2013-11-5
『身体騒動記 最近編 ~アイアンマン・血をめぐる戦い③』
(前回のつづき:思わぬ宿敵(Popeye&Olive)の苦い思い出に邪魔された前回。充分に反省したので、今回こそ、差し迫った手術に向け”貧血(鉄分不足)問題”を解決し、何とか手術の中止を阻止するべく、食生活を見直しにかかった我であったのだが…。)
病院でもらった食物表を前に、今後自分が口にするべき食べ物を考えてみた。
もちろん、鉄分を多く含む食品である。
前回取り上げたホウレンソウをはじめ、王道のレバー、プルーン、しじみ、牡蠣、あさり、大豆及び大豆食品、ヒジキ、等々。
”生物(なまもの)”、”漬け物”、”果物”という、3大物(もの)が食べられない偏食家の私には、選択肢は多くないように思えた。
まず、ホウレンソウはO・K!
葉物野菜は、火が通っているに越したことはないが、生でも食べることが出来る数少ないもののひとつ。
レバーは避けたい。(けれど最も摂取したほうが良い食べ物だろう)
火を通せば何とか口には出来るが、子供の頃からあの独特の臭みが苦手で、大人になってからは殆ど口にしたことがない。生レバーはなおさらである。(現在は、国家的にもアウェイ状況であることも考慮せねばならぬ…)
プルーンは果物なのでアウト!(ちなみに果物はドライフルーツになっても無理)
あさり、しじみ、牡蠣などの貝類は大好きなので、これは採用。ただし、生牡蠣はダメ。生の魚介類は、あの独特の磯の香りが私にとってはただの生臭い香りとなってしまうのである。磯の香りフェチの方がおられたら申し訳ないが、これはあくまで個人的嗜好である。
大豆食品とは、豆腐や味噌の事であろうが、こちらはもちろんO・K!
ただし、納豆は不可。漬け物と同じ保存食系食べ物特有の臭みがあり、どうしても食べることが出来ない。
ひじきはO・K!こちらは毎日食べたいほど好きだ。
その他にも、自分が食べられそうな物の中に、切り干し大根、高野豆腐、卵類などもあった。
なんだか、予想よりも、自分の食べられるものが多い気がしてきた!
うん、これなら大丈夫そうだ!
そう、気を良くした私は、食材のこと以外で気をつけるべき日常生活の注意事項を思い出した。
あの、手術立ち会い問題でコンコンと私を説教した、ヤリ手学級委員風の主任看護士の言葉である。
・出来るだけ、鉄分の多い食材を取ること。
・コーヒー、紅茶、日本茶、アルコールはすべて禁止。
・一日3食べること(特に朝食は必ず食べること)。
・そして、食後に必ず鉄剤を飲むこと。
・鉄剤は便秘になりやすいので、一緒に整腸剤を飲むこと。
・睡眠時間を充分に取ること。
・出来るだけ規則正しい生活を送ること。
殆どすべて、今までの生活と逆である。
レバーやプルーン等、鉄分豊富な食べ物とは全く接点のない世界に生き、毎日コーヒーか紅茶をがぶ飲みし、朝食を抜き、深夜までウダウダとネットをし、週に6日は寝不足状態。
そして気がつけば、動悸や息切れ、めまいや立ち眩みが生活の一部という生活。
しかも、それらの現象には全く興味を示すことなく、すべては年齢を重ねた仕方の無いこと、つまり老化現象と思いこんでいたのである。
しかし、今日からは違う。
自分の生活を改善するのだ。
「とにかく、鉄分のある食べ物を食べ、水か麦茶を飲み、鉄剤と整腸剤を欠かさず摂取し、早く寝ればいいのだ!できる!できる!」
それほど困難なことのように思えなかった。
なぜかこの状況に、自身は非常に楽観的であったのだ。
今思えば、なぜそこまで簡単に考えられたのかが不思議だ。
恐らく、ヘモグロビン値を8.0→10.0に上げる、つまり2.0という数字がとても小さな値だと思いこんでいたというのもあるだろう。
食べ物が、すぐに体に吸収され、効果がでるものと思いこんでいたのもあるだろう。
しかし、それはとんでもない間違いであったことを思い知るのは、もう少し先の未来の出来事であった。
私は出来るだけ毎日、それらの食品を食べた。
夕食のおかずの1品に、必ず鉄分の多い食品をまぜ、アルコールの量もほんの少し口にする程度。また、朝食も出来るだけ取り、どうしても時間が無いときは、せめて飲むヨーグルトだけは飲むようにした。(ヨーグルトを重視したのは、毎日摂取する鉄剤による便秘症状を出来るだけ和らげようという意図もあった。)
会社で飲むコーヒーや紅茶も、ランチの後の1杯だけと決めた。
「これだけの事をすれば、いくら何でも、たとえ期間が数週間と短くても、あっと言う間に10.0に達するかもしれない。」
「いやひょっとしたら、それをかなり超えてしまい、逆に鉄分が多すぎて困る!なんてことになるかもね。へへへ!」
担当医師の驚く顔が目に浮かぶようだった。
