2019-04-5
母と娘の葛藤
「結局、家からの、そして母からの呪縛が私の育児方法を決めちゃった気がする。私が味わった沢山の不自由さを、子ども達には絶対に味わってほしくなかったのよ」
還暦を超えた初老の素敵な女性が、そう呟いた。
地方の名家の出身で、長女として家を継がねばならず、生まれ育った土地でずっと暮らしてきた。
好きになった人とは一緒になれず、「婿に入ってくれるかどうか」で連れ合いを選ばざるを得なかった。
専業主婦にはならず、資格を取って未だに職業人として生きてはいるが、人生の転機ではいちいち親の「家の名に相応しいか否か」の干渉を受けてきた。
彼女には二人の子どもが居る。
彼らの生活費、教育費、留学費用など全て、それぞれ30歳まで彼女が面倒を見たそうだ。
(婿に入った夫は家にお金を入れない人だったが、婿に入ってもらった負い目で、彼女は何も言わなかった。いや、言えなかった。)
その結果、子ども達は今も超・自由人として一人は欧州に、一人は南の島に居る。定職には就かず、思いついたままにキャリアチェンジをして今を楽しんでいる。一人は「結婚しない」宣言を早々にし、もう一人もパートナーがいるのかどうかは判らない。
「孫の顔を見ることはそろそろ諦めがついてきたわ。でも、今はいいだろうけれど、この先歳を重ねてどうなるのかしら?二人の今の姿について、私の両親は『ありえない』って散々文句を言うのよ。私も、親として育て方を間違ったかな、とも思うけど、今更どうしようもないわね。」
「でも、『結婚なんてしたくない』という気持ちは解らないでもないの。私も、夫とは別に愛情関係がある訳じゃないし。もし一人だったら、どんなに色々な事が出来たかしら?色々妄想することもあるわ」
そう言って、彼女はアハハハハと笑った。
これは彼女だけのボヤキでは無いだろうなぁ。
私はそう感じながら、彼女の話を静かに聴いていた。
彼女の様に名家の出でなくたって、60歳前後の世代は今の様にキャリアの自由な選択肢なんて無くて、結婚して家に入って子どもを産み育てるのが至上命題だった。
その上の母親の世代は今80歳から90歳代位だろうか。戦前に生まれ、今では想像も出来ない位貧しい戦後の厳しい時代を生き抜き、目まぐるしい時代の変化の波を泳ぎ掻き分けながら、タフに子どもたちを育てあげてきた。その経験に裏打ちされた強い自信をベースに、子どもに色々干渉していてもおかしくない。
いや、そもそも世代や時代で区切る話でもない。
家、親、とりわけ母親の呪縛というものは、時代に関わらず起きがちな問題だ。
そして、キャリアのロールモデルとしても見てしまう分、異性の親子よりも同性の親子の方が、見方が相互に厳しくなる。問題がより難しくなる。
父と息子の葛藤も当然色々あるが、母親と娘の方が話題になりがちなのは、一般的には母親の方が育てる性として接触頻度が高くて、長い時間関わるからなのだろう。
女性の方が男性よりも実際の言葉にしてしゃべるので多く情報発信されるし、私自身も女性であるというバイアスはあるだろうけれども・・・私が個人のキャリア・コンサルティングをする中では、母親の影響を良くも悪くも受けてきた娘の苦悩を聴くことが実に多い。
例えば。
病弱な娘の心配をして、良かれと思って彼女を守り続け、
「あなたは何も出来ないんだから、家に大人しくしていなさい」
と長年呪文の様に唱え続けた母親。
娘は必要以上に自信が無くなり、守りに入り、新しい世界へ旅立つことへの恐怖心を強く持つ様になってしまった。その結果、自分の世界が変わらないそのストレスを母親にぶつけ、母と娘の言い争いが続く毎日。
娘であるクライアントが、ご自身の中に素敵な個性や多彩な強みがあることを自分で素直に認め、外に目を向けて行動し、本当の意味で自立するまでには相当時間がかかった。
また別のケースでは・・・
妻業・嫁業を完璧にこなす傍ら、育児・教育環境も万全に整えて、娘に常に成績優秀であることを求めてきた母親。娘は期待に応え続け、優秀な学校を優秀な成績で卒業。誰もが知る大手企業に就職し、相応しい伴侶を見つけて結婚し、子どもにも恵まれた。今時のデキる女に相応しく、子どもを産んでも仕事は辞めない道を選んだ。
