぜか4本!)を持って私のところへやって来ました。そして、なんと全部私にくれると言うのです。

もちろん欲しかったのですが、そんな心とは裏腹に、

「(大人なので)そんなにいらない。他の(子供の)アンパンマンファンにあげて下さい!」

と言いました。すると、その男性は微笑みながら、静かにこう言いました。

「柳瀬さんは、これを(大人であろうが子供であろうが)傷ついた女の子へあげるようにと言っていた。だから、君も貰っていいんだよ…」

その言葉を聞いた瞬間、私は涙が溢れ出し、こどものように泣きじゃくりました。
あぁ、あなたの目に私の心の中が映っているんだと、すべてお見通しなんだと。
そして、かつてあなたが沢山の作品で励ましてくれたように、今日もまた私を励ましてくれているんだと。

私はまだ、あの頃と何も変わっていないような気がします。
年を重ね、もっと強くなっているはずなのに、いまだに優柔不断で、弱虫で、怖がりの女の子が、心の操縦桿をしっかりと握っています。
けれど、人生はそんなものなんですよね。
弱くても、格好悪くても、それでも、生きていく意味はあるのですよね。

2013年10月。96年の人生を終えて、夜空の向こうに飛び立ったあなたが、星の銀河の隙間から、「それでいい!」と言ってくれる姿が、目に浮かぶようです。

私はこれからも、まだまだあなたの作品とメッセージなしではいられそうにないです。

柳瀬嵩(やなせたかし)様。全ての感謝を込めて。

敬具
アラキ ランプ 

 何の為に生まれて 何をして生きるのか
 答えられないなんて そんなのは嫌だ!

 今を生きることで 熱いこころ燃える
 だから君は行くんだ 微笑んで

 そうだ! 嬉しいんだ生きる喜び たとえ胸の傷が痛んでも
 嗚呼アンパンマン優しい君は 行け!皆の夢守る為

 何が君の幸せ 何をして喜ぶ
 解らないまま終わる そんなのは嫌だ!

 忘れないで夢を 零さないで涙
 だから君は飛ぶんだ 何処までも

 そうだ! 恐れないでみんなの為に 愛と勇気だけが友達さ
 嗚呼アンパンマン優しい君は 行け!皆の夢守る為

『アンパンマンのマーチ(1988年) 作詞:やなせたかし』より引用

やなせたかし詩集『人間なんておかしいね』( たちばな出版:2002/12)

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1件のコメント

もはや日本国民のほとんどが”アンパンマン世代”と言えると思うが、
私は、アンパンマンを読んだこともTVで見たこともほとんどない。

そんな私が、最近アンパンマンたいそうという曲を知った。
一番はこうだ。♪~もし自信をなくして、くじけそうになったら、いいことだけいいことだ、思い出せ。2番はこうだ。♪~大事なもの忘れて、べそかきそになったら、好きな人と好きな人と手をつなごう。そして3番。♪~楽しいこといっぱい、でもさみしくなったら、愛すること愛すること捨てないで。
涙があふれてきた。

今もなお、アンパンマンが、やなせ・たかしが愛される理由は、
こう言うことなのかも知れないなと思った。

by Umeさん - 2014/02/02 8:42 PM

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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