salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2011-01-16
「穴場にはそうやすやすとは辿り着かない」

イポーの街から車で十五分くらいの場所に穴場の温泉があるとインターネットに書かれていた。海外で穴場に行くという行為だけで気が小さい僕は既に冒険家気分である。しかも温泉と聞くとアドレナリンが出てくる。

バスタオルと海水パンツを鞄に入れ、街でぶっかけ飯を軽く食べた後、タクシーを捕まえた。ドアを開け、「タンブン」と行き先を告げると人のよさそうなインド人系の老人運転手の顔に「?」マークがついた。「ホテル?」と聞かれたので「ホットスプリング」と英語で答えると、顔には更に「?」がついた。ポケットから「Tanbun」と書いたメモを取り出して見せるが、やはり「?」マークはつき、先程より眉間に皺がよってきている。

「サンキュー」と言って、別の運転手を探そうとドアを閉めると彼はまるで思いだしたかのように「オーケー」と言った。タクシーにはメーターがついていない。「ハウマッチ?」と聞くと8リンギット(約240円)と言う。インターネットにはそのタンブンまでタクシー代は15~20リンギット程度と書かれていたはずである。良心的な運転手にあたったなぁと思いながら、助手席に乗り込む。マレーシアではタクシーは一人の場合、助手席に乗ることが多い。

彼は申し訳なさそうに「ノー イングリッシュ」と英語が話せないことを告げた後、すぐに近くにインド人が集まっているところを探し、タクシーを止めた。僕にもう一度、メモ帳を貸せと言う仕草をした。外にいるインド人達にメモを見せると、その中の一人が方向を指で方向を指しながら会話していた。どうやら場所がわかったようだ。運転手は安心したように「ホテル」とつぶやきながら笑顔で車を走らせた。温泉と言ってもホテルなのかと少しがっかりしたが、大きな風呂でお湯につかれるだけでもいい。

イポーの街は渋滞中だったが、裏道を使い、するすると郊外へと出て行き、五分程度でホテルに到着した。営業していませんと言われても驚かないほど、さびれた建物だった。穴場はさびれているものである。確かに看板にはタンブンと書かれている。ホテルの前で料金を支払い、しかも、いろいろ聞いてくれたので一リンギットのチップを渡した。

ホテルの入り口にはサウナという文字が書かれていた。温泉と一緒にサウナもついているようだ。サウナ好きの僕はラッキーである。意気揚揚として中へと入っていくとフロントに座っていたインド人系のおばちゃんが、
「May I help you?」
ときれいな英語で問いかけてきた。僕も英語で聞かねばと
「ドゥ ユー ハブ ア ホットスプリング?」
と頭の中で組み立て、発音の悪い英語で聞くと「No」とあっさり言われた。おばちゃんは何かぴんと来たようで、方角を指した。その指し方で温泉は、ここではなく、かなり先だということがわかった。このホテルの反対側に渡ったところに寺があるから、その前でタクシーを捕まえなさいというアドバイスまでいただいた。そこはタンブンではなくタンブンホテルという名前だったのである。

穴場に辿り着くと言うことは、なかなかたやすいものではない。だから穴場というのではないか。そう自分に言い聞かせながら、「タンブンホテル」の前の広い幹線道路を渡った。

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ishiko
ishiko

イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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