salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2014-02-5
『黒子人間、失格』

黒子(ほくろ)の多い生涯を送って来ました。
自分には、黒子のない生活というものが、見当つかないのです。

生まれてからこのかた、体および顔面にいくつかの大なり小なりの黒子が、まるで出来の悪いプラネタリウムのようにちかちかと静かに瞬いていたのでございます。

しかしながら、この黒子というものは年齢と共に少しずつ変化を見せるのが常であるようで、いつしか取るに足らない小さな点と考えていた無害なものが、気がつけばある物は薄っすらと青味を帯びはじめ、またある物は痒みを伴いながらじくじくと微量な盛り上がりを見せはじめたりと、まるで自分の意思とは関係なく成長するある種の生き物が己の体を蝕んでいるような気がしてきて、最近ではその黒子を見るたびに何が寒いものが肌の上をざわざわと走るような気持ちになる始末でした。

他人からみれば何を大袈裟なと思われるかもしれませんが、元々弱すぎるくらい弱い心と物事の裏面を絶えず考え想像する自分の性質にとっては、毎日その様子を鏡で確認しなくては気がすまない位に、生活の不安要素として日常化していたのでございます。

その中でも特に、顔面左顎下に星座のように並ぶ3つの黒子は、物心がついた時にはすでに自分の顔の一部として認識していたのですが、その内の2つが、最近目に見えて大きく膨らみはじめ、時には血がにじんだりするようになってきたのです。
ちょうど市場で買い物をしながら、夕食の野菜を小松菜150円にするのかホウレン草198円にするのか、真剣な眼差しで吟味するとき、少しだけ傾けた顔に自然に左手がいく場所、まさにその位置に、黒子は冬の大三角形ならぬ顎の小三角形を作り出していました。

話は少し逸れますが、この左顎下の3黒子には、あまり良い思い出というものが浮かびません。
子供の時からこの黒子は、遠慮のない乱暴で粗野な男子児童のからかいの種となっておりました。

「おい!顎に海苔がついてるぞ!」

「お前、顔が汚れてるぞ!ペンで落書きでもしたのかっ!ガハハ!」

といった、どうしようもなく稚拙なコミュニケーションを投げつけてくる男子が少なからずいたのですが、不思議なことにそんな輩に限って後からミミズが走ったような大変に読みにくく文字の大きさもばらばらな手紙を人づてに渡してきたりするのです。
第二次性徴が始まりだした多くの同年代の女子たちの例に漏れず、優しさや素直さ、美しさや洗練さに憧れる年頃であった自分に、残念ながらそんな男子を受け止める度量はありませんでした。嫌われたいとしか思えないような、想いとは正反対の行動をとる哺乳類雄科のことが、その時は理解できなかったのです。

いずれにしても、さすがにその左顎下の黒子を何とかしなければと思い立ちました。
そこで考え出したのは、「黒子取りクリーム」なるものでした。

何やら怪しげなそのクリームは、現代では敬遠されがちな支那産の舶来モノで、元々は軍事用に開発されたというインターネット通信を使って購入出来るものでした。
早速その噂のクリームの正体を探るべく、ネット上に溢れる電子化された膨大な情報の波を手繰り寄せ、何とかその詳細を知ることに成功したのです。

その情報によれば、そのクリームは、“劇薬”でした…。

そのため、ほんの少しだけ爪楊枝や細い棒状のもので容器から取り出すと、取りたい黒子の上のみ(!)に、そっとそのクリームを乗せる、とされていました。
そして執拗に、周りの正常な皮膚には絶対に触れてはならない!と念押しされていたのです。

 もうこの時点で、購入の可能性は限りなくゼロに近いものになりました。(当然といえば当然でしょう。なんせ劇薬です)

しかしながら、意外にも説明はそれだけで終わりではありませんでした。それに加えて、なんとその黒子にある行動をするようにと書かれていました。それは、

“スクラッチ!”です。

レコード盤をまわす派手でお洒落な方々のテクニックのことではありません。
その劇薬をのせた黒子の周りを、専用のひっかき棒でスクラッチする(引っかく)のです!

カリカリ、カリカリ、カリカリ…。

黒子の周りをスクラッチし(引っかき)ながら、敢えて傷つけ、少しずつ皮膚から剥がすようにしむけるらしいのです。それを数週間つづけることで、ある日突然に、まるで魔法のようにポロリとその黒子が剥がれ落ち、あとにはツルリとした皮膚が残るだけになる、と、その情報は私に訴えていました。

都合のよすぎる結果に、私の心はいささかの情熱も感じることがありませんでした。なぜなら、言い方を変えれば、劇薬を顔にすり込むということです。
しかも、誰よりも傷跡が残りやすい皮膚を持つ私に、スクラッチなどは許される訳もありません。むしろ、顎は傷だらけになり、一生その傷は軽率な行動の証として残るでしょう。

この時点で、購入の可能性は正確無比なまでに、完全なる、完璧な、ゼロになったのは言うまでもありません。(当然というよりも、もう必然でしょう)

結局、医師の手を借りることにしました。

再度、ネット上の膨大な情報から、自宅近くの皮膚科兼形成外科を見つけ出向きました。その医院の、オタク的とでも言える詳しすぎる診療情報や症状紹介の写真の多さに、マニアックな魂を見たのが決めてとなりました。
最終的には、焦げ臭い電子メスの匂いを嗅ぎながら、その医院で黒子摘出手術を受けることになるのですが、その際、大変に面白く興味深い体験をしたので、そのことはまた改めて書いてみたいと思っている次第でございます。

“黒子人間、失格。”

思えば、黒子の多い生涯を送ってきた自分が、初めて黒子と決別したのです。
なんとなく、もたれ合い寄り添いながら、黒子と折り合いをつけて歩んできた人間はもうどこにもいない。
もはや、自分は、完全に、黒子人間ではなくなりました。

次は、右頬の青い黒子と決別したいと思います。
そして、その次は左腕の手首近くのところ。そしてそのまた次はこめかみのところ。
そして、そのまた次は………。

ただ、一さいは過ぎて行きます。

黒子占いなんぞもありますな。 画像引用元:http://www.kaiundou.jp/uranai/07top.htm

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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