2011-09-4
「川向こうは隣国ラオス(ノーンカーイ/タイ)」
川を挟んで向こう側に見える場所が、別の国というのは島国で育った僕からすると興味深い景色である。実感がわかない分、興味も大きい。一度も外国の支配下にはいったことのない資本主義国のタイと、フランスの支配を経て共産主義国となったラオスと成り立ちが違う国が、たった一本のメコン川を挟んで存在する。その二つの国を舟で行き来している人々を毎日、川沿いのカフェからビールを飲みながら眺めていた。眺めているうちに僕もふらりと行き来してみたくなった。
ほんの数年前にこの地を訪れていたら、そんなことは思わなかったかもしれない。以前はラオスに入るためにはビザが必要だった。ビザといってもインドやミャンマーなどのようにあらかじめ取得するビザではなく、アライバルビザと呼ばれ、その国に入るときにイミグレーションで書類を書いて写真を貼り、取得料を支払って受け取るビザである。それでも、ふらりと行ってふらりと帰ってくるだけのために、その手続きをすると考えると面倒である。それがビザなし、出国入国カードを記入してパスポートを提出するだけで入れるのであれば、シンガポールとマレーシアを行き来するような気楽さがある。しかも船で国境超えなんて素敵ではないか。
様々な妄想を描きながら準備をはじめた。まず財布にドル紙幣を入れた。ラオスはドル紙幣が日常生活でも使用できる。念のためにクレジットカードも1枚入れた。後はパスポートとカメラを持ち、いつも眺めている船着場へ向かう。船着場の事務所前には何台ものトラックが停まり、慌ただしく荷降ろしされ船に積み込む労働者で活気に溢れていた。たった数百メートルの川を運ぶだけなのだが、これも貿易の光景なのである。トラックから荷降ろし中のタイ人たちの脇を通り、事務所に入っていく。観光客の姿は一人も見当たらない。わくわくしている気持ちが半分、訳もわからぬ場所で降ろされてしまうのではないかという不安が半分。もし、訳が分からない場所で降ろされたら、近くを散歩して、また船で戻ってこればいいと自分に言い聞かせる。
イミグレーションと英語とタイ語で書かれた窓口には三歳くらいの女の子が座っていた。冗談のような光景である。その奥に彼女の親であろう男性の係員が窓口に背を向けてテレビを見ていた。この緩さがいい。
「エクスキューズミー」
と声をかける。くるっと振り返った係員は僕が手にしているパスポートを見ながら笑った。
「●×…」
タイ語で何を言っているのか全く分からないが、手を振っているところを見るとどうやら外国人の僕は舟に乗れないらしい。そして彼は立ち上がると窓から見えるタイラオス友好大橋を指した。観光客はあの橋からしか渡れない…と言っているようだった。こうして僕のぶらり舟の国境超え計画はあっさり崩れ去った。
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