salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

我が書斎、横須賀線車中より

2019-08-5
息子、就活開始?

今年大学3年生になった息子の生活に、いよいよ「就活」が入ってきた。

彼は理学部の物理学科なので、普通なら大学院に進むところだが、
「勉強はやっぱり余り好きじゃないということに気が付いて、早く仕事がしたくなったんだよ」
だそうな。

そんなことはとうの昔から解っていそうなものだが、少なくとも大学受験をする時には大学院にも進むつもりで、もっと言えば物理の先生になりたくて、大学を選んでいた。
3年経てば気持ちも変わる、彼の歳ではよくあることだろう。

これまでだって、熱心になるものは時によってコロコロ変わってきた。
これから本格化する就活も、何かに熱が入って「絶対にここだ!」と惚れ込んで決めることになるのか?それとも何もピンとこないで消去法的に決めるのか?もしくは全滅して、打ちひしがれながら大学院の道を考え始めるのか?
全ては彼の努力、運とご縁とタイミング次第。神のみぞ知る。

大体、今は物理なんて専攻しているが、元々超理系人間だったわけではない。
高校に上がる位までは、誰もが彼は文系だと信じていた。

小学校2年生の時、楽しい本に出会ったお蔭で読書熱に火がついた。
毎日ひたすら図書室に通い、朝から晩まで本を読み、気が付けば「今年一番沢山本を借りた人」になった。
授業中も本を読んでいて先生に怒られていた。

その後少し読書熱は下がったが、その時に培われた感性のお蔭か、一番得意なのは国語だった。中学校受験も、ある時期まで国語一科目受験を狙っていた。
算数はむしろ苦手意識を持っていたのだが、中学受験のために通っていた塾の算数の先生の導き方が上手く、いつの間にか算数もできる様になっていった。

先生方のお蔭で受験が上手く行き過ぎ、お試し記念受験として受けた中高一貫校に奇跡的に合格した。
それがいかに奇跡的だったかを実感した息子は、入学後、親の想像以上に真面目に授業を受けた。遠距離通学だったので、実は授業中寝てるんじゃないかと思っていたが、実に真面目に取り組み、成績も悪くなかった。

その学校でも、多くの良き先生との出会いがあった。特に影響を受けたのが物理の先生。
普段はそこまで積極的ではない息子が、いきなり先生に「質問をしても良いですか?」とメールし、先生が快諾して下さった。そこから毎朝30分早く学校に行き、先生に質問をして学びを深める1年間が始まった。
私はただでさえ朝早いお弁当作りが30分早まることは辛かったが、自ら学ぶ楽しさに目覚めた息子の成長ぶりが嬉しく、ここは頑張り時と応援することにした。
その時は寝ても覚めても物理、という感じで、食卓には常に物理の教科書、時々NEWTONという科学雑誌まで登場したりして。(その当時毎日つけていたノートを、彼は受験の時のお守りに持って行っていた。)

その頑張りが実を結び、物理は超得意科目になった。
その後文系か、理系かの進路選択になった時、息子は周囲の予想を裏切って、理系に進んだ。
数学などの科目は決して得意ではなかったのだけれど、暗記科目が苦手な彼にとっては、物理は暗記する項目が少なく、考えることが出来れば解けるというのも受験の時に有利だと考えた様だ。

受験で目指す学科について、息子が「工学部ではなく理学部で」と言った時は、私も流石に超理系人間ではないのに大丈夫かな?と心配になった。
理学部だと、将来の選択肢も研究者か先生位になってしまい、幅がかなり狭まってしまうのでは?と質問もしたが、 その大好きな先生の様に高校で物理の先生になりたい、という気持ちがあるとのことで、なるほどと納得した。先生という職種は、割と人に寄り添えるタイプの息子に合っているかもな、と思ったのだ。

進路選択の時にも物理の先生に沢山お世話になったので、卒業式の謝恩会の時、親としてお礼のご挨拶をしたいと思い、息子に声をかけた。すると「ええ~いいよ~」と恥ずかしがり、せっかくだから二人で一緒に写真でも撮ろうか?と言うと先生よりも「えええええ~」と妙に照れ、でも嬉しそうだったのには笑えた。

