salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2013-01-15
『身体騒動記 過去編 ~ラーメン中毒マン・そして猛暑との戦い①~』

昨年の夏、訳あってしばらく入院することになった。
命に別状のある病気や大怪我をしたということではなく、外科的な処置で少し体にメスをいれることになったのだ。

成人してから本格的に入院するのは、2回目である。
大体、入院と言うくらいなのだから、とてつもなく身体に異常が発生したということになるのだが、普段健康な時には遭遇しないあらゆるおかしな現実を経験することになり、やっぱりそれはそれで面白い。

ということで、今回の体験を是非語りたいのだが、その前に過去に1度経験した入院に至るまでの身体の異常経緯を語っておきたいと思う。
それもまた、日常では味わえない、苦しくそして興味深い体験であった。

なかなか信じてもらいにくいのだが、前回は7、8年前、ラーメンと餃子にあたり食中毒で入院した。

「ラーメンと餃子?どっちも火が通ってるのに?!」

と多くの人に言われたのだが、いかんせん、そうなったものは仕方ない。
他に原因があったのではと、何人かの人に執拗に言われたので、心当たりを何度も思い返してみるのだが、その日半日以上一緒に過ごし食事を共にした友人も同じく倒れたのだから、やっぱりどう考えてもあの、有名ラーメン店のしょう油ラーメンと焼き餃子なのである。

以来、トラウマになり、数年に渡ってラーメンを食べることが出来なくなった。
最近、地元の駅前で、感動的に美味しいつけ麺屋に遭遇し、ようやく私のラーメン削除人生に終止符が打たれたのだが、生まれて初めて真剣に「死ぬかもしれない…」と思ったほど、その苦しい体験は強烈だった。

かつて”O157”が流行し、体力や免疫力の低い高齢者や幼児が亡くなったが、その時は、

「へぇ、食中毒でも人は死ぬのか?!」

と他人事として不思議に思っていた。
しかし、いざ自分が激しい下痢と嘔吐の連続に見舞われてみると、体力のない高齢者や種として弱い幼児たちが亡くなるのも無理はないことだと痛感した。

症状が出始めたのは、ラーメンを食した翌日の朝だった。

朝、いつも通り約20分急行電車に乗り、大型ターミナル駅についた。そこから15分程で会社の真ん前まで運んでくれる市バスに乗り換え、吊革に摑まったときだった。
ふと何か言葉にならない身体の違和感を感じた。

なんとなく、不穏なこの感じ。一体何の予兆だろう…。

そう思いながら、いつものように吊革に揺られていると、それは突然やってきた。
いきなりパンツ一枚で南極のブリザードの中に放り出されたような寒気が全身に走ったのだ。
なんというか、とんでもなくあまりに急な症状の現れに、自分でもなにがなんだか分からない。

(ヤバイ!ヤバイ!何だ?!)

お腹というか内蔵というか、とにかく得体の知れない毒のようなものが、体中を巡っているような奇妙な痛みと苦しみである。
とにかく、体内で何か大変なことが起こっている。

体の中が小刻みに揺れているような気持ち悪さ感じつつ、とりあえずなんとかいつもの停留所でバスを降り会社まで歩いた。

季節は真夏。
高層ビルの中、外気は朝から30度近い猛暑だというのに、社内は25度を下回るおじさん御用達の寒さである。
いや、その時の私の状態では、氷点下を優に越えた冷凍庫的体感温度である。

寒さにぶるぶる震えつつ、折角出勤したので少なくとも30分はそのまま静かに仕事をしようと心に決めていたのだが、案の定無理だった。
全身の震え方が尋常ではなくなり、ついには息苦しくさえなってきた。
声も絞り出すような小声しか出なくなり、もう間違いなく発熱しているであろう全身の節々が、キリキリと痛みだした。

♪うううぅー!ううううぅぅーー!!
異常事態ハッセー!異常事態ハッセー!♪

心の中の柳沢慎吾が、両手をくるくる回して叫んでいる!

もう言い訳はいらないだろう。
私はフラフラと上司のデスクまで行き、息も絶え絶えに、呟いた。

「風邪のようなので…早退させてくださぃ……」

上司はギョッとした顔で私を見ると、

「お、お大事に…」

と顔を背けながら、一刻も早く帰るようにとの命を出した。
風邪をうつされては困ると思ったに違いない。
私は荷物をまとめ、そろりそろりと忍び足でビルを出た。

視界が急激に狭まり、目に映る光景が、まるで蜃気楼のようにユラユラと浮いていた。
現実感のない朦朧とした世界。

ド真夏直球の日差し中、バスを待つ余裕はなく、痛い出費とは思いつつもタクシーに乗った。
本来なら自宅までそのまま帰りたいところだったが、残念ながらその時、急行20分の距離をタクシーで帰れるだけのお金の持ち合わせはなかった。ATMに寄れるような状態でもない。
とにかくまずは、駅を目指した。

しかし、ここで思わぬ誤算があった。
タクシーの冷房である。
ギンギンに冷えた、まるでガリガリくんを搬送しているのかと!と叫びたいような低温度(に思えた)空気の中、何とか声を絞り出し運転手に訴えた。

「窓を…開けて、いいです…ヵ……」

運転手はギョっとし、異変を感じたのだろう。
クーラーを切り、後ろの窓を開け、通常なら暑くて耐えられないような温風が車内に流れ込むのを許してくれた。
単に、不気味で怖かっただけかもしれないが、とにかく早く送り届けてサヨナラしたかったのかもしれない。

しかしそんな状態でも、私の頭は次の行程へと向いていた。
人は意外にも、危機的状況になればなるほど、冷静かつ分析的な脳力が活発化するのかもしれない。

次は電車をどう持ちこたえるか。
何とか急行の20分間を耐えなければならない。
そう考えながら、まずはこのタクシーに乗っている間に、出来る限り心身の体制を整えることにした。

(パニックを起こさないように、まずは精神を安定させよう!)