「努力するのもいいけれど、あまり毎日鉄分を取りすぎるのも良くないかもね~。たまには、一日、鉄分を取らない日も作ってみた方がいいかも!?(^o^)」
などという、根拠も実態もない地球一浅はかな自信を持ちながら、とりあえず最初の2週間が過ぎた。
そして、残りの2週間を目前に、手術前に行われる色々な検査を受ける為に、再び病院に向かった。
心電図や胸部のレントゲンを受ける他、もちろん血液検査で、ヘモグロビン値のチェックもある。
意気揚々と血液を取られながら、数値がどこまで上がっているのかと、大きな期待に胸が膨らんだことは言うまでもない。
しかし、そこには意外な結果が待っていたのだった。
検査の結果を見ながら、医師は眉毛を寄せて浮かない顔でこう言った。
「う~~~ん、アラキさん。あまり数値が上がっていませんねぇ…」
まさかの言葉だった。
「…えっ?」
ショックで返事の声が小さくなる。
「このままだと、手術は中止になるかもしれません。鉄剤は飲んでいますか?」
「…はい、毎日飲んでますし、食べ物にも気をつけていますが…」
考えてもいない結果だった。
あれほど毎日、何かしらの鉄分を含んだものを食べているのにっ!何かの間違いではないかと思った。
「せ、先生。数値って、今いくつくなんですか?」
医師は検査結果を見ながら、いかにも残念そうな口調でこう言った。
「…8.5です」
(ガガガガーーーーンっ!!!)
アニメのように、頭の中に濁った鐘の音が鳴り響いた。(あれはリアリズムだったのだ)
2週間も頑張ったのに、たった0.5しか数値が上がっていないなんて!
“10・0を超え過ぎて困るかも?”などとほざいていた自分が恥ずかしい!
先ほどまでの東京ドーム並みに膨れ上がっていた自信は、みるみる小さな千住10円饅頭くらいに萎んだ。
「とにかく、以前にも話しましたが、手術前日の入院検査の時に数値が10.0なければ、その場で手術と入院は中止となりますので!」
そう言うと、医師は念押しのように続けた。
「あと、2週間ですが、どうしますか?ここで一旦考え直すこともできますが。一応、続行ということでよろしいですか?」
いつのまにか、うつむき加減の反省ポーズになっていた私は、顔を上げ、出来るだけ平静を装いながら、
「ハイ…お願いします…」
と、精一杯のヤル気モードで返事をした。
帰路の電車の中、私は自分の傲慢さと甘さ加減を恥じた。
“「できるだけ~を食べる」とか、「できるだけ~を控える」なんて、カワイイものではダメだったのだ!”
“徹底的に食べ物を変え、毎日毎食、可能な限り鉄分を多く取らなければならなかったのだ!”
最大の味方であったはずのレバーにさえも、殆どチャンスを与えなかった。一度、串焼きレバーを口にし、余りの不味さに麦茶で飲み込んで依頼、贔屓の牡蠣フライでお茶を濁していた。
それに、ちょっとくらいは大丈夫だろうと、たまにお酒やコーヒーを口にし、夜更かししてネットショッピングに夢中になっていた数日間を思い出し、後悔した。
そして何より、体というものが想像以上に複雑で手ごわく、思い通りにならないものだと知った。そんな単純なものではなかったのだ。知らなかった。
しかし、反省だけをしている場合ではない。
1ヶ月近く休みをくれる会社のためにも、高齢をおして上京してくれる母や、就職したばかりの仕事先を無理に休んで上京してくれる従姉妹、そして入院当日に送迎してくれる友人たち、無理をして都合をつけてくれたこれらの人たちの行動を無駄にしないためにも、絶対にこの手術は行われなければならないのだ。
前日に中止になるなんてことは、あってはならないことなのだ。
私は、決意を固めた。
必ずや、血液検査を突破してみせる!
ヘモグロビン値を、あと2週間で8.5から10.0以上にしてみせよう!
たとえ、これまでの2週間でたった0.5しか上がらなかったとしても、今からは違う。
今から2週間、私は鉄分の鬼になる。いや、鉄人そのものになるのだ!
“アイアンマン!ここに参上!!”
私は(心で)高く右手を挙げ、(心で)天に向かって叫んだ。
もう、後悔するのは嫌だった。
人は強くなれる。そして、過ちから学ぶことが出来る。
急行電車がガタガタと揺れる中、一人、自分を鼓舞し、負けることの許されない明日からの熾烈な戦いに向けて、もう一度戦略を練りなおそう!と心に決めた。
車窓から見える西の空が、赤く燃えていた。
(次回、『身体騒動記 最近編 ~アイアンマン・血をめぐる戦い④(最終回』へつづく)
冬の幸せ、ココア。鉄分豊富で貧血にはgood!甘くないホイップクリームをのせるのが好きです。
1件のコメント
おもしろい!
人は目標や誰かのために必死になるものなんですね。
なせばなる。
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