salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2012-01-12
『歯医者狂想曲』~第四楽章(最終章)~ ☆前編☆

(前回、最後の文章で告知した「ボスキャラ」を語る前に、どうしてももう一人、紹介しておかなくてはならない人物がいることを思い出した。よって大変申し訳ないのだが、今回はその歯医者の話をさせていただくことにする。またまたどこまで引っ張るつもりだ!とも言われそうであるが、何、あと一回です…(^_^;))

5.『坊ちゃん…』

引越をし、新たな街で生活を始めたある日、右の奥歯に被せていた金属がポロリと取れた。
奥歯ということもあり、どこか間違いのない信頼できる歯医者を探したかったが、近所に知り合いもおらず情報源もないため、インターネットで探してみることにした。
これまでの経験から、自分の都合の他に、なんとなく自分なりに良い“歯医者”を見極める条件というものが出来ていた。

・自宅か勤務先の近辺で、夜まで受付していること。
・口コミ評判で、悪口が書かれていないこと。
・新しすぎず古すぎず、審美治療やインプラントだけを前面に売りにしていないこと。
・駅からは近いが、都心の最先端ビルや一等地のど真ん中で開業していないこと。
・WEBホームページを開設しており、院長の顔写真が載っていること。また、その中で治療や説明が詳しく分かりやすく解説されていること。
・常時、2人以上の歯科医師がおり、研修医も在籍していること。etc.

他にも、うがいのコップが紙の使い捨てであることや、歯科助手の私語がないことなど、現場に行かないと分からないチェック点もあるのだが、とりあえず以上のような条件をクリアすれば、勝手な選択眼ではあるが、そう変な歯医者には辿り着かないと考えている。
つまり、患者に対して居丈高ではなく、キチンとした治療の説明や選択肢を提示し、最新とは行かないまでもある程度の新しい治療器具が揃い、かつ、べら棒に高い治療費を請求してこない歯医者。

まずは、自宅と勤務先近辺の住所を調べた。
すると、早速面白そうな歯医者が目に付いた。
先ほど述べた条件を満たしつつ、普通の歯科治療の他に、なぜか鍼灸院やマッサージ院が併設されているのだ。

「歯科医院に鍼灸院?なんじゃこりゃ?!」

謳い文句によると、その医院は歯の治療だけでなく、体の歪みや精神的ストレスなども含め、東洋医学的なアプローチを取り入れた総合診療を目指していると言う。
また体に適合する材料を選ぶ手段として、希望者には波動測定やO-Ring Test(オーリングテスト)なども可能であると書かれている。

うーん、怪しい…。
鍼灸やマッサージと歯科治療に何の関係があるのか?
しかも、波動測定やオーリングテストなど、普段は精神世界的なところでしか聞かない用語が堂々と盛られていて、なんだかスピリチヤル臭が匂う…。
怪しい、怪しすぎる。こんな怪しい歯医者に関わるとロクなことはないので、早速行ってみることにした。

翌日、少し緊張しながら予約の電話をかけた。
特に怪しい感じもなく、拍子抜けするくらいテキパキとした受付見本のような女性が明るく対応してくれる。
予約の日にちが決まり、何事もなく電話が終わりそうになったので、慌てて気になっていたことを質問してみた。

「あの、東洋医学的な治療もあると書かれていたのですが…」

一瞬、空気が止まった。
気のせいかもしれないが、少し相手が警戒するような雰囲気が伝わってきた。
小さな沈黙の後、受付嬢はスーパードライに答えた。

「ご希望がある方のみ、隣の鍼灸院でオーリングテストや波動測定はできますが、特に希望がなければ通常の治療となります。勝手にこちらで了解もなくそういった事をすることはありませんし、勝手に料金も請求することはありません!何か、ご希望ですか?」

取り付く島もないクールアンサーに、ヤジ馬根性のイースト菌は一気にしぼんだ。撃沈。

「あ、いえ、特に…(汗)」

ということで、取り合えず普通の歯科治療を行っている様子であり、少しホッとしたような、残念なような、何ともいえない気持ちで電話を終えたのだった。

数日後、その歯科医院を訪ねた。
勤務先からは地下鉄で1駅である。
扉を開けると、院内の雰囲気はとても明るく清潔で、怪しさは微塵もなかった。
どうやら、併設の鍼灸院は同じフロアにあるが、こことは別らしい。
予想通りのテキパキした仕事振りの受付嬢の下で初診の手続きを済まし、待合室の椅子に座った。
壁の向こう側から、治療中の歯を削る音や歯医者の話し声がモレ聞こえてくる。
かなり複数の医師がいる様子で、行き来する歯科助手の数も多く、今のところ条件的には合格だ。
しばらくして名前が呼ばれ、診療台に案内された。

オフィス街を見下ろす大きな窓を眺めながら診療台に座っていると、間もなく白衣とマスクを着けた歯医者が現れ、名詞を差し出した。
どうやら初診の患者には名詞を出して挨拶するのが、この歯科医院のルールらしい。