彼女の理想は、専業主婦モデルの母親の様に夫を立てながら完璧に家事・育児をし、その一方で仕事も完璧にこなし、順調に昇進すること。でも、ワーキングマザーの道は当然いばらの道、思うようには行かない。
企業に入るまでエリート街道を歩いてきた彼女の高いプライドが「周りから優秀に見られ続けたい」欲求を押し上げ、弱みを見せて「助けて」と言うことも出来ない。理想と現実とのギャップに一人で苦しむ。
母親はワーキングマザーの娘を懸命にサポートするのだが、時にはその母の献身的な姿までが、「私にはとても母親の様には出来ない、決して叶わない」と一層娘を追い詰める。張り合う必要なんて全然無いのに。
イライラして、つい子どもにあたってしまう。そしてまた自己嫌悪。過剰なストレスは娘の心身をむしばみ、ついに倒れて入院することになった。
でも入院中に徹底的に自分に向き合うことで、彼女は一皮むけた。長く暗いトンネルを抜け出るのに必要だったことは、自分でプライドを一旦粉々に打ち砕き、出来ない自分を認めてあげること、母親と比べないことだった。つまり、彼女は自分で、自分の意識を変えることが必要だと気付けたのだ。
今では無事に体調も戻り、夫や母親だけでなく、近所のママ友の力も借りられるくらい肩の力が抜けて、素敵な笑顔が見られる様になっている。
私が敬愛する上野千鶴子さんも、母親からの直接的・間接的な呪縛が彼女の人生に大きな影響を与えていると語っていた。
彼女の父親は開業医を営み、母親はそれを妻として献身的に支えていた。
しかしそんな母親の働きは、「金になる仕事ではない」という理由から父親に認められることが無かった。
一方、父親は上野さんを溺愛し、過保護に育てた。母親から見れば、自分は認められていないのに娘は溺愛されている。時に娘を疎ましく思ってしまうことさえあった。
当時は珍しくない三世代同居であったが、母親は残念ながら姑とも上手く行かなかった。父親はマザコンで、自分の妻と母親の間に何か問題が起きると必ず母親の味方をした。必然、母親は父親とは不仲になり、でも家父長制度が色濃く残っている世代的に表立っては逆らえなかった。母親は日々、蔭で上野さんに愚痴を言うことで何とか耐え忍んだ。
そんな母親から上野さんが学んだのは、
不幸な母親のようにはなりたくないということ。
不幸な母親と、そのはけ口になる親子関係を繰り返すことの耐えられなさ。
不仲でも、理不尽でも、妻がじっと我慢をせざるを得ない権力構造のおかしさ。
夫との関係性に生活を依存する立場は危ういということ。
彼女が女性学を自分の専門とし、おひとり様を選んだことは、親の、とりわけ母親の在り方から学んだことが大きい。そして、こういう家庭で育った自分はその根っこに植え付けられた執念で、女性学の第一人者になれると思ったそうな。
上野さんの場合、母親の影響は良い結果を産んだとも言えるのかな?それとも?
作家の村山由佳さんの母親との葛藤も有名だ。
彼女は自己顕示欲が強い母親へ大きな拒絶感を持っている。
それは母親が認知症になった今もずっと続いており、母との葛藤を書いた半自伝的小説『放蕩記』が出版された時に村山さんが発した
「母が死んでからしか書けないと思っていたんですが、書いたおかげで母との関係が整理できました。『書いてごめんね』と心の中で謝りながら、『健康なままボケてくれてありがとう』と思ってしまう私は、やっぱりひどい娘かもしれません。」
というコメントは、私に強烈なインパクトを与えた。
村山さんは、母親の自己表現の場が子育てしかなかったために、母親は村山さんを自分と同化し、常に自分の作品として自分ができなかったことをやらせようとした、と捉えている。母親はことあるごとに村山さんを褒め、自尊心を育てる様に見せかけるが、最後に必ず言ったのは「さすが、お母ちゃんの子や」というセリフ。村山さんは、そのセリフから母親の意識が実は娘の自分ではなく、母親自身に向かっていると感じたのだ。
彼女は、
「母には、愛されていたかもしれないけれど、同時に支配されていた」
と言う。
村山さんの他の言動も含めて考えた時、自分自身も母親でもある私は複雑な気持ちになってしまう。
支配かぁ・・・
私も無意識にやってきちゃったのかな?
