2011-02-13
「史上最悪のバス」
長距離バスで目的地に向かう場合、体験記を読む機会があれば読んでいった方がいいかもしれない。僕が体験記として書くのならキャメロンハイランドは行ってもいいが、キャメロンハイランドからクアラルンプールへのバス移動はおススメしない。そして食事中、もしくは食事前にこのエッセイを読むこともおススメしない。人生で最悪のバス移動だった。最悪という「最」の漢字がつくまでにはいろいろな過程がある。
まず、バス自体がよくない。車内に入った途端、とてつもない臭気に驚かされる。これがいったい何の臭気なのかわからない。様々な外国人の体臭が混じった匂いなのか、それにしてはキツ過ぎる。窓が開かないタイプのバスなので余計に臭気を籠らせるようだ。たいてい鼻は臭気に慢性化していくのだが、この臭いは鼻が慣れるまでにかなりの時間を要した。
第二にチケットの管理が悪い。一人一席でバス会社が管理しているはずなのだが、何故か三名のオーバーブッキング。補助席があるバスではないため、次の便のバスに振り替えるといっても、数時間、待たねばならない。結局、その三名は運転席の隣の床に二名が前向き、残りの一名は客席側を向いて座り、バスは出発したのである。
そして道が悪い。急なカーブが続く山道が二時間以上も続く。中年のバスの運転手は何十回、何百回、ひょっとすると何千回とこの道を走っているのかもしれない。その慣れからなのか、カーブを楽しむようにハンドルを切る。自分は楽しいかもしれないが乗っている方はたまったものではない。ハンドルを切るごとに乗客の身体は右へ左と振られることになる。通路を挟んだ反対側に座っていたインド人の男性の様子がおかしい。友人の膝をまくらに横になってしまった。
この彼が横になったことをきっかけに、「最悪」の車内光景が始まった。まず一番前で反対方向に座っていた若い男性が、おもむろに黒いゴミ袋を取り出し、その中に嘔吐した。苦しんでいる彼には申し訳ないが何かのショーのような見事な吐きっぷりだった。見事などと言っている場合ではない。隣に座っているインド人の男性は両手を枕にして眠っていたが、急にむくむくと起き上り、窓と椅子の間に吐いたのだ。
山道でバスがカーブを曲がる度に嘔吐物というより嘔吐液がこちらの方まで流れてくる。自然に僕の足は上げっ放しになる。通路を挟んだ隣側で具合が悪くなっていたインド人の男性も吐き始めた。両隣で吐かれた僕は鼻呼吸を全て口呼吸に変えた。ウエストバックからホールズの飴玉を取り出し、舐め続け、心を落ち着かせるためi-Podでヒーリング音楽を流し、目を閉じた。しかし、どこか頭の隅には映画「地獄の黙示録」の映像とテーマ音楽であるワーグナーの「ワルキューレの騎行」が流れていた。
約4時間で到着し、バスを降りる際、久しぶりに鼻呼吸に戻した。臭いは乗ったときと変わりがなくなっていた。このとき、バス内の臭気は体臭と嘔吐物が混じり合って創り上げられたものであると確信した。たまたま僕が乗ったときに、悪い条件が重なったのかもしれないが、それでも僕は二度とキャメロンハイランドからクアラルンプールのバス移動はしないだろう。
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