2017-05-5
ガンっといこう!奇想天外?!②
ガンっといこう!奇想天外?!①を読む
そして二週間後。少し緊張しつつも、予約した部分摘出手術のためにそのクリニックを訪れた。
普段は大勢の患者がいる待合室も、その日は私以外誰もおらず、受付には、いつもの中年の女性が一人いるだけだった。
通常診療は午前で終わり、午後は手術用の時間と決められているようだった。
早速医師に名前を呼ばれ、診察室に入った。
いつもの、やや傲慢さが売りの医師が、手術の説明をしてくれた。
「では、前回伝えた通り、手術は局所麻酔で十分可能です。約30~40分くらいかな。ちょっと(腫瘍は)大きいけど、もし痛かったらすぐ言ってくれれば麻酔を増やすので大丈夫。遠慮なくどんどん言ってね。恐らく、あっという間に終わって、すぐにそのまま仕事にでも行けますよ。ではこちらです。」
自信に満ちた声でそう言うと、診療室を出て、細長い廊下を曲がりスタスタと歩き始めた。
慌てて後ろからついていく。
それにしても、誰もいない。シーンとした院内を奥へ進むうち、さらに緊張感が増していく。
と、唐突に、天井から吊るされた大きな布が目に入った。のれんように、切込みが入っており、地上から1m位の高さまであった。
んっ?と思いながら近づくと、先を行く医師は、まさにそれを飲み屋ののれんのように掻き分け、すっと中に入っていた。
まさかと思い、私もそれに続くと、なんとそれは手術室の入り口だった。扉は開いており、外からはそののれんで目隠しされているだけだった。
手術室には、誰もいなかった。
(い、いまから手術をするのに、扉が開いてる?まさか、手術中は扉を閉めるよね?普通、菌とか感染とか衛生の問題上、手術室って隔離というか密閉されているじゃないの??)
(看護師さんや助手は?後から来るのかな?まさか、あの受付の人じゃないよね?)
様々な疑問が花火のように噴き出すと同時に、嫌な予感がした。今思うと、この時すでに、微弱な心の危険発見センサーが反応し始めていたのだろうと思う。
不安とともに立ち尽くしている私の横で、医師は何かをゴソゴソといじり始めた。
すると、有線放送のように、突然流行歌のカバーソングが流れ始めた。
「えーと、J-POPでいいかな?May J.もあるけど…」
(えっ…?音楽流す?!今は手術室でJ-POPを流すのが流行なのか?いや、それともここだけなのか?)
戸惑いつつ、音楽はいらないと言おうかと思ったが、面倒なので「なんでもいいです。」とややぶっきらぼうに答えた。
すると、意外にもいつもの傲慢な態度とは違う、「そうだよね。今から手術受けるんだから、それどころじゃないよね~」と、下手にでるような物腰になった。意外と気が小さいのかもしれない。
服を脱ぎ、上半身裸で手術台に横たわった私は、すばやく回りの状況を見渡した。
どうやら本当に、看護師が来る気配がない。一人で手術をするつもりなのだ。
手術室の扉も開けたまま、やっぱりのれんのままなのだ。
私の気持ちをよそに、医師はもう一度念を押すように言った。
「では、痛いときはすぐに言って下さいね。麻酔増量しますから!遠慮なく!」
増量って!ラーメンの麺かよ!という心の突っ込みもむなしく、スピッツの名曲カバーとともに手術が始まった。
そして、10分後。
「い、痛たたたたたたたたーーーーーーーーっつ!」
思わず叫んでいた。
今まで生きてきた中で、最強の後悔の念が私を襲った。
というのも、全然、腫瘍が取れないのである。
しかも、猛烈に痛い!
