salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

そらのうみをみていたら。

2013-11-5
20年越しの沖縄そば

大学3年の春休み。ヨーロッパ旅行を企てていたのだが、その年のはじめに湾岸戦争が始まりヨーロッパ行きは中止した。
自分の知らない遠い場所で紛争があることぐらいは恐らく知っていたと思うが、よく知っている国の「戦争」は教科書で学んだ過去の出来事。まさか自分が生きている間に「戦争」が起こるとは思ってなかった。知らない国の紛争に思いをはせることもできない戦争を知らない平和ボケの私は、ミサイルで町が爆撃される様子をテレビで見ながら、その事実を受け止められないでいた。
ショックだった。
けれど、私はすぐに自分の休みのことで頭がいっぱいになった。
ヨーロッパに行けないなら、なにか新しいことにチャレンジしてみよう。
そういえば、“人生観が変わる”と評判のスクーバダイビングをやってみたかったんだ。この世にある(行ける)3つの世界。この地上と、宇宙と海中。宇宙に行くのはとってもとっても大変だけど、海中になら行こうと思えば行ける。せっかくこの世に生まれてきたのだから、こことは違う世界に行っておきたい。

初めてのダイビングの場所に選んだのは沖縄。
その2年前の大学1年の秋、バブル企画☆女子大生ボーリング大会に出場し、2位になった懸賞で初めて沖縄を訪れた。JAL系列のホテルに泊まり、プライベートビーチではしゃぎ、ひめゆりの塔や首里城を巡った。沖縄の歴史を観てやはりショックを受け、その青の美しさにただ感動した。
潜るなら、あの青い海がいい!

スクーバダイビングというのは任意団体が認めたCカードというライセンスが必要で、それを取得するには学科、プール、海洋のレッスンを受けて課題をクリアしなくてはいけない。
そんな面倒なことはしたくないという人には便利な「体験ダイビング」という選択肢がある。
深く潜るのに必要な耳抜きやマスクに水が入ったときの対処法など、最低限のことを教えてもらえば、Cカードを持っていなくてもダイビングを体験できる。
ひとまず、私は体験ダイビングを選択した。

潜るポイントは沖縄の北西にある伊江島。
初めて踏み入れた未知の世界。タンクを背負い、インストラクターと一緒に綱をたぐりながら潜って行く。30cmくらい頭が水面下に入ると、マスクが顔を圧迫し、キュンと耳が締め付けられた。一瞬パニックになって息ができない。大急ぎで綱をひっぱって水面に顔を出し、くわえているレギュレーター(空気を吸う器具)を外して空気を吸った。それでもインストラクターは笑顔で「大丈夫。ここ(レギュレーター)から空気が出るから、ゆっくりね」。私はうんうんと大きく頷いてもう一度レギュレーターをくわえ、恐る恐る縄をたぐりながら体を海中へ沈めていった。
またすぐに耳がキュンとなったが、今度は息を吸って、教わった耳抜きをやってみた。するとポコッと押されていた圧が抜けて楽になった。そうしてゆっくりゆっくり耳抜きを繰り返して縄をたぐり海底に到着した。

周りを見渡すと……そこは、まさに竜宮城だった。
その当時はまだ白化現象(海水温が上がってサンゴが白く脱色したようになる現象)なるものは起こっておらず、伊江島の海は色とりどりのサンゴに美しい魚たちが舞い踊っていた。
海中では、浮力というものが働いて体重が軽くなる。重力から開放された体がこんなに自由だなんて、知らなかった。いや、母の胎内にいるときは水の中だったからもしかすると懐かしい感覚なのかもしれない。
箸が転がっても面白い歳でもある。
逆さになったり、宙返りをしたり、私は夢中で海中を楽しんだ。

