salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2017-08-7
ガンっといこう!奇想天外?!③

ガンっといこう!奇想天外?!②を読む

恐怖の引きちぎり手術から1週間後、抜糸のために、再度そのクリニックを訪れた。
朝いちばんの予約にしたのが良くなかったのか、むりやり寝癖を整髪料でなでつけ、眠さMAXといったような腫れぼったい目をした医師が現れた。

「では、抜糸ですね…」

ボソリとそういうと、ハサミとピンセットを取り出した。
あれだけの手術の後なのだから、何か医師から言うことがあるかと構えていたのだが、何の質問も気遣いもなかった。

(あんな手術は日常茶飯事だったのだろうか?特別なものでもなかったのか?)

そうぼんやり思っていると、まさかの言葉が医師の口からでた。

「えと、服を持ち上げて下さい…。」

(へっ?)
(ベッドに寝ないの?!)
(ええ?そういうものなの?抜糸で患者が座ったままでいいの?!)

たまたまなのか、この医師のやり方なのか、あるいはどんな病院でもこれぐらいの傷なら座ったまま抜糸をするのかは、その時の私には分からなかった。
仕方なく、丸椅子に座ったまま、子供のころ風邪で小児内科を受診した時のように、上半身前面衣服持ち上げ方式で、言われるままブラウスを首の真下当たりまで持ち上げた。すると、医師は本当にそのまま右胸の抜糸をし始めた。
手にハサミとピンセットを持ち、前かがみになりながら顔を右胸に近づけ、チョキ、チョキと糸を切っていく。
しかも、結構痛い!やはり、まだ身や皮膚が糸に引っ張れている感が否めない。

(腕や掌ならわかるけど…胸部でも座ったまま抜糸って、これが普通なのか?こういうものなのか?)

テカテカの頭を上から見下ろしながら疑問はふつふつと沸いた。
そして、なんとか抜糸が終了すると、医師はまさかと思う位の小さな絆創膏を取り出し、その傷跡にちょこんと張った。

(絆創膏…だけ?)

一仕事やり終えたといった風な態度で、医師はすぐに机に向き直り、それ以上こちらには目もくれず、なんの説明もなかった。さあ、終わったから次の人!という心の声が聞こえてきそうだった。

(このまま帰るだけ?いやいやいや!違うだろう!)

仕方なしに、自分から聞くことにした。

「先生、手術の組織検査の結果は?」

「そんなのまだ出てないよ!もう少しかかるから、でたら、連絡します。」

「そうですか。えと…、今後の治療というか、この後はどういうふうにしたらいいんですか?」

「…?もう終わりだよ。」

「え?これで、検査結果が(良性)確定したら、もう治療はないということですか?」

「そうだけど…。」

何を言ってるの?といった口調で、医師は憮然と答えた。

この時点で私が引っ掛かっていたのは、あのあまりにも強烈すぎた手術体験の中で、医師がつぶやいていた言葉だった。

「(摘出後の患部を覗き込みながら)ちょっと残ってるなぁ。でもまあ、また次にちゃんと取ればいいから…」

医師本人は覚えていないのか否か(←いや、それもアカンやろ!)、確かに患部に少しだけまだ腫瘍の組織が残っているといったようなことを言っていた気がする。いや、言っていたと思う。

実は、手術後この抜糸までの1週間、私はインターネットを使って様々な情報を集めに集めまくった。
その中で最も気になったことは、良性にしても悪性にしても、短期間に大きくなった腫瘍の一部がまだ残っているならば、完全に取りきらないとまた大きくなっていく(再発)可能性が高いということだった。

少し、専門用語が混じるが、病巣である腫瘍の周りに十分な余白(マージン)を付けて取り除き、その組織を検査して一番外側に、その腫瘍の組織が現れていなければ完全に腫瘍全体を取りきれたということで、「断端陰性」となる。
逆に、取り残しや、十分なマージンを付けずに摘出し、切り取った腫瘍の端に病巣の組織があれば、「断端陽性」となり、取り残した組織がまだあるということになる。場合によっては再手術が必要になる。

まだ、組織検査の結果はでていないものの、私の腫瘍は約半年強で、倍近くの大きさにまで育った。しかもその巨大さを考え合わせると、良性であろうが悪性であろうが、取り残した組織が少しでもあるのであれば、再手術を考慮するべきなのではないかと強く考え始めていた。
しかし、医師はもうこれで最後だという口ぶりであり、取り付く島もないという感じ。結果も、良性に決まっているだろうという口調だ。
とにかく、まずは検査結果を待ち、そこから考えようと、その日はそれ以上何も言わずにクリニックを後にした。
恐らく、頭の片隅で、もし再手術が必要な場合でも、違う医師を探したほうがいいのではないかという気持ちが湧いてきていたのだと思う。

とりあえず、手術を受けたことは身内にだけ話し、後は誰にも言わず、日々の多忙な時間の流れに戻った。
その後も、私は時間がある限り自分の症状について、さらにインターネット等で調べていった。
万が一再手術となれば、病院にもよるが会社への休みの申請も必要だし、あのクリニックから医療データをもらわなければいけないが、果たしてあの医師が、素直に渡してくれるのだろうか。それに、医療保険の請求もしたい。
時間をやりくりし、様々な可能性について調べ、準備をしながら、腫瘍組織の病理検査結果を待つ日が続いた。

