2015-01-25
売店のまんじゅう
「このしあわせいっぱいの空気はなに?」
大手術を終え、麻酔から目を覚ましたばかりの彼女はこう口にした。
その数十分前、私は関西のある病院の売店にいた。恐らく飲み物でも買おうと思ったのだろう。実際何を買ったのかはもう忘れてしまったのだが、レジのところで買ったものだけは覚えている。
この売店に限ったことではないが、なぜかレジの横には衝動を抑えきれずに手にしてしまうものがよく置かれている。このときもそうだった。ふかふかに蒸されたばかりのまんじゅうらしきものが、レジ横に積まれていた。
思わずそのまんじゅうを1つ購入して彼女が眠る病室へ戻った。
彼女の手術に付き添った友人はほかにもいた。けれど、なにか用事があったのか、病室に戻ったのは私ひとりだった。
彼女はまだ麻酔が覚めずにベッドで寝ている。窓際に置かれたベンチに座ってひといきついた。彼女の手術を待っている間、自覚してはいなかったが、緊張していたようだ。急激にお腹が空いてきた。私はさきほど買ったまんじゅうを食べることにした。
ためらいがなかったわけではない。彼女が大仕事を終えて眠っている横で、私だけまんじゅうを食べる罪悪感のようなものはあった。けれど、レジ袋に入ったまんじゅうは、包んでいるビニールが汗をかくほど、ほかほかだった。温もりがあるうちに食べてしまいたい。
そっと包まれているビニールをめくり、ひとくち口に入れた。
「!!!」
声を出して彼女を起こしてはいけない。
けれど、その衝撃を口に出せない私のからだはもだえた。
もうひとくち、口に入れてみる。
「……ああ、これはなんということか!」
私は心の中で叫んだ。どれも知っている味だ。けれど、このコンビネーションには初めて出会った。
これはまんじゅうといっていいのか、もちもちとした団子のような皮に、あんことさつまいもが重なって入っている。
早く次のひとくちを口の中に入れてしまいたい。でも、なくなってしまうのが惜しい。葛藤しながら最後のひとくちを食べ終えた。ふう。
ひと呼吸おいた瞬間、冒頭の声が聞こえた。
「このしあわせいっぱいの空気はなに?」
私はうろたえた。
すぐさま彼女のもとに駆け寄った。
「おつかれさま。大丈夫?……ごめん。お腹がすいて、まんじゅう食べてた」
その後、彼女は見舞客が来るたびにこう話していた。
「手術のあとやからな、深刻な感じになってると思うやん。そう思って起きたら、なんか、ものすごいしあわせな空気になっててな。なんやこれ?とびっくりしてん。まさか、まんじゅう食べてるってなあ(笑)」
そのまんじゅうの名は熊本の名菓「いきなり団子」という。
なぜ関西の病院の売店で、しかもふかしたてが売られていたのか、理由はわからない。彼女が入院している間は、彼女をはじめ、見舞客は必ず食べて帰った。(ときどき売れ切れになっていたが)
そして彼女が退院する日には、売店のいきなり団子を買い占めて祝い合った。
1件のコメント
目が醒めたら、いきなり、いきなり団子。この状況のためにつくられ、命名されたような団子ですね。食ってしまった著者、眠っている間に食われてしまった方。二人のほほえましい距離を、いきなり団子により、正確に知ることができました。いきなり団子のお手柄です。それにしても、とっぴなネーミング、それにしてもとっぴな食いしん坊。
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