でも、もっと笑ったのは、その物理熱が大学に入ってからアッサリと消えたことだった。

新しく始めたラグビーの部活やら一人暮らしやらアルバイトやら、他に楽しいことが沢山出てきたからだろうが、入学後は全然勉強をしていない。
先生になりたかった気持ちも、学校という業界のブラックさ、母校に就職できる確率の低さを知るにつけ、段々トーンダウンしていった。何より教職の授業に費やす時間が余りに多く、大学生活で一番優先順位を高くしている部活に影響が出てしまう、ということで途中断念してしまった。
先生にならないとすると、大学院に行く必然性も落ち、だったら早く社会に出て働きたいな・・・と思う様になったらしい。

高校時代も、結局物理が面白かったから、というよりはその先生のお人柄に惚れ込んでたんだろうなぁ。
この様に人に影響されやすい息子が、物理の他に熱中したのは中3と高1の時の逗子の海でのライフセーバー。この時も「海の安全を守る!」という使命感に燃えた素晴らしい先輩達に影響され、熱心に取り組んでいたっけ。

大学に入ってからはラグビーの部活と、映画に熱中しているそうだけれど、その志向を就活に結びつけるのはとても難しい。今、自分は一体どの業界を目指すのか?から悩んでいる。

先日も某旅行会社のインターンに参加すると帰省したが・・・
なんでその会社?と聞いたら「熱心な後輩が行くのに誘われて」。インターンのコース名を尋ねたら「広告・マーケティング」だというので興味あるの?と聞いたら「そこが空いてたから」。
おまけに出かける当日の朝、彼が私に質問することには「お母さん、マーケティングって何だっけ???」
一瞬首を絞めようかと思った。

しかし帰ってくると
「いやー参加して良かった!楽しかった!みんなとってもいい人でさ、ボクこの会社に入りたくなったよ!」
とすっかり洗脳されている。

いやいやいや、そういうインターンには、会社の看板として恥ずかしくない人を選んでるから、大抵どこの会社でも良い印象を持つものなんだって。大体、1社しか参加してなくて比較する判断軸すら持ってないんだから、早まるなって・・・と思わず突っ込んだ。

インターンの内容は、マーケティングの簡単な講義、そこからのグループ・ディスカッションと発表、先輩のキャリア・インタビューだったとのこと。
そこで、彼が一番印象に残ったことは何か、それは何故か?を根ほり葉ほり聞いてみた。

曰く、彼はウッカリするとグループ・ディスカッションの中で話し過ぎてしまうタイプらしい。この特徴は、少し前に大学の中でのキャリアセミナーを受けて気が付いたそうで、今回は少し控えめにしてみたとのこと。
グループでの議論も発表も楽しかったけれど、進行のスケジュール管理と発表内容の論理性には反省もあって。彼としては気が付いていたものの、せっかく盛り上がっている話を邪魔したら悪いかなと思って遠慮をしてしまった。成果の質よりは、チームのムードを大切にしたくなるタイプのようだ。

その一方で、先輩社員の話を聴いてみたら、これまで転勤なんてイヤだと思っていたのが楽しそうだなと思えたり、一つの会社に10年勤めていて「まだ全然飽きません」と言えることに魅力を感じ、定期的に異動のある組織規模を選ぶのが良さそうだと思えたり、結局一番関心があるのは「人」で、「人」と沢山関わってする仕事に就ければよい=つまり選択肢はかなり幅広い、と思えたり。何より、今まで相当食わず嫌いで無恥だったと気づけたのは良かった。

親から見て、彼の一番良いところは素直なところだと思う。
まだ何も知らないスポンジ状態、これからどんどん吸収できる。

親子としての会話の後、キャリア・コンサルタントとして、彼にアドバイスしたことは、以下の2点。
(1)この就活の時期程色々な業界を覗き、多くの人の話を聴ける機会は多くない。
最初から選択肢を狭めず、思う存分動き周って、沢山の刺激を受けてから判断すること。
(2)知ったこと、経験したことは帰って来てから必ずまとめ、そこから自分が何を感じたか、何故そう感じたのかを考えてみること。そこから、自分の特性を相対化したり、自分の価値観の軸を浮かび上がらせたりできるから。

