salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2011-04-10
「小さな親切、大きな営業(2)」

彼が連れて行ってくれたインターネットカフェは確かに通信速度が早かった。ただ、隣の席で彼が暇そうにネットサーフィンをしながら僕が終わるのを待っているのは落ち着かない。結局、最低限のメールだけチェックを終えると彼に終わったことを告げ、二人分6000チャット(約60 円)を支払うと店を出た。

「Where do you want to go?」
彼は既に僕をガイドするモードに入っていた。ここできっぱり断ってもよかったのだが、ミャンマーの演劇について聞いてみることにした。もし、何かあれば演劇誌のWEB連載で書いてもいいかもしれないと思ったのだ。

「ドゥ ユー ノー シアター?」
僕の日本語発音は英語が堪能な彼にとっては聞きづらいようだ。眉間にしわを寄せながら、それでも何とか聞こうと真剣に僕の目と口を見つめている。僕はボールペンを取り出し、手に「theater」と書いた。すると霧が晴れたような顔をして、「ティアター」と僕がマネできないような発音をしてから、ミャンマーの演劇について話を始めた。

彼曰く、この国は演劇が盛んなのだそうだ。実は、ここもホールなんだよとインターネットカフェの対面の建物を指して言った。ここではコメディをやっているらしい。

「アイ ウォント トゥ バイ チケット」
そう言うと、この劇場は外国人が入ることができないんだと残念そうに首を振った。しかし、国立劇場の公演であれば見られるかもしれないと言い、タクシーを捕まえてくれた。

結論から言うと国立劇場は僕の滞在中には公演がなかった。しかし、伝統的なミャンマーパペット(人形劇)がたまたま練習していて少しだけ見学することができた。

劇場を出ると彼は再び次はどこに行くかと聞いてきた。彼はタクシー代もきちんと交渉してくれる誠実なガイドだと思う。思いもかけず連載エッセイのネタを手に入れたので感謝もしている。しかし、それ以上、特に行きたいところはない。今回の僕の旅は、観光地を回る旅ではなく、街で出会った風景を丁寧に記憶に刻んでいくことを目的にしている。極端な話、通りに面した場所で半日、ぼーっと座っているだけでもいいのである。しかし、これを説明する英語力は僕にはない。説明できたとしてもなかなか理解してもらえない。日本人でさえも理解してもらえないことが多いのだから。

少々、気はひけたが午後3時から友達と約束があるから一旦、ホテルに戻らなければならないと嘘をついた。彼は落胆しながらも再びタクシーを捕まえ、一緒に乗り込み、ホテルの少し手前で降りようと言った。まだ20分くらいあるから、お茶をしようと。彼はどこか必死だった。

二人でコーヒーを頼むと彼は、いつだったらガイドできる?と聞いてきた。そして、このところ仕事がないのだと彼の胸の内を切実に訴えてきた。本当に誠実な彼には申し訳ないが嘘の上塗りをした。今回は、ミャンマーに住む僕の日本人の友人が全て計画をたててくれているからガイドはいらないと。そのかわり次にミャンマーに来たときには、ガイドをお願いするからと言った。これは嘘ではなく、本当の気持ちである。彼の連絡先を聞き、僕は彼にメールアドレスを教えた。そして、ティッシュに包んだ30ドルを演劇エッセイのネタを提供してくれたガイド代として渡した。

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ishiko
ishiko

イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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