2010-11-21
「バスとタクシーどちらを使うか?」
マレー鉄道の終点「トゥンパ」という駅の一つ手前に「ワカバル」という駅がある。
ホームでは、まるで知人が出迎えてくれたような歓迎を受ける。
しかし、それは全てタクシーの運転手。
機械的に「ノー、サンキュー」と断っていく。
断ったはいいが、ここから僕が目指すコタバルという街までどう行くのかわからない。
僕と一緒の車両に乗っていた欧米人のバックパッカー三人組はあっさりタクシーで行ってしまった。
駅の案内板に書かれたタクシーの料金表を見るとコタバルまで二十リンギット(約六百円)。
タクシーで行こうかなぁと迷っていると、その空気を読み取ったかのように、タクシーの運転手達が「タクシー?」、「テクシー?」、「コタバル?」とニヤニヤしながら様々な言葉を僕に浴びせてくる。
「最初からタクシーにすればよかったんだよ」
的な雰囲気が漂ってくる。
そうなるとひねくれた性格が、むくむくと立ち上がる。
急ぐ旅でも身体が疲れているわけでもない。
だったらバスで行く方法を探し当てればいいではないか。
この地に1週間滞在する予定なので、現地のバスの乗り方を覚えることにもなる。
駅周辺を散策して、バス停にたどり着かなかったら、ゲームに負けたと思って、
タクシーで行けばいいではないか。
そして、炎天下の中、駅を出てあてもなく歩き始める。
駅前には民家だけしかなかったのだが、大通りに出ると店がいくつか現れた。
歩き始めて、ほんの数分程度で、既に額から汗が流れている。
ビーチパラソルの下で遊んでいた子供達と目が合った。
外国人を見慣れていない子供特有の好奇心の目で僕を凝視する。
「バスステーション?」
語尾上げ名詞で聞いてみた。
彼等は言葉を発するわけでもなく、照れくさそうに方向を指差した。
持っているアートバルーンで動物を作ってあげようかとも思ったのだが、
リュックの一番下に入れてしまったので取り出すのが億劫だった。
結局、「サンキュー」とお礼だけ言って、彼が指した方角に向かった。
三名ほどの若者が道路に面して置かれたベンチに座っていた。
明らかに何かを待っているようだ。
「コタバル?」
再び語尾を上げて確認するとみんなが、この暑さにうんざりだというような顔でうなずいた。
一人はマレー系のイスラム教徒の二十代前半くらいの女性。
後の二人はインド系の学生らしき男性だった。
荷物の少なさから推測すると全て現地在住の人だろう。
ふとバス用の細かいお金を持っていないことに気づき、目の前にあったセブンイレブンでミネラルウォーターを買ってお金を崩した。
バス停に戻り、ミネラルウォーターを一口飲むとベンチに座っていた一人の男性の元にスクーターが現れた。
彼はバイクの後ろに乗り、去って行った。
時計替わりのi-Podを見ると既に電車が到着してから一時間近くが経っていた。
このバス停に到着してからでも三十分以上は待っているだろう。
それでもバスが来る気配はなかった。
こういった待ち時間は好きである。
しかし、それは僕が旅人だからであって、現地在住のバス待ちの人々はそんなわけにはいかない。
彼らには生活がある。
明らかにイライラしている様子が伝わってくる。
結局、勧誘に来た乗合タクシーに二人とも乗り込んで行ってしまった。
これで僕はベンチにゆったり座ることができるのだが、バス停は僕一人だけ。
急に不安になる。
さっきまで旅の匂いに感じていたゴミ箱の臭気が、不安が混ざった嫌な臭いに変わる。
「ゲームに負けたかぁ…タクシーで行くかな」
そう、つぶやいて立ち上がると真っ赤なバスが現れた。
目の前でドアが開く。
「コタバル?」
いつもの語尾上げで聞くと、運転手は無表情でうなずいた。
どうやらゲームに勝ったようだ。
ところで僕は誰と戦ってたんだ?
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