2011-02-6
「街の賑わいが孤独感を生む」
第二次世界大戦後、タイのシルク製品を世界中に広めたジム・トンプソンという人物がいる。彼は大量生産という流れの中で衰退していくタイシルクを見事に復興させた。しかし、一九六七年、彼は謎の失踪を遂げている。失踪した場所はマレーシアの避暑地キャメロンハイランド。この事件をモチーフに書いた松本清張の小説「熱い絹」を読んでいた僕は舞台になった場所までやってきた。
しかし、前回も書いたが時期が悪かった。避暑地と失踪という文字から人の気配が少ない場所を想像していたのだが、よりによってイスラム教徒にとってお祭りにあたるラマダン明けと重なってしまった。ガイドブックを持たず、ネットでのリサーチも甘い僕のような旅行者は度々、こういうことが起きる。キャメロンハイランドの街はお盆の軽井沢のようだった。メインの細い通りは渋滞で車が動かず、街は人で溢れ、とてもジム・トンプソンの失踪のことを考えるような雰囲気ではない。
どのレストラン、どの食堂も客席は満席で、店側もこの期を待ち望んでいたかのように張り切っている空気が歩道にまで伝わり、一人客が気軽に入れる雰囲気ではない。そういった場合でも堂々と入れる強さが僕にはなく、誰にも気兼ねすることのないファーストフード店に入ってしまう。
二階の窓際の席から、冷めたチキンをほうばりながら、通りゆく人々の様子を眺めていた。欧米人などの旅行者はほとんど見られず、マレーシア国内の様々な場所から避暑に訪れている華人が多いように思える。ラマダン明けのこの時期は国教がイスラム教のマレーシアは1週間程休みになるらしい。その時期、イスラム教徒は親戚や友人と祝うのだが、イスラム教徒ではない華人達にとっては単なる休みでしかない。そこで華人はこの休みを利用して避暑地に集まってくるのだろう。
僕の斜め前に座っている華人の初老の男性が目に入った。彼も一人でチキンをほうばっていた。老人がファーストフード店で一人チキンを貪る姿はどこか哀愁が漂っている。まぁ周囲から見れば僕だって同じように見えているのかもしれないのだけれど。
「山の中に一人で籠っている時の孤独感より、賑わいのある街に一人でいる方が孤独感は大きいんですよね」
以前、冒険家の友人がつぶやいた言葉を思い出した。
結局、3日程滞在して、この街を切りあげることにした。ジム・トンプソンの失踪原因を自分なりに推測する散歩はかなわなかった。現在の説としては彼が諜報員つまり今のCIAにいたことに関連しての暗殺、身代金目的の誘拐、ジャングルでの遭難と数々あるそうだ。間違いなく言えることは、彼が滞在していた時期は、こんなに街は混んでいなかっただろう。
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