salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

我が書斎、横須賀線車中より

2016-04-5
口はひとつ、耳はふたつ

ある週末、4歳児と遊んだ。
この4歳児、女の子なのだが実によくしゃべる。

「○○ちゃんね~、ボールが欲しいの。だからボールとってください!」
「お隣の部屋に行くと、ヘビのぬいぐるみが落っこちてくるから怖いの。」
「もう寝ないとお化けが出るの。だから○○ちゃん、いい子に寝るの。」

意思が、WHYが、ハッキリしとる。
しかもセンテンスが、いっちょまえに長い。
素晴らしい。

この子の母親は
「あ~もう、いいから少しは黙っててくれる?!」
と時々キレているが、彼女自身、この子を子ども扱いせず、「何でだかわかる?○○だから△△なのよ!」と理屈の入った指導をするは、その説明には漢字の熟語がビシバシ入っているはで、普段のそんなやりとりがこの子の言語能力を鍛えているのだろう。

私も割と、そういう指導をする親の方だと思うが、うちのは男の子なのでここまでの言語能力を見せることはなかったし、そもそも性格が大人しくてそこまで主張をしない。
確かにこの調子で朝から晩までしゃべられたら私もキレるかもしれないが、たまに会う気楽な赤の他人だから、無責任に面白くて仕方がない。
将来はさぞ理屈っぽい、ハードネゴシエーターになるぞと楽しみだ。

ましてや、日本人は自己主張が苦手だと言われている。
最近では、それを克服するために、授業の中でプレゼンテーションをさせたり、ディベートを取り入れたりする学校も多いほど。
この子には、これからも是非言語能力に磨きをかけて、世界で羽ばたいてほしい。

が、しかし。
同時に思うことは、コミュニケーション上手になるには発信だけではなく、受信も大事だということ。
「聴き上手は話上手」とは、よく言われることだが、その真意、本当に理解されているだろうか?
そして何より、「聞くこと」、いや、「聴くこと」は、本当に難しい。

私自身、小さい頃からこの4歳児に負けず劣らず自己主張が激しいタイプで、しかも、大分大人になるまで、「聴くこと」がいかに大事かということを、全く知らなかった大バカ者であった。

30歳位の時、何気なく知ったユダヤの教え。
口はひとつ、耳はふたつ。
話す倍聞け。

ユダヤ人はその5000年の歴史の中で何度も何度も国を追われ、財産も取られてきたが、それでも優秀な民族として世界で力を持ち続けている。
彼らは、長年の苦悩の歴史から、知識こそが絶対に取られてしまうことのない、不可侵の財産であることを学び、だから学び続け、その学びを伝承形式で子孫に残してきた。
その教えをまとめたものは色々な本になっているが、その沢山ある教えの中に、この言葉があったのだ。

しかしこの時私は、まだこの言葉の真意を理解していなかった。
そして転機は、2つのシーンでやってきた。

ある時、私は仕事のことで、とても悩んでいた。
そこで元上司Bさんに、その悩みを訴えた。
Bさんは、ひたすら、辛抱強くウンウンと聴いてくれた。
私はBさんに、何か助けになる様なアドバイスを期待していた・・・はずだった。

しかし私は、さんざん話している中で、ふと唐突に、自分の中に答えを見出した。
「つまり私は、○○すりゃいいんですよね。」
Bさんはニッコリ笑って言った。
「うん、それでいいんじゃない?」

ああ、スッキリ。あんなに悩んでいたのが嘘みたい。
同時に、不思議に思った。これってなんなんだ?