一方で、手術後の胸の状態はというと、ズキズキとした痛みはあるが、少しずつ軽減してきていた。
それよりも、やはり傷跡を見慣れるまでは、毎回少し勇気がいった。
お風呂上りに、鏡に映る右胸を見る。
まるでフランケンシュタインの顔に書いてありそうな、または子供が落書きで書いた線路のようなギザギザの縫い跡が、右胸の上から内側までを、ちょうど、四分の一の円ほどの長さで丸く続いている。
ツルンとした滑らかな皮膚の上に、油性ペンで書かれたようなあまりにもハッキリしたそのギザギザ線は、いずれ薄くなっていくとはいえ、ちょっと冗談のようで笑ってしまいそうだ。
しかし、傷跡は致し方ないとしても、大きさや形は、直径約6.5cmの巨大な腫瘍を取り出したにも関わらず、もともと胸のサイズがややデカ目(太っているともいう)ということもあり、正常な左胸との差は、一見したところ分かりにくい程度に収まっていることが慰めだった。
もちろん、良く見ると右胸の方が小さいのだが、たまたま腫瘍の位置が右胸内側の上部という、他の領域に影響しにくい位置であったことも幸いしていた。

これは後々知ったのだが、部分摘出の場合、元々胸の小さい人や、あるいは腫瘍のある位置によっては、腫瘍そのものが小さくても取り除いた後の皮膚がひきつったり、胸の形がゆがんだりして、思っていた以上に歪な姿になってしまいショックを受ける人も少なくないと聞いていた。

(うん、悪くない、これなら全然イケる!)

何がイケるのかはさておき、私個人としては、見慣れると十分なほど胸の形、少なくとも胸と認識できる通常の形を維持できていることに安堵し、満足した。
しかし、後にそのことが、その後の治療を選択する際に、大きなネックとして立ちはだかってきてしまうことになるとは、この時は思いもしなかった。

その後も、なかなかクリニックからの連絡はなかった。
連絡がないということは、結果が良いということなのだろうと、勝手な一般常識をあてはめ考えてはいたが、しびれを切らした私は、手術からちょうど2週間がたったある日、こちらから電話してみることにした。

電話口でしばらく待たされ、ようやく医師に繋がったと思いきや、開口一番、まるでスーパーの野菜売り場のベテラン店員の声掛けのように、元気な声が聞こえてきた。

「あーー!アラキさんっ!あのねー、良性じゃなかったぁーーー!!明日、何時でもいいからすぐ来て~!」

へ?こ、こ、これが告知なのかな?
世間一般で言われているのと、なんかえらく違う感じがするが…。
多少の覚悟はしていたが、そうか、これって、良性じゃないってことは悪性、ってか癌ってことだよね。まさか良性と悪性以外に、普通性なんてないよね?欽ちゃんの番組じゃないんだから。

あまりの唐突さと軽さに、現実身がない。
ショックを受けるとか、そんな余裕はなく、一番近い表現で言うと、「なんじゃ、コラ?!」という、なんとも言えない気持ち。
翌日朝一番で来院することを告げた。

それでも、時間がたつと徐々に不安と恐れがやってきた。そして、怒りもやってきた。
今日たまたま自分から電話を架けたが、架けてなければ、いつ連絡するつもりだったのか?第一、そんなことってある?普通、悪性と判明したらすぐにでも、患者に電話するものではないのか?
徐々に怒りのボルテージが上がってきたものの、それ以上に、私にはやるべきことがあった。
実は数日後に、良性であっても悪性であっても、組織の残りを再度摘出するための再手術に関する、セカンドオピニオンを、インターネットで探した他の病院でうけることになっていた。
そのためには、なんとしても手術や病理結果に関する医療データを、あのクリニックの医師からもらわなければならなかった。しかも、良性ではなかったのなら、なおさら絶対に必要である。
なぜなら、ご存じの方も多いと思うが、現在、がんの治療というのは、その組織を検査で出たタイプで分け、それに準じた手術方法や投薬で治療していくことになっているからである。

(あの医師、すんなりとデータをくれるだろうか?)
(セカンドオピニオンをするというと、へそを曲げそうな気がする。いや、絶対に、100%曲げるだろう!)

プライドがスカイツリー並みに高い、あのテカテカ頭の医師を相手に、データをすんなりと素早くもらうためにはどうすればよいのだろう。時間はあまりない。可能ならば明日、すべてのデータをもらいたい。

作戦が必要だ。しかも、絶対に勝たなければならない戦略が…。

右胸の傷が、少し疼いた気がした。

(④へつづく)

★今回の体験から個人的に学んだ超個人的教訓(=偏見ともいう)★
① 「恐らく良性」を信じるな!不安ならとにかく生検してもらおう。
② 連絡がないのは(結果が)良いこととは信じない。どんどんこちらから確認しよう。

★治療中に役立つ個人的オススメサイト★
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(医療用ウィッグからおしゃれウィッグまで、ダントツの品質とコストパフォーマンス!特にヴィーナスシリーズはオススメ。通販もあるが実店舗もあり、店員さんも丁寧。予約来店もできる!)
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(手術直後から、治療中、治療後等、乳がん患者の様々な悩みをケアする下着を販売。また、傷跡を気にせず温泉等に入れる“バスタイムカバー”は、こちらのオリジナル商品。厚労省にも公共性を認められ、現在多くの宿泊施設で使用可能。)

※すべて個人的体験に基づく記述をしておりますが、一部名称や場所等を変更して書いている部分もあります。但し、病状等は参考にして頂ける場合があるかと思い、出来るだけ事実に近い形で明記する努力をしております。


フランケンシュタインは、実は(怪物を作った)博士の名前なんですね…。

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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