局部麻酔なので、もちろん意識はある。
思わず、「皮膚閉めてー!手術止めてー!他の大きな病院に今すぐ行くから!」と言いそうになったが、既に皮膚は切開され、メスは体に入っている。ここで一旦停止などはできるわけはなかった。
どうやら、医師の思惑とは違い、腫瘍がかなり深く、組織に引っ付いているようで、
「おかしいなぁ。普通はツルンっととれるのに。ったく。引っ付いてなかなかとれないね…」
「おもったよりも深いなぁ、っちぇ、取れないなあ」
と、まるで引っ付いている腫瘍が悪いとでもいうような口ぶりだ。
一応、痛みを訴えるたびに、その都度麻酔を増やしてくれるのだが、いくら麻酔を追加しても、痛さはあまり変わらなかった。
なぜなら、神経や切った張ったの痛みは麻酔で麻痺させることはできるかもしれないが、これは違う。
ぐりぐりと手指を胸の中に入れ、腫瘍をまさに組織から引きはがしていくのである。
実際は違うが、頭の中のイメージとしては、手腕がそのまますっぽりと背中まで入っている感じだ(映画の『マニトウ』か!)。
それに、体を押さえるためにもう一方の手は反対側の胸に置き、思いきり力を入れるものだから、手の圧迫で胸がつぶれるか、肋骨が折れるのではないかと本気で心配した。
自分自身でも相当我慢強い方であると思うのだが、この時ばかりは恥も外聞もなく、叫んだ。
「先生、痛いいいいですーーー!」
「痛いい、痛いい、痛いいーーーー!」
「痛ったーーーーーい!!!!」
涙、よだれ、鼻水もたれ流しながら、何度も叫んだ。
痛さのあまり、ずっと手足を踏ん張っていたため、気が付くと手足が痙攣してきた。
何とか早く終わってくれることだけを望んだが、一向に腫瘍がはがれる様子はない。
「もうちょっと、もうちょっとだから頑張って!」
そういうと、医師の態度も明らかに変わって来ていた。
焦っているのが分かる。
しかも、あせりから手元が狂い、2度ほどメスを床に落とした。「ちぇっ!」と舌打ち付きである。
いくらなんでも、局所麻酔で患者の意識があるのだから、言動には注意してほしいと思うのだが、そんな気遣いはないようだった。
とうとう準備していた麻酔も全て使い果たしてしまった。
それよりも、さらに気になったのは、出血の量である。
先ほどから、尋常ではない量のガーゼが使われ、真っ赤な血に染まっているのだが、その匂いだけで気分が悪くなるほどだった。
すると、予想通りガーゼが無くなったのか、医師はあろうことか大声で、受付の人に向かって叫び始めた。
「〇〇さーん!ガーゼ!ガーゼ持ってきて~~~!」
受付まで離れているものの、なんせ手術室の扉はオープンであり、のれんは声を通すので受付には聞こえるのだろう。ここは居酒屋か!と激痛の中でも心の突っ込みが出てしまう。
しばらくすると、その受付の女性がやってきた。手に大量のガーゼを持っている。
恐らく、先ほどからの私の叫び声を聞いていたのだろう。なんとも言えない顔でちらりとこちらを見た。
付け加えておくが、この後再度ガーゼが無くなり、同じ光景がもう一度繰り返された。
“地獄”だよ。私は今、“地獄”にいる。
なぜ、今自分にこんなことが起きているのか理解できなかった。
余りの痛みに気を失ってしまうのを恐れた私は、何とか起死回生を図ろうと必死で考えた。
もう無理、もう幽体離脱でもするしかないのか!(出来ないけど!)と思ったそのとき、そうだ!J-POPがある!と閃いた。
さっきは、音楽なんかいらない!と邪見に扱い切り捨てようとしたJ-POP。しかし、今頭上に流れる幾多の名曲、宇多田ヒカル、スピッツ、ELT等の歌詞を頭の中で追うことで、何とか痛みから気をそらし意識を保つことができたのである。流行歌は偉大だ。例えCDを持っていなくても、いつの間にか頭に入っている。
グリグリ、グチョグチョとまるでフィリピンの心霊手術のような音をたてながら、引きちぎり手術は進み、ようやくコブシ大の大きな塊が、私の胸から取り出された。
それは、赤い血液を帯びつつも、白い脂肪のような組織と鳥の軟骨のような組織が合わさった気味の悪い代物で、形状はサーターアンダギーを彷彿とさせる、しっかりした球状の固形物だった。
この時点ですでに、手術時間は1時間半を超えており、J-POPカバーのCDは3周目に入っていた。
「やっと出た!出ましたよ。けど、んーー、(覗き込みながら)ちょっと残ってるなぁ。でもまあ、また次にちゃんと取ればいいから…」
医師が何気なく言った独り言を、私は聞き逃さなかった。残ってるって?!と思ったが、とにかくその場で言葉を交わす余裕はなかった。
やっと手術も終わりかとホッとしそうになったその時、プチっという音とともに、「あっ!」という声が聞こえた。
「チッ!切れたよ!あーあ、もう!」
最後に、組織や中の血管、表面の皮膚を縫い合わせていた際、縫合の糸が切れたのである。そしてお決まりのように、それが2回続いた。
(おいおい!頼むよ。ちゃんと縫えよ~!切れた糸をちゃんと結べよ~。まさか、そのままにするなよ!)
