salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

きれいはきたない、きたないはきれい。

2015-10-25
ある王国の1日

 この王国にはかつて「先生」と呼ばれる人物がいた。白い髭をたくわえ、いつもパイプ煙草を携えている老人だ。ぼくは子供のころから先生についてまわった。単純な理由だ。先生のご令嬢を好きになってしまったのである。先生についてまわれば、10回に1度は彼女と話すことができる。もう何千回とついてまわったことだろう。

 彼は、この国では有名な知識人。若者たちは先生の教えを乞い、そして先生が著した書物をくまなく読み込んでいた。ご令嬢である彼女はそれを誇りに思い、照れ臭くも感じていたようだ。それでいて彼女はとても頭の良い人だった。

 先生の意見は、この国の道標でもあった。誰もが彼の意見に耳を傾け、賛同し、信奉していた。この国の王もまた、そのうちの一人だった。

 そして、この王国は、隣国の人をも魅了するほど知性的な国となった。同時に、先生は、この国に欠かせない人物となっていった。

 いつしか、ぼくと彼女は、先生がいないときも会うようになった。会うたびに、話すことは増えていく。身の回りで起こることすべて、なんでも話したいと思った。だが、あのとき買った新しい服の話は、まだしていない。彼女が好きだった色の服。きっと喜んでくれたに違いない。


(撮影:見上徹)

 本日、この国では革命軍による反乱が起きた。

 原因は隣国事情からくるものだった。隣り合った国どうしが争いを始め、ぼくらの国はどんどんとその争いに巻き込まれていく形となった。国王は最初、争いを止めようと必死になっていた。しかし、現実はそう甘くなかった。世界は、ぼくらの国がどちらの国につくかだけを求めていた。国王に残された選択肢は、このひとつしかなかったのだ。

 国王は先生の意見を仰いだ。

「いまは何もすべきじゃない。争いなどあってはならぬ。歴史を見て、構造をとらえるのじゃ。その上で思考を進めよ。大丈夫じゃ、両国ともこちらに進軍することはなかろう。むやみに立ちいれば、そのほうがかえって状況は悪化する」

 しかし、国王のまわりでは落ち着いて対話できる人などもはやいなかった。皆が皆、思うままに意見している。どちらにつくか、それだけが問題のようだ。
 国中でも、説得力のない美辞麗句が飛び交い、民衆たちはやがて二極化した。そして、先生の意見には誰も耳を傾けなくなった。そして国王の意見も無視されるようになった。

 現在、この国では、行動する人こそ正しい、とみなされている。それゆえ先生は、誹謗中傷を受けることとなる。何もせずに口を挟む老害め、と。

 本日、快晴。若者はみな、同じ服装を身にまとい、列をなして歩いている。

 ぼくは最後までこの列に入らないと決め込んでいた。だが、革命に参加しないものは役立たずと見なされ、銃で撃ち殺されることになる。
 彼らの熱狂を、誰も止めることはできないだろう。ならば、外部から眺めているがゆえに無駄死にを強いられるよりも、内部に入り込んで少しずつ善なる方向へと動かしていくなかで死んでいくほうが、ベターな選択かもしれない。

 そう彼女に伝えても、きっとわかってもらえないのだろうが。

 ぼくたちは赤い服を身にまとい、列をなして歩いた。明日の夕方までには国王軍を制圧する。前方を歩く隊長は声高らかにそう宣言した。
 道の両脇には、赤い旗をこれでもかと言わんばかりに降り続ける民衆がいる。その顔に一切の曇りはない。

 この道はどこまで続くのか。もう、戻ることはできないのだろうか。

 しばらく進んでいくと、前方の民衆のなかに暗い表情のまま、祈りを捧げる女性がいた。近づくにつれ、その顔がはっきりと見えてきた。

「先生のところの…」

 言葉を発しようとしたそのとき、横から槍を持った老人がこちらに向かってきた。どうやらぼくをその槍で突き殺すつもりだ。

 ぼくは頭のなかが真っ白になり、身体が硬直した。するとぼくの右隣を歩いていた青年が銃を握るやいなや引き金をひいた。悲鳴があがり、群衆のほうへと血が飛び散った。

 列をなすまわりの人間たちは、なぜかぼくに、よくやった、と声をかけている。

 前方にいた彼女の顔が一気に青ざめたようだった。

「お父さまっ…」

 悲痛な叫びを聞き、もう一度横を見ると先生が横たわっていた。

 死んだのは先生だった。殺されたのは先生だった。白い髭はところどころ赤く染まっている。

 彼女は跪き、涙をこらえながら十字を切った。そして列をなして歩いているぼくらに向けて、哀しげな表情を見せた。

 彼女は自分の父が誰に殺されたのかを知らない様子だった。おまけにぼくがここにいることさえわからない様子だった。

 そうだ、ぼくはいま全身赤で身を包み、この列の人間たちと同じに見えている。きっと彼女はこのままぼくに気づかない。

 もし、この戦いから生きて帰ることがあるのなら、またゆっくり彼女と話したい。彼女の好きな色の服を身にまとって。そしたら彼女はきっと、こんどはぼくに気づいてくれるに違いない。

 熱狂のなか、冷めたぼくの心は、静かに十字を切った。さまよえるすべての人たちに向けて。

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福田祐太郎
福田祐太郎

ふくだ・ゆうたろう/留年系男子。1991年生まれ。宮城県仙台市出身。ライターとしての一歩目に、大人の道草にまぜてもらいました。大学では文芸を学んできましたが、「それ、なんになるのよ」と非難囂々のなか、この場にたどり着きました。

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