2010-12-12
「イスラム教徒は寿司を食べるか?」
タイヤと木材を組み合わせた筏のような船着場の中に入ると、トドゥンを被ったイスラム教徒の若い女性が、書斎にありそうな木製の立派な机の上に肘をつき、携帯電話をいじっていた。壁には十年以上、変わってなさそうな時刻表と学校の教室で見かける丸い時計が掛かっている。
イスラム教徒の若い女性は僕が入ってきたことなど気にも止めていない。時刻表を見ると、どうやら一時間に一本くらいは船がありそうだ。「ハロー」と声をかけ、乗船料の一リンギット(約三十円)紙幣を渡す。彼女は携帯電話から目を離し、紙幣を受け取ると引き出しに入れ、気だるそうに時計を指し、面倒くさそうに次の出発時刻を告げた。外に置かれた椅子を指しながら、座って待たせてもらってもいいかとボディランゲージで聞くとお好きにどうぞといった感じで彼女は、うなずき、また携帯電話に視線を戻した。
簡素なプラスチックの椅子に座ると、緩やかに流れる土色の川を眺めていた。小型船が通る度に筏の船着場はかなり揺れる。ついつい押し寄せてくる波の様子を見入ってしまう。いつものように気持ちが悪くなってきた。僕は波にも船にも弱い。小屋の中にいる彼女が気になって何気なく見てみる。こんな揺れは日常の一部なのか全く動じることなく、相変わらず、携帯の文字を打ち込んでいるようだ。
三十分くらい待っただろうか。向こう岸から船が到着した。トドゥンを被った中年女性達が続々と降りてくる。コタバルはマレーシアの中でも特にイスラム教徒が多い街だが、船の向こう岸にある名前も知らない村もイスラム教徒が多そうだ。乗客の最後にイスラム教徒の男性が身につける白い帽子「ソンコ」を被った老人が降りてきた。彼は僕を見ると、
「この船に乗るつもりかい?」
と英語で聞いてきた。「はい」と答えると彼は嬉しそうに向こう岸の村について英語で語り始めた。かなり流暢な英語だったのだが、残念ながら僕の英語力では、ほとんど理解できなかった。どうやら「モスク」について語っているようだった。きっと村に立派なモスクがあるのだろう。
一通り話し終えた後、どこから来たのかと聞かれ、日本だと答えた。
「寿司で有名な国だね」
彼は笑いながら言った。
「えっ?あなたは寿司を食べることができるんですか?」
思わず英語で聞き返していた。イスラム教徒と寿司が結び付かなかったのである。彼は一瞬、きょとんとした顔をした後、僕の聞いた意味を理解して大声で笑った。老人は船に乗ろうとしていた、やはりイスラム教徒の客達にマレー語で説明し、彼らも笑った。「日本に海はあるんですか?」と僕が聞かれたら、こんな笑いになるのかもしれない。老人は、イスラム教徒は豚はダメだけれど、魚は大丈夫だとゆっくりした英語で説明してくれた。
「よい旅を」
そう言って、老人は僕を船へうながした。船頭が笑いながら、僕を船へ招き入れてくれた。
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