私の脳の中で、雲海のようにこの医師に対する不信感が漂い、停留していた。
ようやく私は確信した。
「これは私の腫瘍が悪いんじゃない、この医師の手術がヘタなのだ!」
一刻も早くこの場から逃げ出したかった。
ようやく手術を終え、顔中の涙や鼻水を拭きながら、服を着た。憔悴しきっていた。
医師はスタスタと手術室から出ていき、何かを取りに行ったのか、しばらくいなくなった。
ふと、手術室で私は一人になった。
目の前に先ほど私の胸から取り出された、気味の悪い大きな腫瘍が、ゴロンとステンレスのトレーの上に置かれていた。
医師がまだ戻りそうにないため、カバンからスマホをそっと取り出し、その写真を取った。
服を着ても痙攣で足がふらつき、なかなか前に歩けなかった。腕も震えている。
ようやく受付にたどり着くと、先ほどの何倍もの気の毒そうな顔をした女性がいた。
心なしか、こちらの目線を避けているようにも思う。
会計をしているところに、医師が先ほどの腫瘍を透明の瓶に入れて持ってきた。
「これこれ!これ一応検査に出しておくからね~!ま、良性かとは思うけど、結果がでたらまた連絡します。」
と嬉しそうにその瓶を私の顔の前にかざした。そして
「どう?もう痛くないでしょう~?」
と笑って言った。
(めちゃくちゃ痛いっつーーーねん!!手術後すぐに仕事に行けるー?そんな訳ないよ!胸もまだえぐり取られたような痛みで呼吸も出来ない!!腕も足も、こわばって痙攣してます!!!!)
そう思ったが、とにかく早くここを出たいため、「いや、痛いです…」とだけ言い、次回の抜糸の予約だけを入れてその場を去った。
自分に起こったことが信じられなかった。軽いショック状態にあったと思う。
心身共に不安定な中、フラフラと近くの喫茶店に入った。すぐに帰れる状態ではなかったし、とにかく、混乱していた。休みたかった。
しばらく休むと、なぜか普段は殆ど食べない肉を、無性に食べたくなった。
やはり、大量に出血したことと関係があるのだろうか。
とりあえず、今日、生きてこのクリニックを出られたことに感謝した。“地獄”からは生還できたのだ。
数週間後に出る予定の、組織検査の結果を待つことにした。
奇想天外な運命はまだ、始まったばかりだった。
(③へつづく)
★今回の体験から個人的に学んだ超個人的教訓(=偏見ともいう)★
① 局所麻酔は腫瘍の大きさによってはリスク大。不安なら医師と相談し全身麻酔を検討しよう!
② 医師の手術の上手・下手は受けてみなければ分からない。可能なら経験者から情報をもらうべし。
③ J-POPは偉大だ!
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※すべて個人的体験に基づく記述をしておりますが、一部名称や場所等を変更して書いている部分もあります。但し、病状等は参考にして頂ける場合があるかと思い、出来るだけ事実に近い形で明記する努力をしております。
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