2011-01-23
「穴場にはそうやすやすとは辿り着かない(二)」
タクシーが見えるたびに手を挙げるが、どのタクシーにも客が乗っていた。街はずれの寂れた場所に空車のタクシーは、なかなか走ってこない。携帯の時計を見ると立ち始めて15分しか経っていないのだが、既に30分以上立っている気がした。
鞄に入れてきたミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、一口飲む。ちょうど、そのとき反対側の街に戻る車線を空車のタクシーが走って行った。
「あちゃ~」
思わず声を上げた。客を郊外へ送り届け、また街に戻るタクシーだったのだろう。となると可能性としては反対側車線の方が空車を捕まえられるのかもしれない。タンブン温泉をあきらめ、街へ戻ろうか。弱気な心が芽生え始める。
しかし、「初志貫徹」という四字熟語が頭を過った。たった15分タクシーが来ないで諦めてどうするんだ?お前の人生で初志を貫徹したことはあるのか。こういった細かい初志を貫徹することの積み重ねが大切なのだよと頭の中で言っていた。
タンブン温泉をあきらめて街へ戻れと言っているもう一人の自分も現れる。これは「臨機応変」という四字熟語なのだよと。お前の人生は、いつも判断が遅れ、変えることができなくなり、みんなに迷惑をかけるんじゃないかと。「優柔不断」な等身大の僕は広い道路の中央分離帯付近で葛藤していた。
結局、「臨機応変」を選択し、反対側の車線へ移る。しかし、それから更に15分経っても空車のタクシーはやってこなかった。30度を超えた炎天下によるアスファルトの照り返しも容赦なく襲いかかる。そのとき、最初に待っていた車線に空車のタクシーが見えた。タクシーの運転手と目が合う。手を挙げると車は左ウィンカーを出し、路肩に停まってくれた。僕は、またしても車線を渡った。
「ドゥー ユー ノー ダンプン?」
中国系の運転手は、首を振りながら、「ノーイングリッシュ」と言う。英語がわからないらしい。しかし、再び日陰のない歩道で待つことを考えると、ここでこのタクシーを逃すわけにはいかない。「ダンプン」、「ホットスプリング」と単語を羅列し、持っていたバスタオルを見せ、最後には「温泉」という漢字をメモ帳に書く。運転手は細かくうなずきながら、わかったというような顔をした。
15分程度走っただろうか。寂れた場所に突如、テーマパークが現れた。そのテーママークの大きな駐車場の中にタクシーは入って行った。「ヒア?」と人差し指で地面を指しながら聞くと、彼は「イエス」と自信を持って言った。遊園地つきのプールにしか見えない。確かにバスタオルは使うし、施設には「ダンプン」と書かれている。ひょっとするとテーマパークの中に温泉が併設されているのかもしれない。20リンギット(約600円)支払い、僕はここで降りた。
しかし、単なるプールだった。僕は割り切った。何年かぶりのプールに僕は、はしゃぎ、日光浴を楽しんだ。たった一人で。この判断が「臨機応変」だったのか「初志貫徹」だったのかはわからない。そして、未だにダンプン温泉の場所もわからない。
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