2014-04-8
『落し物にはウンがつく?!』
先日、職場の人が落し物を拾った。
銀行へ行こうと道を歩いていると、歩道の上に分厚い封筒が落ちていたという。
すぐに拾って中身を見てみると、束になった大量の領収証と、小銭が数百円入っていたらしい。領収証の殆どは、何十万という単位の金額で記載があり、恐らくその小銭はなんらかのおつりと思われた。
単なる現金なら、もらっておくことも出来なくないが(駄目ですけどね、本当は!)、これだけ高額で大量の領収証が入っているなら、さぞかし落とし主も困っているだろうと思い、たまたま銀行の目の前にあった交番に届けたとのことだった。
その人は、日ごろからよく落し物を拾うそうで、幾度となく警察に届け、長々と質問を受け、結構な長時間を拘束され、最終的には拾得者としての権利を放棄するというパターンで、今まではやってきたそうだ。
しかし、あるとき母親に「そんなに時間とられて何の見返りもないんだから、今度から権利放棄しないでみたら!」と鼻息荒く言われ、それもそうかと思い、次回、落し物を拾うチャンスがあれば、是非権利を放棄せずにいよう!と思っていたところにこれである。30分ほどしてオフィスに戻ってきた彼女は、やはり今回は権利放棄をしなかったと言った。「どうしよう!拾った人が出てきたら、なんかくれるかなー?!逆に、なんか出せー!ておどそうかな?はっはっは!」と、陽気に笑った。
自分よりもかなり年下のその女性のことを、私は日ごろから大変に尊敬している。
その人の周りには、いつも弾けるような楽しさとパンチの効いたユーモアがあり、同時に、何とも言えない母性的な優しさを感じさせる空気があるのだ。
一見、ハッキリと物を言ったり、大声で笑ったり、皮肉や軽口をたたいたりと、ガサツに見られても良さそうなものなのだが、深い知性と洗練された教養、その都度解放される率直な感情や態度が、言葉とともに滲み出て、どれだけ乱暴な口を聞こうが、人を不快にさせない不思議な品があるのである。
そして、何よりも人並みはずれた素晴らしいコミュニケーション能力を持っていて、一緒にいると、老若男女、誰もがその人を好きにならずにはいられない魅力的な人物なのだ。
意識的にしろ無意識的にしろ、人を和ませ楽しませる深いそのサービス精神は、損得勘定を越えた、与える行為である。
“与えたものが返ってくる”
彼女がよく、落し物を拾うということが、なんとなくどこかで、そういうことと繋がっているような気がするのである。
かたや自分自身はと言うと、どちらかというと落とす方が多い。
(与えていない証拠…^_^;)
今まで数々の落し物をしてきたが、一番印象に残っているのは、この話である。
学生のとき、公衆電話(まだ携帯は普及していなかった!)に財布を置き忘れ、慌てて取りにもどったのだが、すでに財布はなかった。
出てくることはないだろうと諦めていたが、数日後、1本の電話がかかってきた。
私は留守であったため、母が応答した。
「私、『〇〇〇〇・スリム』の△△と申します。実は、恐らく、アラキ様のものと思われる財布が、当店の男性用トイレで見つかりました。取りに来て下さい。」
女性の声で、ある高級ホテルの最上階にある、有名エステサロンの名前を名乗った。
そこの男性トイレの正しくはゴミ箱に、財布と、免許証、カード等がバラバラになって捨てられていたらしい。
一緒に捨てられていたいくつかのショップのカードから、名前やTELが分かり、免許証と一致したので連絡をしたという。
帰宅した私に、早速ことの一部始終を語った母ではあったが、矢継ぎ早に疑問も口にした。
「でもさ、何かオカシクない?!財布盗むような奴が、エステ?しかも男用トイレということは男でしょう?」
「ホントにそんな店あるの?普通、ホテルの最上階にエステサロンなんてある?騙されてるんじゃないの?詐欺かも…」
結局、怪しみながらも、行ってみることにした。
一人で少々不安であったが、有名ホテルだし、人も沢山いるだろうし大丈夫だろう。
エステも超高級ならホテルの最上階にあってもおかしくないかもしれない。
そう、自分に言い聞かせ、見慣れたホテルの正面ドアを抜け、メインエレベーターから最上階へと向かった。
しかし、ぐるりとフロアを一周したが、大きなラウンジと数店のショップ以外、エステサロンらしきお店はなかった。
(やっぱホテルの最上階にエステサロンでオカシイのかな?ホテルを間違ってるのかな?)
