salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

そらのうみをみていたら。

2018-08-5
『人生がおもしろくなる! ぶらりバスの旅』を読んで

久しぶりに彼女に会った。
イシコの新刊『人生がおもしろくなる! ぶらりバスの旅』で。そういえば、イシコが彼女のことを書いているのを読むのははじめてだ。
“葬儀に参列した際、頑なに棺の中を見なかった”という文に、そのときのことが蘇る。金髪のイシコが部屋の一番後ろの壁際にずっと下を向いて座っていた。あれは2008年の1月。彼女が逝ってからもう10年も経つのだ。

彼女とは大学生の時に知り合った。私が編集者を目指して上京し、その数年後に彼女はカメラマンを目指して上京した。そのうち、彼女は雑誌などでアーティストの写真を撮るようになり、私が出会わないようなおもしろい人たちと仲良くなって、よく刺激的な話をしてくれた。
ある時、彼女はまんまるの目をキラキラさせて「イシコっていう人にスカウトされて、ホワイトマンをやることになってん」と言った。
ホワイトマンというのは、イシコが以前手がけていたプロジェクトで、メンバーが顔を白塗りしてボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動などを行っていたもの。
彼女はイシコと会ってくると、「イシコと私は良く似てる。ものすごい人見知り」と言っていた。そんなイシコがトークショーをするというので、彼女とともに出かけた。「人見知りなのにトークショーするの?」というようなことを彼女に言った気がするが、行けばすぐにわかった。彼女もめちゃくちゃおしゃべりだ。新しく出会った人がどんなに魅力的か、その出来事にどんな背景があるか、何にそれほど共感したか、心動かされたか、サービス精神旺盛に私を笑わせながら話してくれた。私なんかより、よっぽど人懐こいけど、その感受性だけに、人との距離感に人一倍気をつけているようだった。その時のイシコもおしゃべりだったけど(トークショーだからね)、たしかに彼女と似た距離感を持っているように感じた。

本の中で、イシコは彼女と旅をしていた。旅先の空を見上げて“今日の雲は流れが速いよ”とつぶやいたり、雲行きが怪しくなってきたら“雨が降ると困るんだよね。頼むよ。”とお願いしたり。彼女はアーティスト写真を撮る以外に、ライフワークに空の写真を撮っていた。だから空の話をするのかな。
でも、ちょっと意外だった。イシコは彼女と話ができるんだ。わたしは彼女が逝ってから、ちゃんと話しかけたことがない。うまく話しかけられない。どうしてか、わからないけれど。

私は彼女が飛行機の窓から撮った空と海の写真が好きだ。今も飛行機に乗るたびにその写真のような色が見たくて窓をのぞいて見るけど、なかなかこの写真のような色に出会ったことがない。
イシコの本に「同じ場所でも同じ景色はないからね」と彼女の言葉が載っていた。彼女がみた景色は、彼女がみた時だけのものなのかもしれない。たとえ同じような景色でも、わたしには捉えられないのかも。
“カメラマンの彼女がよく言っていた。カメラのレンズを通して世の中を見ていると、風景は光によって全く違う表情を見せ、それは常に動き続ける。その一瞬を捉えるのが彼女たちカメラマンの仕事” (『人生がおもしろくなる! ぶらりバスの旅』より)。本当にそうなんだろうな。
本に載って、なんて言ってるかな。きっと笑ってるね。


彼女が撮った空地の写真


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魚見幸代
魚見幸代

うおみ・ゆきよ/編集者。愛媛県出身。神奈川県在住。大阪府立大学卒業後、実家の料理屋『季節料理 魚吉』を手伝い、その後渡豪し、ダイビングインストラクターに。帰国後、バイトを経て編集プロダクションへ。1999年独立し有限会社スカイブルー設立。数年前よりハワイ文化に興味をもち、ロミロミやフラを学ぶ。『漁師の食卓』(ポプラ社)

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