2010-12-26
「直感で決める行き先」
コタバルの街のはずれにある停留所にはマレーシア国内の都市を結ぶ長距離バスがたくさん停まっている。同じ行き先でも長距離バスの会社はいくつもある。それぞれのバス会社のブースごとに行き先と車内の写真の様子が貼られていた。写真を見る限り、たいていの会社は三列シートで足元もかなり広く快適そうだ。全てのブースの脇に貼られた写真を見ながら、どのバス会社にしようか決めかねていた。マラッカに行くつもりだった。
ふと、その中に写真も貼られていない地味なブースが目に入った。他のブースが派手な宣伝をしているだけに宣伝をしていないカウンターは逆に目立つ。前を通ると「イポー」という地名が見えた。直感的に「行ってみようかな…」と思った。普段であれば、その後に理性を持った別の自分が現れ、「直感で決める行き先」を止めようとする。観光地じゃないだろ?つまんなかったらどうするんだ?理由などいくらでも出てくる。今回は、理性の自分が出てくる前にイポー行きのチケットを購入してしまった。もちろん安全あっての旅なので、本来、治安のよさだけは確認しなくてはならないのだろうが外務省のホームページでは、マレーシアは特に危険な地域はなかったはずである。
歳を経ると、どうも様々な経験が邪魔をすることがある。もちろん、その経験が役に立つことの方が多いのだけれど、時には、こうした直感で行き先を決めることも大切にしたい。頭で考えるのとは別の第六感のようなものが反応した時は意外に面白い旅になる可能性が高い。それも経験から来ているから、やはり経験は大事なのか。ともかく旅の直感を鋭くしておくと情報に頼らないで飲食店を決めたり、危険な雰囲気を察知する場合の精度があがる。あくまで僕の場合である。
イポー行きのバスはほぼ満席だった。他の長距離バス会社の写真で見た三列の優雅なシートとは程遠く、中古の観光バスのボロボロの四列シートだった。客席は女性が多く、ほとんどがスカーフを被ったイスラム教徒だった。僕の隣の席にも、ピンクのスカーフを被ったイスラム教徒の女性が座った。
バスが出発してから、イポーまでどのくらい時間がかかるのかを知らないまま、自分が乗車していることに気がついた。直感で買ったのはいいが、バスのかかる時間がわからないというのは不安になる。直感などと偉そうなことを言う前に注意力を持ちなさいと自分自身に言いたくなる。とはいえ誰かと現地で待ち合わせしているわけでもない。今日中には着くだろうと開き直り、i-Podからフィリッパジョルダーノの美しい歌声のアルバムを選ぶ。聞きながら、流れる窓の風景を眺めているうちにうとうとしていた。
目を覚ますとバスは山道を登る途中だった。苦しそうなエンジン音を鳴らしながら、歩くスピードと変わらない早さで必死に登っていた。その山道を超え、バスが二回目のトイレ休憩を取った後から乗客がぽつりぽつりと降り始めた。直射日光がまぶしくて閉めていたカーテンを開ける。太陽の向きは変わっていた。しばらく窓の外を眺めているとイポーまで二十キロというインフォメーションボードが見えた。明るいうちに到着しそうである。どんな街なのだろう。情報がない街に到着する前というのはいつも以上にワクワクするものである。その後で理性を持った自分が不安要素を出してくるんだけれど。
コメントはまだありません
まだコメントはありません。よろしければひとことどうぞ!
現在、コメントフォームは閉鎖中です。