salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2012-04-15
「生活のメリハリとファッションの関係性」

 長い旅を続けていると徐々にお洒落というものに無頓着になりがちになる。元々、旅に持っていく洋服は限られ、しかも避けることのできない洗濯やクリーニングに出したりすることが重なれば、洋服の組み合わせを考えること自体、物理的に無理が出てくる。まぁ、特に誰が見ているわけでもないし、いいんじゃない?頭の中にいくつかいる自分の一人がそうつぶやいて、とんでもない格好で街を歩く。誰が何を言うわけでもないので、何の問題もない。せいぜい高級レストランや劇場に行く時だけ、シャツやジャケットを着用すればいい。

 アルゼンチンはブエノスアイレスを散歩していたときのこと。マンションからお洒落な老夫婦が出てきた。メイクをきっちり施し、イヤリングもしたきれいな女性とジャケットでピシッと決めたダンディな男性だった。彼らは家から五十メートルも離れていないカフェへ入っていった。たったそれだけのことにとびっきりのお洒落をして出掛けるのかと驚いた。ひょっとしたら誰かの家へ遊びに行った帰りなのかもしれない。しかし、翌日、お世話になった通訳の方の話によれば僕が見かけた老夫婦は自宅から出てきた可能性が高いようだ。ブエノスアイレスは、お洒落な人が多い街だが、昔は今以上にお洒落にうるさい街で、いくらご近所のカフェに行く時でさえもキチンとお洒落をしていないと入れてもらえない店もあったそうだ。今は、そこまでではないが、僕が見た老夫婦は特に珍しい光景ではないと言っていた。

 その話を聞いてから僕も旅先でも外に出る時は、できる限り、自分なりに身だしなみに気を使うようになった。とは言っても先程、書いたように旅に持ってきている服などしれているし、たいしたことはしていない。出掛ける前に髪の毛と髭の剃り残しを鏡でチェックしたり、黒と赤の色違いの太いネックレスを持ってきているので、それを無地のTシャツに添えてみたり、帽子をかぶってみるなどといったことくらいである。もちろん人から見たら、たいしたことではないし、気づく程でもないだろう。それでもいいのである。逆にファッションセンスがあるとは思えない僕のことをそこまで見てほしくない。ただ、そういったことを施すことで、どこか出掛けることをきっかけにした生活にメリハリがつくのである。

 特に東南アジアなどの暑い地域にいると崩れがちになる。短パンとサンダルでいいやと部屋にいるときのまま出掛けていく。それが続くとメリハリのない毎日が続いていく。そうすると全てのことにおいて徐々にだらしなくなりがちで、そのうち出掛けること自体が面倒になってくる。そんなときこそ、シャツに着替え、サンダルだったのを靴に履き替えるだけで気分が変わり、映画か芝居でも観に行こうという気持ちになる。そして、帰りにあの店で、ビールを飲みながら本でも読もうなどと頭が能動的になってくる。きっと、これはあくまで旅が日常化してきた僕の場合の話であるが、逆を言えば、日常化している日本の普段の生活も心がけ一つでメリハリがつくのかもしれない。

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ishiko
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イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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