salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2011-12-25
「脳に刺激を与えるベトナム人って?(ダナン/ベトナム)」

長距離バスの到着が予想以上に遅れた。ベトナムはダナンの街に午後、到着する予定が深夜になっていた。しかも降ろされたのはバスターミナルでもない幹線道路沿い。周囲には何もない。遠くに街らしき灯りは見えるが、とても歩いていける距離ではない。

降りた場所ではバイクタクシーが2台程、待ち伏せしていた。バスを降りる乗客目当てだろう。苦手なタクシーの値段交渉も旅を続けている間に多少は慣れてきた。少なくとも最初に運転手が提示してきた金額より低く乗ることは当たり前になりつつあった。たいてい言ってきた金額では話にならないという表情を見せて、その場を去ろうとすると呼び止められて金額は下がり始める。

しかし、ダナンの幹線道路沿いで待っていたバイクタクシーの運転手はそういうわけにいかなかった。僕が乗らない素振りをすると、
「その金額が嫌だったら、どうぞ、ご自由に」
という強気の姿勢だった。僕自身も乗らない素振りはしたもののその後、どうしていいかわからない。近くに彼ら以外、他の交通機関も見当たらないのだから。

よりによって雨がぽつぽつ落ち始める。早めに移動した方がよさそうだよと空が言っているようにも思えた。結局、彼の言い値の五ドル(ベトナム通貨はドンなのだが、米ドルで要求されることもある)で乗ることになった。ホテル名を伝えるとドライバーは不敵な笑みを浮かべた後にうなずいた。

十五分程度走っただろうか。最初にバスから降り立った時に見えた遠くの灯りの中にバイクは入って行った。運転手は僕が告げたホテルとは別のホテルの前に停まる。僕の発音が悪かったのかもしれない。紙に書いたホテル名をポケットから出して見せながら再度、伝える。すると彼は、「あぁ、そこね」と再び不敵な笑みを浮かべ、再びバイクを走らせる。しかし、また別のホテルの前に停まる。僕が「だから…」といった感じでもう一度、強く言うと、彼は「フル」と言う。つまり僕の泊まろうとしているホテルは満杯だと言うのである。彼としては斡旋料がもらえるホテルに僕を泊めたいのだろう。

僕は片言の英語で、もし、連れていかないんだったら、僕はお金を払わないよと言いながら降りようとした。実はホテルの予約はしていなかったのだが、開いていなければ、他のホテルを探せばいい。既に街の中心部に入っているのだから。彼は慌てて手で制し、舌打ちした後、ようやく目的地のホテルまで連れていった。

きっと一年前の僕だったら、彼が勧める場所のホテルに泊まっていた可能性は高い。到着が遅くなると、とにかく早くホテルの部屋で落ち着きたいという欲求が強くなる。そういった心理を狙っているのかもしれない。

バイクを降り、十ドルを渡すと彼は釣銭を渡す素振りもなく、そのまま行きそうになった。僕は彼を引き止め、五ドルのお釣りをもらった。たった三十分足らずの間だが長い闘いを終えたような気がして、僕は大きなため息をついた。
「平和呆けしそうになるとベトナムに行くんだよね。タイにはいないタイプのベトナム人と出会うことがあるんだよ。そうすると脳に刺激をもらえてねぇ。彼らの遺伝子はだてにベトナム戦争をくぐりぬけてないよ。まぁ、旅を終えてタイに戻ってくるとぐったりしているんだけどね」
タイ在住の初老の日本人が笑いながら言っていたことをふと思い出した。

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ishiko
ishiko

イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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