2013-10-5
『身体騒動記 最近編 ~アイアンマン・血をめぐる戦い②』
(前回のつづき:何とか手術立会人問題を解決したのも束の間、思いもかけず待ち受けていた”貧血(鉄分不足)問題”。手術を一ヶ月後に控え、当日までに貧血の数値が規定に満たない場合は、中止になるという医師の宣告を受けた私は、生まれて初めて自分の体と真剣に向き合うのだが…(脱線))
病院でもらった書類の束に混じっていた”食物表”を見ながら、私は小学校の家庭科教室を思い出していた。
確か、これと同じような栄養素別に分かれた円グラフのポスターが、壁にかかっていたように思う。
タンパク質、炭水化物、脂肪、カルシウム、ビタミン。そして、確か、鉄分もあった。
鉄分と言って真っ先に思い出す食品と言えば、何と言っても”ホウレンソウ”だろう。
そのグラフの鉄分の上にも、青々と描かれたホウレンソウの絵がメインを張っていたように記憶している。
我らの世代は、子供の頃にテレビ放映されていたアメリカ漫画「ポパイ」の影響もあり、敬遠されがちな青野菜の中でも、ホウレンソウは比較的親しみを持たれ食べられていたように思う。
普段は気弱で優しいポパイがピンチに至ると、必ずどこからか都合よくホウレンソウ缶詰が現れ、ポパイの口の中へ注ぎ込まれる。すると、腕や体の筋肉が突如大きく成長し、マッチョで勇敢な最強ヒーローに早変わり。
宿敵プルートをやっつけ、GFであるオリーブを救い出すという、毎回お決まりのストーリーが展開される。(野菜の缶詰というのがいかにもアメリカ的!)
小学校の掃除の時間など、いちびり全盛期の男子を120%生きる同級生たちは、箒やモップでの戦いの最中に追い詰められると、
「♪タララタッタラー ♪タララタッタラー」
と言いながら、缶詰ホウレンソウを食べる真似をし、一気に形勢逆転を狙うのである。
不思議なもので、そうなると今まで優位だった男子は突然立場が逆転し、弱い立場を自ら演じるようになる。
無意識に刷り込まれた役割を演じてしまう人間の習性を垣間見た瞬間と言えよう。
「ホウレンソウを食べないと、ポパイみたいに強くなれないわよ!」
というのが、野菜嫌いの子供たちを脅す80年代ママたちの口癖だった。
ちなみに、あまり今回の話とは関係ないのだが、ポパイとオリーブは、なぜか、大阪にあるUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)にいることをご存じだろうか?
確かアニメでは、ポパイはライバルの巨漢プルートに対比させ、ホウレンソウを食べる前は小男の設定なのであるが、実際にUSJにいるポパイは違う。
結構(というかかなり)デカいのである!
そして、相棒のオリーブもこれまたデカい!
特にオリーブを初めて見たときの印象は強烈だった。
小さな頭を囲むように飾りスイカ並みのギザギザ縁取りヘアーに、アニメそのまま縦型丸塗りつぶし黒眼と一本線口が描かれ、一切表情が変わることはない。
しかも身長の設定が高い割には、横幅は普通の人間並のため、恐ろしく細長いキャラクターとなっている。二次元と三次元のバランスが何とも言えない不具合で、どうしても“カワイイ~”とは心の底からは言えない何かがある…(あくまで個人的感想)。
実は、初めてその何とも言えないバランスのポパイとオリーブに出会ったとき、なぜか二人にパーク内を追い掛け回されるという、これまた何とも言えない恐ろしい体験をしたことがある。
皆、一様に信じられないと言うのだが、本当なのだから仕方がない。
まだUSJがオープンして数年の頃。運良く、新作のアトラクションイベントの招待券を手に入れた私は、夕方から始まる限定イベントまでの時間を友人たちとのんびり過ごしていた。まだイベントまで少し時間があったため、一旦パークの外に出てカフェでも行こうと話していたときだった。
手にしていた筈のイベントチケットがない!
いくら探しても、見あたらない!