不安になりつつも、ラウンジの受付にいる女性に聞いてみようと、一歩足を前に踏み出したときである。
ふと、さっきは気付かなかった、そのラウンジの看板が目に入った。
(…?(汗))
その看板に書かれていたのは、
ラウンジ 『〇〇〇〇・ストリーム』
という文字だった…。
エステサロンではなかった。
スリムではなく、ストリーム…。
『〇〇〇〇・ストリーム』という、ホテルのラウンジだったのだ。
早まって、『〇〇〇〇・スリム』ってどこですか?なんて聞いていたらと思うと、一気に冷や汗が流れた。母の早とちりのせいで、もう少しで大恥をかくところだった。
とにかく、気を取り直し、受付で忙しそうに働く女性に、声をかけた。
「すみません、お電話で落し物があると連絡をもらったアラキですが…」
女性は意外な顔をしてしばらく私を見たが、すぐに理解した様子で、
「…あぁ、少々お待ちください…」
と言って中に消えていった。
しばらくして、小走りに戻ってきたその女性の手には、見覚えのある財布が握られていた。
「アラキさまですね。こちらです…。中身をお確かめ下さい…。」
まるで、告別式か病気の宣告のような暗い声と表情で、女性は私を見上げてその財布を渡した。
中身を見ると、その原因が分かった。
バラバラに捨てられていたであろう免許証、ポイントカード、クレジットカード等が、カードポケットに丁寧に戻されていたが、紙幣はなく、小銭入れには10円玉が2枚と1円玉が4,5枚入っているだけだった。
「ぁあ…」
と、私は小さな落胆の声を漏らした。
財布を覗き込む私を見ながら、受付の女性はいかにも気の毒そうな顔をしていた。
きっと、中身がどんなものかを知っているのだろう。
まるで、その女性の期待に応えるかのように、私は口をへの字に曲げ、少し首を傾けながら小さくうなづいた。
諦めと現実を受け入れた人間の表情、あらかじめ予想はしていたが、やはり不安が的中し残念な様子。
私は女性に、連絡をくれた御礼を言い、同情と言う名の光を背に受けながら、その場を去った。
しかし。
私はここに告白せねばならない…。
その時、私は特に落胆していたわけではなった。
落ち込んでもいなかった。
いや、むしろ平常心以外の何者でもなかった。
なぜなら、その財布には、私が公衆電話で無くしたときそのままのお金が、変わらず入っていたからである。
紙幣は奪われたのではなく、最初から無かったのである。
小銭は、二十数円しか、元々入っていなかったのである。
まあ、つまり、バイトの給料日直前だったのである!
小芝居で見栄を張る自分の小ささに、まだまだ“天下の回りもの”を受け取れる器がないことを実感したのだった、
ちなみに、最初に話した落し物の話には、嘘のような後日談が待っていたので、最後に記すこととする。
なんと、封筒の落とし主が現れ、どうしても御礼がしたいということで、会社までわざわざ彼女に会いにやってきたのである。
この町近辺で、小さな町工場をしているというその初老の男性経営者は、大きな有名デパートの紙袋を持参し、恐縮するその彼女に手渡した。
中には、高級スイーツの詰め合わせと、なんと巨大な革張りのジュエリーボックス(推定ウン万円!)の贈り物が入っていたのである。
職場が騒然となったのは、言うまでもない。
たった数百円が、一気に何倍もの価値に変化したのである。
現代の“わらしべ長者”だ!(古っ!)と大騒ぎしていると、近くで見ていた意地悪で有名な同僚が、
「俺も一回、落し物拾って箱を開けたら、“う〇こ”が入ってたことがあった…。」
と衝撃の告白をした。
やはり、与えるものは良きものを得、奪うものには“う〇こ”がやってくるのだろうか?
神は辛辣である。
いつか私にも美しい“ジュエリーボックス”がやってくる日を信じて、せっせと世界に奉仕したいと思います。
まずは、このコラムを欠かさないことから…。合掌!
アレキサンドライト。一生に一度は手にしてみたい唯一の宝石です。
2件のコメント
尊敬してらっしゃる、パンチのきいたユーモアのある彼女、素敵ですね!!正直、僕の一番の好みな女の子とそっくりで、心揺さぶられました(笑)
ありがとうございます。まさか同じ人物とは思いませんが…(笑)男女ともにユーモアのセンスは最上の才能ですね。
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