2011-01-30
「ラマダン明けは要注意」
既に3時間近く乗っている。陽はすっかり暮れ、うす暗い街灯と暗闇が入り混じった山道を進んでいく。途中、ところどころの集落に停まっては、バスから乗客は降りていった。時には雑貨屋の前で運転手がクラクションを鳴らし、店主がバスまで走ってきて運転席の隣に置かれた大きな段ボール箱を受け取る。宅急便の役目も担っているようだ。
バスから人や物がどんどんなくなっていき、車内が寂しくなるにつれ不安が生まれ始めた。一応、キャメロンハイランドの中心地タナ・ラタに行くことを確かめてからバスに乗ったのだが、タナ・ラタが終点だとは誰に聞いたわけでもない。そのことに今さらながらに気付いたのだ。時々、現れる山道の脇に立てかけられたインフォメーションパネルを逃さないように目を凝らす。
インフォメーションボードにタナ・ラタの文字が見えた。5キロと書いてある。とりあえず通り過ぎてはいないようだ。その直後、バスは繁華街のような場所に辿り着き、一気に人が降りていった。とても5キロも走ったとは思えない。しかし、人が降りる数だけ不安の度数は大きくなる。ここで降りるか、降りないか。躊躇している間にバスは出発してしまった。出発するときは満席だった車内は、いつしか僕を含めて五名の乗客だけになっていた。電気もない山奥で降ろされたらどうするか。薄暗い街灯の下で一晩過ごす…。こういったときの妄想は、自分でも感心するほど、よく浮かぶ。
まもなく、バスは終点に到着し、不精髭を伸ばした運転手に「タナ・ラタ?」と今更ではあるが聞くと彼は大きくうなずいた。人がはめている腕時計を盗み見ると21時になるところである。イポーを出る前に、ネットであたりをつけておいた一泊100リンギット(約3000円)程度の中級ホテルは、歩いて5分くらいの場所にすぐ見つかったが、満室だと言われてしまった。一件、断られただけにも関わらず、時間も時間なだけに焦り始める。
バスを降りた停留所まで戻るとインターネットカフェの上に安宿がいくつかあるのが目に入った。蛍光灯がついたり消えたりしている狭い階段を登っていき、扉もない入口の奥に恰幅のいいインド人のおじさんが座っていた。
「名前は?」
予約があるものとして聞かれた。予約はないと答えると、一瞬、考えたような素振りをした後、
「Today only」
と言った後で、一泊30リンギット(約900円)でいいともったいぶるように言った。その言い方が気になり、他の宿を探す気力はないのだが、一応、部屋を見せてもらった。古い部屋だが、ダブルベッドと鏡台とテレビ、そして簡易シャワーにトイレ。窓辺には景色を眺めるための簡素な椅子も設置され、特に文句はない。
宿帳に名前を書いているとおじさんは、あの部屋のキャンセルが出たからよかったようなものの、この期間によく予約もなしにこの街に来たねというようなことを英語で言った。ホリデーなのかと聞くと彼は信じられないような顔で言った。
「明日はラマダン(断食)明けの日だよ」
つまりイスラム教徒にとってはお正月のようなものである。僕はイスラム教徒にとって大晦日の日にこの街に辿り着いたことになる。
「明日は賑やかになるよ。明日はあの部屋も100リンギット(約3000円)になるからね」
そう言うと彼は部屋番号が書かれた木製のキーホルダーのついた鍵を渡してくれた。
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