2013-11-25
祖父
祖父は寡黙な人だった。肩車をしてもらったのは、6人いる孫の中でも私だけだったと、祖母や両親から良く聞かされていたのを覚えている。
作家、百田さんの本に出会ったのは、実家に立ち寄った際に両親に勧められたからだった。ワイドショーでコメンテーターを務めていらっしゃる百田さんを何度かテレビで見たことがあった。スキンヘッドの見た目が親しい友人のシルエットにそっくりなこともあり、とても親近感をおぼえていたが、それだけのイメージであった。
はじめに読んだ作品が「海賊と呼ばれた男」だった。そして「永遠の0」「影法師」と立て続けに読んだ。先の2作品は、第二次世界大戦前後を題材にした内容。当時の時代背景、当時の時代を生き抜いた人々の心情描写が良く描かれており、なかなか表舞台に出ることのない戦前戦中戦後の日本が描かれていた。
私は戦争をなにも知らない。
戦後の復興の話し、その時代の中で日本という国の未来のことを常に考え、全力で走り続けた男の話しに、現在の日本にはいないリーダーシップを感じ、東日本大震災の復興に思いを重ねながら読んだ。
零戦の特攻隊の話しに現実にあったこととは思えないやるせなさを感じ、悲しくなり、戦時中の狂気が生み出した兵器、桜花や回天の話しを知り、愕然とし背筋が凍り付く思いだった。狂気に包まれた状況かに置いても、生きようと未来に希望を持ち続けた人の話しに涙した。主人公は祖母の死をきっかけに、特攻隊として死を遂げた祖父の生き様を、当時を知るたくさんの人から話しを聞き、主人公の知らない祖父像を明らかにしていく。
祖父は戦争の話しをしてくれたことはなかった。90歳を超えるまで人生を全うし、口数は少なく、いつも凛としていた。私が、神奈川県相模原市に職に就いた時、少しだけ戦争の時の話しをしてくれたのを今でも鮮明に覚えている。当時日本軍の基地があった相模原で、通信兵として「基地にいた」話しをしてくれた。
私が祖父の言葉から戦争という遠くて近い過去の歴史を身近に感じたのは、その一度きりだった。それ以外、私は戦争のことを何も知らない。
学生時代、司馬遼太郎さんの歴史小説を読み漁った。京都、滋賀が拠点の大学に通っていたこともあり、特に維新、幕末期の小説を好んで読み、ゆかりの地に足を運んだ。太平洋戦争の話しは無意識のうちに避けていた気がする。当時の私は、どこか日本の歴史のいいところだけを見ようとしていたのかもしれない。海外での生活を経て、日本に戻り、日本の良さを改めて知った。もっと日本を知ろうと強く思った。
今も戦争の遺恨は日本を中心にアジア圏で根強く残っていると感じるニュースを耳にすることがある。歴史を知り、歴史から学び、次世代に伝えて行くことの大切さ。
今、祖父とたくさん話しがしたい。
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