salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

そらのうみをみていたら。

2017-03-5
私の東京周辺物語7
〜濃くてうすい横浜・元町の思い出1〜

いつかは海の近くで暮らしたいと思っていた。
それを選択する日は唐突にやってきた。
決め手になったのは、愛犬ラクの病気だ。病名は会陰性ヘルニア。
幼犬のころ、ラクは井の頭公園の近くにあるどうぶつ病院にお世話になっていた。ラクはその病院が大好きだった。散歩で前を通ると、必ず中に入ろうとした。お泊まりするときも、こちらを振り返ることなく喜び勇んで病院の中に入って行った。井の頭公園から引っ越すことにしたとき、この病院で診てもらえなくなることが気がかりだった。がんばって連れてこようか、と思っていたけれど、結局近くの病院を選んだ。それから、ラクは病院が好きではなくなった。わたしが何度も引っ越しをしてしまうせいで、かかりつけの病院もなかった。

診断をしてもらったのはそのとき住んでいた自由が丘の家の近くにあった動物病院。先生は、この病気は手術が必要で再発もしやすいという。
診察してもらっているラクの表情が気になった。病院が好きじゃないからかもしれないし、病気だからかもしれない。けれど、ここで大変な手術をしてもらっていいのか、どう判断すればいいかわからない。犬友だちもいないし、評判もわからない。相談できるパートナーもいない。ものすごく心細かった。でもどうしようもない。早く決めないと…。

少し前からフラをはじめていた。いつも習い事は3カ月と続かないのに、フラを踊る前に先生が唱えてくれる「フラに必要のないものはぜんぶ吐き出して、大好きな自分に戻ります」というフレーズが好きで、むしろフラ熱は高まっていた。フラのイベントがあるというので横浜・大さん橋を訪れた。大きな空、気持ちいい海風。ああ、ここでラクと散歩をしたい。そうだ、ここに住めばいい。すぐに引っ越しを決めた。

見つけた部屋は港が見える丘公園の前にある古いマンション。大さん橋までは少し距離があるけど、すぐに公園で散歩ができること、広々とした見晴らしのいい窓が気に入った。
引っ越してすぐ、ラクの病院探しをはじめた。ラクと散歩をしながら、犬を連れている人に声をかけて聞いた。観光で来ている人もいるので、なるべく地元感漂う年上の人を探した。
「いい病院、ご存知ないですか?」

何人かに聞いていると、複数の人がある病院を答えた。
しかも、おすすめのし方に熱がこもっていて、犬を見る目がやさしいということも共通していた。本院は元町から3つほど先の磯子駅近くにあるが、分院が元町にあるという。
早速ネットで調べてみた。けど、公式ホームページが見つからない。いまどきホームページがないなんて(10年程前だけど)とも思ったが、直接聞いた飼い主さんたちの声は信頼できると思った。いくつかの病院を紹介しているタウンページ的なサイトで住所はわかったので、早速元町の分院を訪れた。
待合室は広く、先生方はキビキビとしている。
診てもらうと、やはり会陰性ヘルニアと診断された。病気についての説明は前の病院よりもくわしく、原因が特定できるわけではないが、去勢をしていないコーギーに多い病気であることや手術法も話してくれた。手術は設備の整っている磯子の本院で行い、症例も多いという。気持ちは固まった。

磯子にいくと診察を待っている飼い主と犬猫の多さに驚いた。予約制ではあるものの、かなり待ってから中に入ると、元町分院よりも多くの先生や看護師がいた。改めて治療法についてのくわしい説明があった。手術は2回に分けて行い、どちらも全身麻酔をすること。入院は数週間になること。24時間体制でスタッフが待機していることなどを伺い、手術日を決めた。

手術日当日。手術室は人間並みの設備で(といってもテレビで見た程度の知識だけど)、壁はガラス張りになっていて外から様子を見ることができた。さらに先生の手元はカメラで撮影されており、待っている場所にあるモニターに映し出されている。怖くてそれを直視することはできなかったけれど。

無事に手術が終わり、病室(ゲージ)に戻ったラクに会いにいった。まだ麻酔が効いていて、のどが詰まらないように口の横から舌がべろんと出されていた。短い手には点滴がうたれている。

後日、面会はできるが、傷口が癒えるまではあまり興奮させないほうがいいという。わたしの顔をみると興奮してしまうので、様子をみてから会いにいくことにした。
1週間後、病院にいくとワンワンといつもの元気なラクがいた。スタッフの人たちともすっかり仲良くなっていた。

長い待ち時間の間にわかったことだが、この病院の院長は獣医整形外科の第一人者で治療のために日本全国から来る人もいるそうだ。リハビリのためのプールや飼い主が宿泊できる施設もあるという。この病院に出会えて本当によかった。

その後、2回目の手術も無事に終え、数週間後ラクはうちに戻った。
天気がいい日には大さん橋まで散歩をした。


港が見える丘公園内にて。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

2件のコメント

ラク、よかったね。読み始めて、どうなることかと思ったよ。その場所、きみには、そんな思い出があったんだ。ぼくには、また違う思い出が。場所は、いくつもの違う思い出で、できているんだね。

by EN - 2017/03/05 5:45 PM

ありがとうございます。ENさんの思い出もいつか聞かせてください。

by admin - 2017/03/06 10:38 AM

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コメント


魚見幸代
魚見幸代

うおみ・ゆきよ/編集者。愛媛県出身。神奈川県在住。大阪府立大学卒業後、実家の料理屋『季節料理 魚吉』を手伝い、その後渡豪し、ダイビングインストラクターに。帰国後、バイトを経て編集プロダクションへ。1999年独立し有限会社スカイブルー設立。数年前よりハワイ文化に興味をもち、ロミロミやフラを学ぶ。『漁師の食卓』(ポプラ社)

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