salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2013-12-5
『身体騒動記 最近編 ~アイアンマン・血をめぐる戦い④最終話~』

(前回のつづき:手術までにヘモグロビン値を上げるべく、日々の鉄分摂取に励んでいた我であったが、過剰とも言うべき自信の中臨んだ2週間前検診で見事惨敗。目標とした数値には程遠い現実に愕然となる。このままでは手術及び入院の中止が危ぶまれる中、なんとしても手術決行に向け、全てをかけヘモグロビン値アップを目指すのであったが…)

帰宅後、再度インターネットで鉄分・貧血について調べてみることにした。

何となく鉄分の多いものを摂取していた素人計画の結果、2週間でたった0.5しか数値が上がらなかった現実を考えると、このままでは全く勝算は見込めないと予想された。
何とか残りの2週間で、最低でも1.5以上数値を上げ、最終ヘモグロビン値10.0を目指さなければならない。
正しい知識と最も効果的な方法を得なければ、最悪の結果が待っている可能性は大きい。

意気込みながら、次々とネット住民たちの貧血治療日記や医師のブログサイト、サプリメント会社の説明サイトを見ているうちに、ある気になる情報を見つけた。
そこにはこんな一文が書かれていた。

“体が鉄分を吸収するには、ビタミンCや葉酸を一緒に取ることが効果的!”

ビビビっ!と、電流が走った。
聖子ちゃんのようにイケメンの歯医者に出会ったからではない。
直感的に、今自分が求めていた最も必要な情報がこれだ!と感じたからだ。

「なるほど!これだ!これがキーになるかもしれない!!」

私はひとり、大きく頷いた。
そうなのだ。大切なのは、体が鉄分をいかに効率よく吸収するかだ。
いくら鉄分の多い食物を摂取しても、その殆どが吸収されず体外に排出されてしまったら、何の意味もない。
つまり、体内に入れた鉄分を逃さず出来るだけ多く吸収することこそがポイントなのである。吸収率を上げてこそ、食事の意味があったのだ。

そして、その鉄分吸収の際に活躍するのが、ビタミンCと葉酸であると、その説明文には書かれていた。鉄分と一緒に摂取することで、体内への吸収率がグン!とアップするらしいのである。
すぐに葉酸、及び、ビタミンCが入った食物を、ネットで検索してみた。

まず葉酸を多く含む食物として出てきたのは、モロヘイヤ、パセリ、ブロッコリー、ゆず、ドリアンなどであった。しかし、この中で私が食べられるものは、(茹でた)ブロッコリーだけである。

次に、ビタミンCの含有率が高い食物として、ピーマン、ゴーヤ、アセロラ、ゆず、レモン等が出てきた。
特に、アセロラのビタミンC含有率は群を抜いて高かった。レモンが100g中100mgのビタミンCが含まれるのに対して、なんとアセロラは1700mgである!ざっと、17倍!!
生のアセロラ一粒で、一日の成人女性のビタミンC必要摂取量がまかなえるそうである。

“アセロラ、すげーーーっ!!”

無駄に真っ赤な色に染まっている訳ではなかったのである。
いつも、ジュースにしてはこれ見よがしに赤すぎる“アセロラドリンク”をコンビニで見かける度に、ちょっと軽視にも似た視線を送っていた自分を深く深く反省した。
パソコンレスキューにやって来た20代女子に、思わず一瞬大丈夫か?!と不安になるが、今まで来た理系ガチガチ男子の誰よりも早く、正確に修理をやってのけたプロの技魂をみたような気持ちである。
真の実力者とはそういうものだ。人間も、ジュースも、見かけに寄らないものなのである。

『けど、アレでしょ?!そうは言ってもアンタ、果物食べられないんでしょ?いくらアセロラが凄くても、口に出来なかったら意味ないじゃん!!』

今、このコラムを読む多くの人が、そう思ったかもしれない。
いや、きっと思ったであろう。しかし、“現実は小説よりも奇なり”なのである。

確かに、私は果物の殆どを食べることが出来ない。
けれども、私はある種の果物を、

“飲むことは出来る!!”

