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イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2011-08-28
「乗っていたら帰れない(ノーンカーイ/タイ)」

ぽつんと一軒だけ家が建っている。住民は家の隣に敷かれた線路の上に物干し台を置き、洗濯物を干していた。線路は雑草で覆われている。その上を洗濯物はメコン川からの風を受けて気持ちよさそうに泳いでいた。タイの東北線の終点ノーンカーイ駅の廃駅。現在は使われていない駅のホームに座り、ぼーっとしていた。次第にこの駅が使用されていた頃の光景を思い描き、その当時にタイムスリップした自分が電車を待っている様を想像した。

現在、新しいノーンカーイ駅は別の場所に完成し、バンコクからはもちろんのこと、隣国ラオスまでの列車の運行も始まっているそうだ。僕はスコータイから長期バスを乗り継いでやってきていたため、駅に降り立ってはいない。次第に新しい駅も見てみたくなってきた。幹線道路でバイクタクシーのトゥクトゥクを捕まえ、新しいノーンカーイ駅へ向かった。

新しい駅は田んぼの中にいきなり現れた。ちょうど停車中の電車が見える。どうせだったら一駅くらい乗ってみたい。トゥクトゥクの運転手にお金を支払うと同時に走り始め、無人の改札を通り抜けた。しかし、既に列車は動きだしていたようで、ホームに到着する頃には列車の後ろ姿しか見えなかった。

時刻表のボードを見ると次の列車がやってくるのは18時20分。時計は13時10分を指している。つまり約5時間待ち。バンコクから到着する列車は1日に3本。どれもこの駅には朝、到着する。逆にノーンカーイからバンコク方面に向かって出発する列車は早朝が1本と夕方に2本、そして先程、出て行った1本の計4本。

白いボードに大きく書かれた数少ない電車の時刻表を眺めているうちに乗らなくてよかったことに気がついた。先程、出発した列車に乗っていたら、たとえ次の駅で降りたとしても、こちらに向かって走ってくる電車は翌朝までなかったのである。

静かな駅の構内を歩いた後、外に出た。駅前に唯一、開いているレストランというよりは食堂に近い店に入った。氷の入ったビールをゆっくり飲みながら、ウエストバックに入っていた文庫本を取り出して開く。しかし、文字を目で追うだけで、内容は頭に入ってこない。もし、先程の電車に乗っていたらどうなっていたのかの妄想が終わらないのである。次の駅で降りて、帰りの電車を時刻表で確認した時の自分の顔を想像すると笑いがこみあげてきた。それはそれでいい体験になっただろうけど。

駅に目をやると続々と人が集まり始めていた。黄色の袈裟を着たお坊さんのタイ人からバックパックのリュックを背負った外国人まで様々である。携帯電話で時計を確認すると次の出発までまだ4時間以上ある。

普段の生活の中でバスや電車を4時間待つということは考えられない。しかし、旅の4時間待ちというのは意外に平気なものである。同じ4時間なのだが不思議なものだ。ただ、もし、僕がさっきの電車に乗っていたら、4時間待ちどころではなく、15時間待ち。さすがに、この本は読み終わっているだろう。

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ishiko
ishiko

イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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