2011-02-20
「乗りたい列車が満席だったら?」
イスラム教徒の特色であるトドン(頭巾)を被ったマレー人女性スタッフは首を横に振った。その日の夜のクアラルンプール発シンガポール行きの深夜特急は満席なのだそうだ。事前に予約していなれければ、こういったことも旅では当たり前に起きる。たいしたことではない。そうなったら自分の予定と状況を把握しながら選択肢を模索すればいい。
もし、どうしても深夜特急で行きたければ、再度、空き状況を聞いて、この街での滞在期間を伸ばせばいい。僕の場合、翌日の午後にシンガポールで観たい芝居があったので今日中に高速バスで入ってシンガポールで宿泊するかもう一泊してから明日の早朝、高速バスで向かうという選択肢がある。
高速バスでどれくらいかかるのかを窓口で聞いてみた。「ファイブアワー」と返ってきた。東南アジアの五時間なので七時間と見ておいた方がいいだろう。となると翌日の早朝というのは現実的ではない。これで今日中に行くことを決める。だとしたら可能な限り早い出発の方がいい。
二時間後の午後二時発のシンガポール行きのバスがあった。しかし、街のクリーニング屋に洗濯物を出したままになっており、その仕上がり予定が二時。となると二時発のバスは現実的ではない。洗濯物の仕上がりが遅くなることはあっても早くなることはないと考えた方がいい。
早速、他のバス会社も当たってみることにする。脂ぎったおじさんが受付をしているバス会社は三時三十分発のシンガポール行きがあると言う。三列席の皮張りシートで、それぞれの座席に専用のテレビもついている豪華なバスだとまくしたてる。
二時になるのを待ち、クリーニング屋に向かうとちょうど店主らしきおばさんが洗濯物を畳んでいるところだった。ホテルに戻り、チェックアウトを済ませると改めて脂ぎったおじさんのところで三時三十分発の少し高めのバスチケットを購入した。トイレ付のバスだと言っていたので、近くの屋台で遅めの昼食に焼き飯と一緒にビールを頼んだ。どこか開放感に満ちていた。
バスは確かに豪華だったが、テレビはついていなかった。そして出発が一時間遅れた。理由はわからないが、別に知ろうとも思わなかった。マッサージチェアにもなっている椅子を倒し、小林多喜二の「蟹工船」を読みながら背中をほぐす。本は締め付けられるような物語だったが、肉体は快適な時間を過ごしていた。
バスが出発し、二度目のサービスエリアに到着したときである。露店でとうもろこしを買い、バスの外で食べていると係員が「シンガポール?」と聞いてきた。「イエス」と答えると荷物を持ってこいと言う。僕以外にも三名ほどの華人が荷物を持って降りてきた。係員は僕らを連れて、別のバスへ向かった。
乗っていたバスは国境近くのジョホールバルの街までしか行かないようで、このサービスエリアでシンガポール行きのバスを見つけて乗り換えさせるのである。何ごともなく乗り換えることはできたのだが、結局、シンガポールに到着したのは、夜十時をまわっていた。様々な状況を受け入れながら、前に進むことに少しは慣れたようだ。
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