焦る心を押さえ、冷静に考えてみたところ、さっき抽選チケットを引き換えた時に、カウンターに置き忘れたように思えた…。
「絶対、さっきの引換所だと思う!見て来る!!!」
友人たちにはパーク外のカフェで待っていてもらうことにし、一人、急いで引換所まで戻ることにした。
引換所はパーク中央辺りにあり、入り口付近の今いる場所からは結構な距離があるが、イベントの入場規制が始まっているのか、少しづつ一般客が減りつつあった。
(よし!ついてる!!人が少ないと全力で走れる!!)
自分だけがイベントに参加できなくなるという、この先数年間は後悔するであろう事態を絶対に避けるべく、パーク内を全速力で駆け抜けた。
親子連れ、カップル、友人同士、地方からの団体客等。
楽しそうな顔、おしゃべりをしながらウキウキ歩く人たち、フェイスペイントやキャラクターの被りものをつけ、思い出を作る人々。
そんな平和で喜び溢れる世界に、突如、必死の形相で走り抜けるいい大人、一人。
皆、振り返って私をみたが、気にしている余裕はなかった。一刻を争うのだ。
しかしである。案の定と言うか、予想していたことというか、日頃の運動不足がたたり、あっと言う間に全速力のスピードが落ちてきた。
(実際に、本当に全速で走れたのは1分もないだろう。初めから数分と保たないことは分かっていたが、気持ちがそうさせたのである…)
これでは、引換所に着く前に倒れると判断するや否や、今度は一気に定歩幅のマラソン風走りに切り替えた。「日曜日のジョガー」作戦である。
メインの大通りをもう少しで抜けようとしたその時、前方に細長い影が二つ見えた。
グリーティングのために外に出て来ていた、キャラクター。そう、あのポパイとオリーブである。
一瞬、二人の予想を越えたデカさと容姿に動揺が走ったが、気にしてはいられない。何と言っても、今、自分はジョガーなのだ。走ることに集中しなければならないのだ。
目に入らなかったことにして、そそくさと二人の横を一気にすり抜けようと決めた。
気持ちほんの少しスピードを上げ、あと20メートルほどでポパイの手前にいたオリーブとすれ違うところまで来たときだった。
なんと、前方で走ってくる私を見つけたオリーブが、細長い両手を広げ、私を抱きしめるかのような体勢を見せたのである!まさかの「さぁ、いらっしゃ~い!」体勢である!
(ヒィ~~!(汗)違う違う!そんなんじゃゃない!)
(て、てか、な、なんであんたの胸に飛び込むのん?!)
心で突っ込みをいれながらも、どうすればいいのか一瞬悩んだ。普段は働かない頭の中の回路が、目一杯電気信号を発して解決策を探している。
(ど、どうしよう!!!)
結局、考える間もなく、理屈や論理を抜きにして私が取った行動。
それは、顔には申し訳なさそうな、かなしそうな、うれしそうな、日本人特有のあいまいな表情を浮かべ、なんとかこの状況をうやむやにしたまま、一気に横をすり抜けるという、どうしようもない方法だった。
名付けて、「あいまいな日本の私 in USJ」作戦(名前だけは立派!)である。
変化のない不気味なオリーブの顔を敢えてじっと見ながら、「あいまい顔」を作りつつ、広げたオリーブの両手をスルッと回避し、横をすり抜けた。成功!
ホッとしたのも束の間、何と、その向こうにポパイがいた。
運悪く、ポパイもこの平和なパーク内を緊急的に走る人物をもの珍しげにじっと見ている気配がする。
何か次の手を打たなくてはと思い焦った私は、これまたポパイの顔を敢えてじっと見ながら、前方を指差した。そして、声は出さずに口の形だけで、
「あっち!あっち!(あっちに急ぎの用事があるの!)」
と言う仕草をしながら、ポパイの横を一気に走り抜けた。
ポパイの表情は読み取れなかったが、何となく理解してくれた(?)ようにも思えた。成功!
強烈キャラを次々と回避し、危機を乗り越えた自分に気を良くした私は、気持ちも新たに、いざ引換所へ急いだ。
と、ふと何かの気配を感じた。嫌な予感がする。
まさかと思いハッと振り返ると、なんとそこには、あのオリーブがいたのである!