息子は、「いやー、お母さんもたまにはいいこと言うね!」と嬉しくないメッセージを残して帰って行った・・・。

5月の記事に書いた女子大生に比べると、うちの息子は今のところなんともノンビリしており、考えも浅く、緊張感が全く無い。

思い返せば、彼の人生においては一番大事な局面であったはずの受験の時もそうだった。
彼は、お友達から「謎の自信あり。でももっと考えろ!」とアドバイスを受けていたので、多分筋金入りの超マイペースな性格なんだろう。そして、どんな環境からも楽しんだり学んだりできる自信があるんだろう。

だから、親の私は実は余り心配していない。先日、大学から親向けの就活説明会なんていう驚愕ものの企画案内が来ていたが、参加する気もない。唯一の願いは、納税者になってくれ、ということ位かな。

20歳やそこらで、まだ世間も自分のことも知らない時に就職という意思決定をしなければいけないのは結構酷なことの様に見える。
でも昔の様に、一回「就社」してその後ずっと同じ会社で働く、という世代ではない。労働市場は今後一層流動化するし、どこか一社だけに帰属するのではなく副業もありでパラレルへ、もしくはプロジェクトごとに離合集散するアメーバ型へ移行している。我々の様な旧世代の想像もしない変化の中で、彼らの世代は生きて、働いていく。

その変化に大騒ぎしている人も居るけれど・・・我々の祖父母世代が経験した様な、立て続けの戦争という不幸な変化に比べたら、死ぬわけじゃない、どうとでもなる。
では、環境変化の激しい時代を生きるのに大切なスタンス、姿勢は何か?

2年半前、「価値観の軸を探す」という記事にも書いたポイントを、もう一度書いてみる。
●自分の価値観を大切にすること
●時には逆風が吹いても自分で自分の人生を切り拓くこと
●年齢に関係無く成長を求め、チャレンジし続けること

ちょうど文藝春秋の8月号に「昭和魔人伝」という特集が組まれていて、そこで山口淑子さんの記事を読み、改めてこの3つが大事だと思う様になった。

彼女は、戦前・戦中は李香蘭という中国人歌手・女優。終戦時は25歳、後にアメリカへ渡り、シャーリー・ヤマグチというハリウッド女優に。31歳で世界的な彫刻家イサム・ノグチと結婚、離婚。38歳の時、ビルマ大使だった日本の外交官大鷹弘氏と再婚後は外交官夫人となって芸能界を引退。49歳で芸能界へ復帰、「3時のあなた」という番組の司会者に。ベトナム戦争中の南ベトナムやカンボジア、中東などの海外取材をしたり、日本赤軍の重信房子へのインタビューに成功したりと社会的なテーマで活躍。54歳の時に田中角栄に見いだされて政界入り、参議院議員に。いやはや、凄い順応力とキャリア・チェンジ。彼女が中学生時代に抱いていた、政治家か新聞記者になりたいという夢を、長いキャリアの中でいつの間にか叶えていたというのも興味深い。

彼女に類まれな才能と運の強さがあったことは間違いないけれど、だから特別でマネできない、という事はない。彼女は、自分の価値観を大切に、ピンチにも負けずに自分の人生を切り拓き、常に新しい世界に飛び込み、チャレンジすることで、自分のキャリアを築いてきたのだ。

これから就活に臨む皆さん、たかが就活ですよ。長~いキャリアのほんの第一歩。
気楽に、大きく構えて、多くの出会いと学びを楽しんでね!

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

1件のコメント

娘は大学4年生で就活が終了しました。が、私は親としても社会人の先輩としても心に響くアドバイスは何もできなかった。この記事、去年読みたかったです。

by ビビアン - 2019/08/07 6:42 AM

コメントする ※すべて必須項目です。投稿されたコメントは運営者の承認後に公開されます。


コメント


齋藤 由里子
齋藤 由里子

さいとう・ゆりこ/キャリア・コンサルタント(CC)。横浜生まれ、大阪のち葉山育ち。企業人、母業、主婦業も担う欲張り人生謳歌中。2000年からワーキングマザーとして働く中、日本人の働き方やキャリア形成に問題意識を持ち、2005年、組合役員としてWLB社内プロジェクトを立ち上げ。2010年、厚生労働省認可 2級CC技能士取得、役員を降りた後も社内外でCCとして活動継続。個人・組織のキャリア・コンサルティング、ワークショップ、高校・大学生向け漫談講義などを展開、参加人数は延べ4200名超。趣味は海遊びと歌を歌うこと。 2017年からはCareer Climbing~大人のためのキャリアの学校~も主催。

そのほかのコンテンツ