のである…。

「は?なんじゃ、ソレ???」

そう、突っ込みを入れたくなる方もいらっしゃるであろう。最もである。
一部の柑橘系果物に限るが、ジュースになれば飲むことが出来るのだ!
いや、それどころか積極的に“好き!”とさえ言える。
なぜなのかは自分でも不明であるが、果物本体そのままでは駄目でも、ジュースになれば美味しいと感じ、ゴクゴクと飲むことが出来るという事実があるだけなのだ。
恋愛もジュースも、好きに理由はないのだ。

そしてラッキーにも、この“アセロラ”は、“ジュースになったら飲める柑橘系果物”の中に入っていたのである。
しかも、生のアセロラは日本では殆ど手に入らないため、ジュースとしてしか摂取手段がないのだが、この“アセロラドリンク”のメーカーによる商品説明に、信じがたい言葉が書かれていたのである。それは、

『葉酸入り!』

なんとなんと!こんなことがあっていいのか!
この“アセロラドリンク”さえ飲めば、ビタミンCと葉酸を一度に取ることが出来るなんて!信じられない幸運!いや、これは運命なのか?!
勝利への道が、ほんの少し見え始めた気がした。

俄然やる気が出てきた私は、さらに他にも自分が食べられる物の中で、鉄分を含む食物がないかを調べた。
小松菜、春菊、枝豆、ゴマ、ワカメ、木耳、蜂蜜、アーモンド、ココア、etc.
まだまだ、食べられるものが出てきたのである。
翌日から最強の味方、“アセロラドリンク”と共に、これらの鉄分食物群が、我が家の冷蔵庫にところ狭しと並んだのは言うまでもない。

それにしても。
頭の中は、ある疑問で一杯であった。

(なんで、病院で、鉄分摂取にビタミンCや葉酸が大事なことを教えてくれなかったんだろう?鉄分の多い食物表なんてネットで調べればわかる!こういう情報こそ素人には分からない、専門家(医師や看護士)から聞くべきものじゃないのかよ!?)

今さら遅い不毛な愚痴を呟きながら、現代医学と医療環境、医師の怠慢等の社会問題に思いを馳せ……。
と通常ならいくところなのだが、すぐさま自分にはそんな暇はないことに気付いた。

あと、2週間しかないのだ!今、相手にしなければならないのは社会問題ではない。鉄分なのだ!
そう、自分に言い聞かせ、明日からの日々を思い気持ちを引き締めた。

翌日から、私は鉄分の鬼“アイアンマン”と化した。

当たり前ではあるが、処方された鉄剤や整腸剤は、毎日食後に必ず摂取した。
飲み物に関しては、先ほど出たアセロラドリンク、麦茶、水以外は飲まないことにした。無論、アルコールは完全に絶った。
中でも、“アセロラドリンク”は、朝昼夜の三食と一緒に必ず飲んだ。
(食事中にジュースを飲む習慣がなかったため、最初は甘みの違和感でいっぱいだったが、その内に慣れてしまった)
食後のコーヒーが恋しくて仕方がないときは、ココアかホットミルクで代用した。
(ちなみに、鉄分の吸収を妨げるタンニンサンが最も多く含まれているのは紅茶である。)

そして、看護士の忠告通り、必ず朝食は取った。
全粒粉パンと蜂蜜、生アーモンドを数粒ガリガリと噛み、アセロラドリンクで流し込んだ。
お通じが良くなる為に、こんにゃくゼリーとヨーグルトも必ず食べた。

昼食は、会社近くの中華料理店のレバニラ弁当を購入した。
実は豚レバーも大の苦手なのだが、この弁当屋は注文してから炒めてくれるため、いつもアツアツで殆ど臭みを感じないので助かった。
もちろん、会社でも飲み物はアセロラドリンクである。

夕食は出来るだけ簡単で時間がかからない工夫をした。睡眠時間を少しでも早くするためである。
まず、汁ものはインスタントのしじみ味噌汁(“1杯でしじみ70個分の力!”のコピーに心を鷲づかみにされた)を常備した。
また、ゆで野菜(ホウレンソウ・小松菜等)以外は、デパ地下やスーパーのお惣菜売り場で、毎日違うおかずを買った。牡蠣フライ・ひじきの炒め物・切り干し大根のお浸し・高野豆腐の煮物等。加えて、必ず、毎日1本120円の焼き鳥レバーを2本買った。
そして、このたった2本の鳥レバーが、その後の2週間、最も私を苦しめた食材となった。
一口噛むたびに、あの独特の臭みが口一杯に広がり、鼻から香りが抜けていく瞬間が堪らなく苦しかった。小学校で嫌いな冷凍みかんを、掃除の時間まで泣きながら食べた懐かしくも苦しい記憶が蘇る。
アセロラドリンクで一気に流し込みたい誘惑に何度もかられたが、栄養吸収のためには十分な租借が必要である。
折れそうになる気持ちを、グッっと押さえ、レバーを噛み続ける自分に言い聞かせた。