時間がきて海からボートにあがると最初に感じるのは、自分の体の重さだ。そして沖縄の海とはいえ、ウエットスーツを着ていたとはいえ、地上の風は濡れた身にしみる。
陸に戻り片付けをして、ともに海中を楽しんだメンバーと食事へ出かけた。
インストラクターが連れて行ってくれたのは沖縄そばの店だった。
「ここのがうまいねん」(と言ったかどうかは定かでないが、大阪のクラブのツアーに参加していたので、こんな感じだったと思う)
沖縄といえば、沖縄そば(!?)。前回の旅で食べ損ねていたので、食べてみたかったんだ。期待に胸を膨らませて、最もメジャーな「ソーキそば」を注文した。
丼が目の前に置かれると、意外なことに麺はうどんのように白い。
まずはスープを飲んでみる。かつお風味のやわらかい味。ああ、ひと仕事、いやひと遊びした後の空腹に染み渡る。続いて麺をすする。「ん?これは……そば?」
正直にいうと、ひと口目は大いにがっかりした。誤解を恐れずにいってしまうと「日清のどん兵衛か…??」
ただ、甘く柔らかく煮た豚肉(ソーキ)とスープはほっとする味で、食べ進めていくとこのコシもない、そばともいいがたい独特の麺にも慣れてきた。
そして、うっかり沖縄そばに気持ちをもっていかれるところだったが、海中で話ができないでたまっていたそのダイビングでの感動を熱くメンバーたちと語り合った。

その後。
見事ダイビングにはまった私は、インストラクターを目指すことにした。短絡的ではあるが、20代の勢いというものは自分でもちょっと羨ましくもある。

沖縄へもちょくちょく行くようになり、郷土を感じられる沖縄料理を楽しんだ。ゴーヤチャンプルーやソーミンチャンプルー、島らっきょう、海ぶどう、もずく、ミミガー、ジーマーミ豆腐、アーサ汁、サーターアンダギー…etc.
沖縄そばも必ず食べた。毎回、なんだか惜しい気分は残るが、そういうもんだという感じにおさまってきていた。次こそは、と店を探す楽しみもある。

沖縄へ通い始めて20数年(毎年行っていたわけではないが)。
それは今年の4月。友人の結婚式に参加するために訪れたときだ。ついに出会ってしまった。
教えてくれたのは、結婚式に呼んでくれた友人だ。海に深く深く潜る人で、沖縄に移住している。

浜屋の「ゆし豆腐そば」。

左にあるのは、沖縄の炊き込み御飯ジューシー。

豆乳ににがりを加えただけのふわふわしたゆし豆腐が、沖縄そばの上にこれでもかとのっかっている。
ゆし豆腐のふわふわした食感としっかりした大豆の風味。それと交わる沖縄そばの塩味スープとの味わいが絶妙だ。
ああ、これを海上がりに食べてみたい。また沖縄へいく理由ができた。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

1件のコメント

今は午後五時前、おなかがすいてきました。この連載は、そんなとき読むのは、ちょっと酷です。ゆし豆腐そばとジューシー、食べてみたくても、写真は食べられない。海やプールに入ったあとには、どうしてあんなにおなかがすくのでしょう。そうですね。そのあとこれを食べたら、さらにおいしいことでしょう。昔近隣に早稲田大学のプールがあり、50mプールも正式な飛び込み台の下の深さ5mもあるプールも開放していて、子供のころ、5mプールにもぐって、石を拾う遊びに興じました。もぐったところで沖縄とは違いきれいではないけれど、やはり別世界でした。そして、耳と頭がキーンと痛くなり、最初は死ぬかと思ったほどです。そのあとに食べたおでんのおいしかったこと。食べる前に何をしていたか、ということも、食の味を決める、大切な要素になるのですね。

by こうたくんの友達 - 2013/11/05 4:34 PM

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魚見幸代
魚見幸代

うおみ・ゆきよ/編集者。愛媛県出身。神奈川県在住。大阪府立大学卒業後、実家の料理屋『季節料理 魚吉』を手伝い、その後渡豪し、ダイビングインストラクターに。帰国後、バイトを経て編集プロダクションへ。1999年独立し有限会社スカイブルー設立。数年前よりハワイ文化に興味をもち、ロミロミやフラを学ぶ。『漁師の食卓』(ポプラ社)

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