いや、そもそもそこまで息子にエネルギーを注いでないし・・・大体異性だから大丈夫でしょ。
いや待てよ、コミュニケーションの評価は受け手がするもんだ!
村山さんは、母親の支配に屈していた自分、その支配から抜ける自由はあったはずなのにそこを超えられなかった自分への嫌悪を感じているのだろう。
でも未だにその環境を作った母親を憎むことで、逆に違う形で今も母親からの支配を受けている、依存しているということになっちゃわないかなぁ?
多かれ少なかれ、親の影響は受けるものだ。
同性の親の影響は、猶更色濃く。
でもそれをどう受け取り、どう活かし、もしくはどう流すかは、結局考え方次第だと思う。
私自身も、基本的には上野千鶴子さんの様に反面教師モデルの一人として、母親を見ている。
私の母親は自称お嬢様育ちで、甘ったれで世間知らずだ。親や夫に依存し、自分の思う様にいかないと駄々をこねる。いつまでも娘の様な言動に、絶対にこうはなりたくないと思って育った。
私に強い危機感を持たせてくれたこと、自立する覚悟を決めさせてくれたことには感謝している。
その一方で、彼女の何でも正面から受け止める素直さや、感受性の豊かさなどからは、学ぶところも多い。
・・・と前向きに思える様になったのは、私の母を知る周りの知り合いから
「お母さんのこと、余り好きじゃないみたいだけど、お母さんの素敵なところも貴女はしっかり受け継いでいるんじゃない?それって感謝すべきだったりしない?」
と突っ込まれて、考える様になったからであることをここに白状する。
皆さんは、毒親という言葉を知っているだろうか?
医学用語でも何でもなく、分類用語的に出てきただけの言葉だが、以下の様な特徴を持つと言われている。
●子どもを絶対服従させたり、巧妙に操ったりする
●子どもの実力に釣り合わない、過剰な期待やプレッシャーをかけ続ける
●矛盾することや意味がよく解らないことを言い、子どもを混乱させる
●子どもを頻繁にけなしたり、バカにしたりする
●子どもを頻繁に怖がらせたり、脅したりする
●自分が理解できなければ悪だと決め付けたり、自分が常に正しいと思い込んでいたりして話が通じない
●自分への批判は許さず、自分の誤りを認めようとしない
●子どもに細かく干渉したり、詮索したり、プライバシーを侵害したりする
●家族の間に愛情が無い
この様な親が沢山存在するとは信じたくないが・・・
親の立場に立って考えれば、自分の子どもを自立した存在として尊重し、必要以上に干渉したり、コントロールしたりしない様に、十分に気を付けねばならない。
子どもの立場に立って考えれば、親は神様ではない。
個性を持ち、当然弱みもあり、生々しい生を生き、悩み、葛藤し続ける一人の人間だ。
「親としてこうあって欲しい」と理想を持っても良いが、子どももそれを親に押し付け過ぎてはいけない。
親からだけ学ぶのではなく、親以外の色々な大人と積極的に接して、それぞれの良いところを学んでいく様にしたい。何より、自分の人生は自分のものであり、自分で責任を負って自分で立つものだということを忘れたくない。
拘れば、その分囚われる。
悩める娘さん、どうか拘り過ぎない様にね。
でもどうしても苦しいなら、誰かに話して、「放つ」ことで少しでも楽になりましょう。
決して自分だけで抱え込まない様に。
世界には、お母さんと貴女以外にも沢山の人間が居るのだから。
そして何より、貴女と同じ様に悩んでいる娘さんは沢山居るのだから。
2件のコメント
某校長先生の男子の中高時代は蝶の蛹の時期。手を出さず、見守ってください。は女子にも当てはまるかもしれないですね。私も自分のような思いをさせないように育てたらコントロール不能になりました。でも、親は気をつけても気をつけても子供にとってはうるさいもので、何かしら影響を与える。それが親子で育った環境なんですよね。
ビビアンさん、コメント有難うございます。コントロール不能・・・(笑)
そう、親の影響は多かれ少なかれ、不可避ですよね。
だから親「だけ」の影響を受けない様に、色々な大人に会って、多様な影響をタップリ受けてもらえる様に、時々意識して放り出すのがいいんじゃないかなーと思います。
でもって、親も子どもばかり構ってないで、自分の人生を夢中で生きればいいのかなーと都合よく解釈してます、えへへへへ。
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