「今、私は人間ではない!鉄人、アイアンマンなのだ!美味しいとか不味いとかを言っている場合ではないのだ!鉄分の鬼になると決めたんだろ!噛めっ!噛むんだーーーっ!」

大人になって、自分で何もかも自己決定が出来る自由を手に入れて十数年。
好きなもの、食べたいものを食べ、嫌いな食べ物を食べない自由。そんな権利が奪われる日がやってくるとは、想像だに出来なかった。
人生、本当に何が起こるのか、誰にも分からないのである。

その他にも、いつもシャワーですませていたお風呂は、必ず湯船につかるようにした。
これには二つの狙いがあった。体全体を温め血流を良くするためと、副交感神経を活発にし、早く深く眠れるようにするためである。

また、毎日7時間以上の良質な睡眠をとるために、AM12時までに必ず寝ることにした。
ちなみにこれは睡眠に入る時間であって、ベッドに入る時間ではない。
よって、睡眠に入る準備として、ベッドにはPM11時30分までには入るようにした。(まるでサッカーの長谷部選手のようだ。)
当然、大好きなテレビ番組『アメトーーク』もしばらくは禁止であった。(ある意味、これが一番辛かったかもしれない…(^_^;))

そんな努力を2週間、毎日続けた。
自分が考え、やった方が良いと思われることはすべてやった。
後がない緊張感からか、多くの他人を巻き込んでいるためなのか、不思議と挫折することはなく、使命感だけが私を前に進めた。(これがダイエットとは違うところである)

人生において、真剣に何かの目標を立て努力すると言ったことがあまりない私にとって、久しぶりに味わう感情である。
これほどひとつの事に対して、全身全霊で打ち込んだのはいつ以来であろう。
そしてそれは、決して不快なものではなかった。
むしろ、ある種の快感というか、人生の充実感とも言える感情を私に起こさせたのである。

そして、運命の日を迎えた。

入院の準備をし、母や友人たちに見守られながら、血液検査に向かう。
採取される赤黒い血液を見ながら、心なしかいつもより濃い赤色のような気がしなくもない。

病室に戻り結果を待ちながら、押し寄せる不安と期待にソワソワと落ち着かない時間を過ごした。
もし手術が中止になった場合は、折角だしスカイツリーにでも観光に行こうかと、母と話していた時だった。
ついに、その瞬間はやって来た。

「アラキさーん。お待たせしました~!数値、出ましたよ!!」

執刀医として紹介された女性医師が、病室まで結果を伝えに来たのだ。
緊張する我々の空気も気にせず、聡明そうな大きな瞳をキラキラさせながら、その美人医師は明るい声でこう言った。

「数値はですね…、なんと10.0でーす!」

ヒィ~~~~~!!!
ギリギリのギリギリ、もうギリギリいっぱいのところで、めでたく手術は結構されることになったのである。

思えば、ラスト2週間。
「やることはやった。そして後悔はない。例えどんな結果が出ようと、後は天にまかせる。」
レベルは100万倍位違うが、そんなオリンピック選手のような心境になれる自分がいたことに驚き、そして目標を達成することが出来た満足感に満たされた。そして何よりも、

「やっと、戦いは終わったのだ。もう、あのレバーを食べなくてもいいんだ!」

と、心からほっとした。あのレバー地獄から解放されることが何よりも嬉しかった。
しかし、そんな安堵感はあっという間に消え去ることになった。
やっぱり、人生はそんなに甘くはなかったのである…。

翌日、手術は無事に終わり、早速、激痛との闘いが始まった。
一時的に上がったヘモグロビン値も、案の定、手術による出血で再度10.0から8.5まで下がってしまった。
それでも、順調に回復し、結局約10日間ほどの入院の後、何とか退院することが決まったのである。

最後に医師との面談があった。
退院後の生活の注意点と、今後の回復への経緯の説明の後、

「アラキさん、まだまだこれからも、鉄分を取り続けてくださいね!目標は、通常値が11.0です!!」

と、思ってもいなかった高い目標を突きつけてきたのである。
自信無げな私の気持ちを読んだのか、眉間にシワを寄せながら、美人医師はキッパリと強い口調で言った。

「その為には、今後も鉄剤、レバー、ホウレンソウを摂取するようにっ!」

“アイアンマン”が地球を去り、宇宙に帰る道のりは、まだまだ“The long and winding road”のようである…。

英:acerola、学名:Malpighia emarginata、キントラノオ科の植物果実。日本では沖縄県で栽培されているそうです。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

コメントはまだありません

まだコメントはありません。よろしければひとことどうぞ!

コメントする ※すべて必須項目です。投稿されたコメントは運営者の承認後に公開されます。


コメント


アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

バックナンバー

そのほかのコンテンツ