salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

イシコの歩行旅行、歩考旅行、歩行旅考、歩考旅考

2011-11-13
「新しい街に夜中、到着するということ」

韓国語の会社名が書かれた中古バスは30分以上遅れでサワンナケートを出発した。満席の乗客は欧米人の女性2名以外、全てラオス人。このバスは物資の運送も担っているようで積み荷も多く、セメントの原材料の入った袋が全ての座席の足元に積まれていた。自然に足を置く位置は高くなり体操座りに近い状態で座ることになる。僕はカメラやパソコンの入ったリュックを膝の上に乗せている為、軽い拷問を受けているような状態だった。途中で4名の欧米人が新たに乗り込んできたが彼等に席はなく、通路に並べられたセメントの上に座っていた。

午後9時過ぎに到着すると聞いていたが10時をまわっても到着する気配はない。ところどころで乗客が降り始め、車内の人数は少なくなっていく。そんな様子を見ているうちに不安がよぎり始める。そういえば、このバスはパクセーが終点とは聞いていない。ひょっとしたら僕がうとうとしているうちに「パクセー」を過ぎてしまったのではないだろうか。

救いは欧米人の乗客が降りていないことだった。いざとなったら、パクセーでなくても彼らが降りる場所で一緒に降りよう。そう覚悟を決めた頃、街灯もない真っ暗な場所でバスが一旦、停まった。運転手は後ろに向かって「パクセー!」と怒鳴る。僕は思わず手を上げた。そして最後部の座席に行き、積み上げられた荷物の中から僕のトランクを引っ張り出して一目散に降りる。

ラオス人は誰も降りていなかった。降りたのは僕を含めた欧米人7名。つまり外国人の乗客は全員パクセーが目的地だったようだ。暗闇に少しずつ慣れてきた目をこらす。真っ暗な空き地のような場所は、どうやらバスターミナルのようだ。
欧米人男性の一人が僕に尋ねる。
「パクセー?」
僕だってわからない。もっと明るい場所だと思っていた。
「メイビー(たぶん)」
とだけ答える。別のバックパッカーが運転手に街はどこかと聞いている。運転手は一台だけ停まっているトゥクトゥクを面倒くさそうに指差した。交渉の余地もない。これに乗らなければホテルのある街にも到着しないのである。僕はトゥクトゥクの運転手にバスに乗る前に予約したホテル名を告げると小さくうなずき、七名の旅人を乗せたトゥクトゥクは走り始めた。

僕以外、宿は決まっていないようで、ペンライトで照らしたガイドブックを見ながら運転手にホテル名を告げている。走り始めて10分くらい経っただろうか。ようやく街の明かりが見え始める。しかし、彼らが運転手に告げた一軒目の宿は満室だった。運転手が近くの別の宿を紹介しようとするが頑なに拒否する。いかにも旅馴れたバックパッカーのように見えた。次に告げた二軒目のホテルで2人組は宿に入ったようだ。4人組は入れなかったのか気に入らなかったのかはわからないが再び戻ってきた。トゥクトゥクに乗り込むと僕が予約した中級ホテルの値段を聞いてきた。予算が合わないらしく、彼らは引き続き、ガイドブックをにらめっこしながら宿を探し続ける。4件目でようやく宿が決まり、僕以外の全ての旅人はいなくなった。

これで、ようやく僕のホテルに到着かと思いきや運転手は僕を別の宿に連れていった。僕が告げたホテルは満室だと言う。
「アイ ハブ リザーブド」
きっぱりそう言うと彼は渋々ホテルまで連れていった。今日ばかりはホテルを予約しておいてよかったようだ。

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ishiko
ishiko

イシコ。1968年岐阜県生まれ。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、2002年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行って話題になる。また、一ヵ月90食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。岐阜の生家の除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギプロジェクト発足。ヤギマニアになりつつある。

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