私の後をついて走って来ている!しかもその後ろに、ポ、ポパイもついてきている!
(げげげげーっっ!?!?!な、なんでっ???)
(う、うそだろっ!!!!な、なんの為にっ???)
客が減って暇なのか、単にからかっているのか、本気で不審者を取り押さえようとしているのか…。全く持って、意味が分からない!
振り返って見るオリーブの表情からも、何も読みとれない。(そりゃそうだろう…)
ただ、巨大な細長~い生き物が、表情も変えず、ただ、闇雲にものすごいスピードで迫ってくる。
(ぎゃャーーー!!!何か分からんけれど、怖いぃいいーー!)
あまりに非日常的でシュールな状況に、頭のくす玉が割れそうになった。
しかし、とにかく、今は逃げるしかない!
私はさらにスピードを上げた。この状況が理解できずとも、とにかく逃げた。
道行くお客さんたちが、何事かと振り返る。中には、何かの催しの一部と勘違いしてか、薄笑いの表情でこの追いかけっこを見守っている親子連れもいる。
(な、な、なんでやねんっ!なんでついてくるの~???)
(誰か、見てないで、助けてーーー!!!)
訳も分からず走り続ける私を、オリーブは容赦なく追ってきた。結構なシツコサである。
しかも、体が細くて風の抵抗が少ないせいか、体力が衰える気配もない。
さては…中身は外国産のオス遺伝子を持つ生き物では…と一瞬頭をよぎる。
(イカン!それは言っちゃイカン。いくら何でもそれはルール違反だ。オリーブはオリーブ、ポパイはポパイ。それ以上でも以下でもない!)
そう頭の片隅で自分を戒めつつ、こんな状況でもキャラ界の最低限の倫理は守った自分を、自分で褒めたいと思う。
とにかく、こうなったら直線を避け、曲がり角をいくつか複雑に曲がり、二人を捲くしかない!
I・ジョーンズ博士並みの逃げっぷりで、2つ、3つ路地を曲がり、最後に大通りの端に恐る恐る戻った。途中で振り返る余裕はなかった。
意を決して、今来た道を振り返る…。
と、もうそこには二人の姿はなかった。
「ふう~。助かった~!」
ゼイゼイと肩を揺らし、うっすらと額に汗を浮かべながら、とにかくホッと胸を撫で下ろす。しかし、次の瞬間、
(てか、私、何してるの??)
と、当然、必然、当たり前の疑問の積乱雲が、頭の中一杯に広がった。
なぜ?追いかけられたのかは不明であるが、現実とは思えない体験にまるで夢の中にでもいたような気分だ。
しかし、夢というには余りに頭も体もフラフラである。
翌日に起こるであろう筋肉痛が、あの出来事は決して夢ではなく、現実であったと思い知らせてくれることだろう。
不条理の神様も悪戯がお好きである。
結局、戻った引換所にチケットはあったのだが、あまりに強烈な体験に、その後の新アトラクションの印象が余り残っていない。
残っているのは、オリーブの微動だにしない、あの表情だけである。
ある意味、人生の貴重な経験とも言えるが、念のため、皆様にはUSJへ行かれる際は、決してあの二人の前で全力疾走しないようお薦めする…(^_^;))
それはさておき…。
鉄分である。
鉄分のある食物の話である。
ホウレンソウ一つで、ここまで話が脱線するとは、自分でも情けない限りだ。
しかし、思い出してしまったからにはお伝えせずには入られない性分のため、ここに記させて頂いた。
そして、大変に申し訳ないのであるが、予定文字数を超えてしまったため、メインである“鉄分のある食物”話は次回へ持ち越しとなる。
ひぇ~~~!ごめんなさいっ!!!
またまた引っ張るのかとお怒りでしょうが、お許しを! (T_T)/~~~
次回は(次回こそ!)、そう、鉄分のある食物と“血をめぐる戦い”の本丸合戦である。
しばしお待ちあれ~。
(『身体騒動記 最近編 ~アイアンマン・血をめぐる戦い③へつづく』)
空缶も擬人化せずにはいられない日本人の心が好きだ。 :イラスト提供=M/Y/D/S グラフィックス。転載不可
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