そこから程なくして、キャリア・コンサルタントの勉強をしていた時。
所謂カウンセリング理論を学んでいる最中に、先生が言った。

「目の前のコップが空にならないと、水は入れられないでしょう?
だから、あなたが水をそそぐ前に、とにかく相手の水を受け止めてあげなさい。」
「クライアントに話させなさい。話が途切れたら、質問をすることで、さらにクライアントに話させなさい。話している言葉はクライアント自身の耳の中にもう一度入っていって、頭の中が整理されていくの。するとクライアントは、自分で自分が求めている答えを見つけることが出来るようになるのよ。」
「“話す”は “放つ”。気持ちを開放してあげることと同じなのよ。」

アッ、そういうことだったのか。
点と点が繋がった。

自分がBさんにただひたすら話を聴いてもらったことで、何故あんなに気持ちも頭もスッキリしたのか、そして何故自らが進むべき道を自分で見つけられたのか、理解できた瞬間だった。
同時に、今までそんな風に人の話を聴いたことがあっただろうかと、これまでのコミュニケーションを激しく悔いた。
今まで、どれだけちゃんと「聴いて」こなかったことか。
今まで私に話してくれた人たち、本当にごめんなさい。

こんなに大事なことを、何故親も、学校も教えないのかなぁ?
それとも、知らなかったのはアホな私だけ?
「『聴』という漢字は、十四の心で耳を傾ける、という意味なのよ」
という名言に至極納得しながら、カウンセラーの端くれとして聴ききろうと決心をしたのだった。

ところが。
「聴く」って、そんなに簡単なことではなかった。

先生は「頭の中に浮かんでくる自分の色々な言葉は一旦全てどこかへ追いやって、空っぽにして聴きなさい。全て受け止めなさい。」
と言っていたが、これが本当に難しい。
頭デッカチであれこれ考える癖が抜けず、頭の中がすぐに一杯になってしまう。

仕方が無いので、自分の頭の中にフワフワと自分の言葉が浮かんで来てしまったら、それを手でギュッと握りしめて、遠くへポイッと放り投げることをイメージしながら聴く。
そして、相手が話す言葉を忠実に受け止め、自分の頭の中で整理して、理解をしていくことだけに集中する。

これをひたすら続けていると、1時間も聴いている間に、自分自身はグッタリ疲れてしまう。
でも上手くできた時、クライアントは面白い位に元気になって帰っていく。

この技術、ネィティブの様に、最初から出来る人たちも居るのだが、私は後天的に身に着けようとしているので、ひたすら修行の毎日。
まだまだ、全然足りない。あうー。

ユダヤの教えと、カウンセリング理論では、帰結するところが違う。
「相手の話を聞けば聞くほど自分の主張は聞いてもらえる。」だから、自分の主張を通すために聴けというのが、ユダヤの教え。
「クライアントが欲しい答えは、クライアントの心の中にある。」だからクライアントがそれを自分で見つけられるまで、聴けというのが、カウンセリング理論。

でも、共通するのは、真の信頼関係は聴ききる≒受容から始まるということ。

口はひとつ、耳はふたつ。
話す倍聞け。

今日も自分に命じる。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

2件のコメント

さっそく見に来ました!!
非常に勉強になりました。
私も「話す倍聞く」ように自分に命じます!!

by JIN - 2016/04/07 3:38 PM

JINさん、
早速読んでくれて、コメントまでくれて有難う!
聴ききるって本当に難しくて、ずっとやってるとヘロヘロになるけど、
サシの、大事なシーンでこそ、是非やってみてくださいな。

by 齋藤由里子 - 2016/04/07 11:39 PM

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齋藤 由里子
齋藤 由里子

さいとう・ゆりこ/キャリア・コンサルタント(CC)。横浜生まれ、大阪のち葉山育ち。企業人、母業、主婦業も担う欲張り人生謳歌中。2000年からワーキングマザーとして働く中、日本人の働き方やキャリア形成に問題意識を持ち、2005年、組合役員としてWLB社内プロジェクトを立ち上げ。2010年、厚生労働省認可 2級CC技能士取得、役員を降りた後も社内外でCCとして活動継続。個人・組織のキャリア・コンサルティング、ワークショップ、高校・大学生向け漫談講義などを展開、参加人数は延べ3,600名超。趣味は海遊びと歌を歌うこと。

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