そう思った私は、ゆっくりと複式呼吸で息を吸った。そしてさらにゆっくりと身体の中の毒素が体外に排出されていく様子をイメージし、息を吐いた。

すると、おおー!一瞬、身体が軽く楽になったように思えた!

と思ったのも束の間、さらなる強烈な悪寒が体中にぶり返してしまった…。ダメだ。

次に、何かの本で読んだのだが、ヒーリング効果があると言われるグリーン色のオーラで繭のようなものを想像し、その繭で自分自身を覆い心身を癒すという方法をとってみた。

すると、おおー!一瞬、身体がさわやかな風に包まれたような感覚になった!いけるかも知れない!

と思ったのも束の間、グリーンという色が悪かったのか、さらに身体の体感温度が下がったように思え、震えが余計に増してしまった…。全然ダメだ。

効かない、全然効かない…。やっぱ、思想系、想像系は無理だ。
私は、呪文や言霊系に変えることにした。

口にすれば、いかにもポジティブシンキングに導かれ、現実を好転しそうな(またはすると言われている)言葉や祈りを片っ端から呟いた。

「ありがとうございます、ありがとうございます」
「私はもう治っている…」
「現実を創っているのは私だ。だからこの苦しみも気のせいだ…Iam God!」
「LOVE ALL SERVE All!」
「ホ・オポノポノ~」
「ざんざらざらめるー!」

しかし…。
一向に効き目はなかった。
(あまり健康等には関係ない言葉や呪文もあったからかもしれない)
それならばと、

「めでたし聖寵充ち満てるマリア、主、御身とともにまします…」
「ナム、アミダブツ!」
「ナム、ミョウホウレンゲッキョウゥ~~!!」
「a~u~m~」

最後は知っている限りの宗教方面にも神頼みでお願いしてみたのだが、普段から信仰が無いせいか、完全なる無効果であった。当然と言えよう。

何かに頼っている場合ではない。もう、現実に生きるしかない…。
大人の判断である。

とにかく駅に着き、気を利かせて出来るだけホームに近い入り口付近まで車を走らせてくれた親切な運転手に礼を言い、タクシーを降りた。
ブツブツ怪しい言葉を呟く不気味な客を降ろせてホッっとしただろう。

何とか駅のホームまで行き、電車に乗り込んだ。
既にその頃には、涙が出始めていた。
何がどうなっているのか不明だが、とにかく身体が苦しい…。
その苦しさのあまり、後から後から涙がでてくるのである。

平日昼間の下り電車とはいえ、乗客はそこそこいる。
苦しさと止まらない涙を隠すために私が取った行動。
それは、大判のハンカチを半分丸めおしぼり状にし眼球に押しつけ、残りの半分はハラリとのれん状にたらし、ずっと顔にあてているという、人間緞帳(どんちょう)作戦であった。
これで溢れ出る涙を押さえ、苦しさで嗚咽が漏れそうになる口を多い隠せる。

今思えばもう少しマシな方法があったのかもしれないが、その時はなぜか無意識にそうしてしまったのである。
一瞬、ハンカチを外した瞬間に、前席のおばさんがまるで火星人を見るような表情でこちらを見ていたのが今でも忘れられない…。

なんとか地元の駅に着き、電車を降りた。
ハンカチを外すと、押し付けていた部分が真っ黒になっていた。
あまりに強く眼球に押しつけていたため、溢れる涙が高級クレンジング代わりとなり、キレイさっぱりマスカラが落ちていたのである。

駅から家までの徒歩10分の道のりが、まるで1時間のようにも思えた。
暑さで揺らめくアスファルトの道を、老犬の散歩のようにハアハアと精一杯の息継ぎをしながら、なんとか自宅まで辿りついた。

この時点で、素直に病院に行っていればよかったのだ。
しかし、私は選択を誤った。
単なる風邪だと思いこみ、自宅で2、3日療養すれば治るだろうと気軽に考えていたのだ。

記録的な猛暑が続く真夏の昼下がり。
猛暑と腹痛地獄への入口が開いたのだっだ。

(つづく)

ラーメン鉢のぐりぐり模様(雷紋)は、ずっと麺を表していると思っていました。違うの?!

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

1件のコメント

いまだかつて ハンカチをこんなに賢く使いこなす人がいようか? ハンカチが偉大なのか 使う人なのか・・・。
寝るときにタオルをマスク代わりにする人もいます。どんな道具もかしこく使おう!!

by kiki - 2013/01/20 12:33 PM

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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