「Nです。よろしくお願いします」

白衣の下に、仕立ての良さそうなピッチリとしたワイシャツを着た、とても小柄でほっそりとした男性がそこにいた。
20代前半だろうか。やや高めの声といかにもお坊ちゃん風の銀縁メガネが、見るからに線の細そうな佇まいである。
申し訳ないが、きっと子供の頃はジャイアン級の男子にからかわれたりしたのではないだろうかと勝手に想像してしまった。

(うー、なんか世間知らずっぽいなぁ。大丈夫かなぁ、坊ちゃん先生…。しっかり頼むよ)

私は心でそう語りかけ、とりあえずこの坊ちゃん先生に身を(歯を)任せてみようと決心した。人間、まずは信頼である。
しかしながら…。やはり直感は正しかった。
その先生、全然大丈夫ではなかったのである。

治療が始まると、坊ちゃん先生は冷静に取れた詰め物と金属を分析し、新しい金属をかぶせる必要があることを説いた。
そして、小走りにその場を離れたかと思うと、まるで忍者のようにあっという間に戻ってきた。手には、アルバムのようなものを持っている。
坊ちゃん先生はそのファイルを広げ、私に差し出した。
それは、歯に被せる金属の写真が一覧になった、見開きファイルだった。この中から、金属の材質を選べということだろう。

「やはり、金属の材質はこの一番上の金(キン)が良いと思います。これが一番です!!」

と、最上段に載っている最も美しく輝く金属を指差し、言い切った。なんの疑いもないような晴れ晴れとした説明、いや宣言だった。

(いやいや、そりゃ金がいいだろうけどさ。高いでしょ?)

そう思いしばらく黙っていたが、坊ちゃん先生からは特に何の反応もない。
仕方なしに値段を聞いてみると、なんと自分の家賃2ヶ月分に近い金額であった。
とてもじゃないが、歯の被せひとつにその金額は出せない。
坊ちゃん先生に悪気がないのは分かっていたが、やっぱりどこか現実離れしている。
価値観がズレているのか、世間知らず過ぎるのか。

(誰もが必要だからと、最高の品質のものを選べる環境にはいないということを理解しておくれ。でないと、状況や周りの空気を読めない、気を使えないとか言われたりして、人間関係に苦しむよ。)

私は心でそう呟き、再び無言でアルバムに目を戻した。
黙ったまま反応のない私に動揺したのか、坊ちゃん先生はもう一度、一番上の金がいいと思うと言った。
たっぷりの間をおいて、私はその最高位の金の一つ下、うすーい金色の金属の写真を指さし、

「これは(どう違うのか)?」

と尋ねてみた。
すると坊ちゃん先生は、自身でもそのアルバムをのぞき込みながら、

「んー、ちょっと金が少ないですね」

と晴れやかに答えた。

「…」

そんなこと、見ればわかる!
アルバムにはその金属の写真と材料の構成比率が書かれていて、金色をしたものだけで2~3種類、銀色になってからは4種類くらいが載せられていた。
下の段にいくに従って、記載されている純金や純銀の含有率が下がり、違う金属の名前になっている。恐らく価格も安くなっていくのは想像がつく。
こんな風に一目瞭然に分かりやすく金属の材質や含有率を患者に見せ、選択しやすい工夫をしている歯医者は初めてであった。これ自体は、素晴らしい工夫と言えるだろう。

しかし私が欲しているのは、その見れば分かる情報ではなく、金や銀の代用として使われる金属の特徴やリスクの情報であり、奥歯ということもあって、価格的なことも含め、どの程度のレベルの材料を選ぶべきなのかというディスカッションと助言をプロに求めているのだ。
だが、坊ちゃん先生には通じなかった。
いくら説明を求めても、こちらの聞きたいこととは違う、ちぐはぐなことばかり答え、一体私が何を欲しているのかを最後まで理解することはなかった。

私は辛抱強く指を差し、上から下まで一通りの説明らしきものを聞きだしたのだが、話せば話すほどだんだんと言葉につまり、意味も分からなくなってきた。必死になればなるほど、吃音も混じり始めた。真面目でものすごく懸命なのは分かったが、なんだか少し神経が細かすぎるようにも思えた。

(大丈夫かな、坊ちゃん先生。こんな繊細では人間相手の仕事はしんどいんじゃない?もっとコミュニケーション能力をつけないと。歯科治療うんぬんの前に、ちゃんとこの職場でやっていけるのかなぁ…)

余計で勝手な心配をしながら、その説明を聞いていた。
そして、結局最終的に分かったのは、一番下の金属の写真が唯一の保険内治療の金属であるということだけであった。
それなら最初から、それだけ聞けばよかった…。

「では、保険内の金属にします」

ファイルを閉じそういうと、坊ちゃん先生は一瞬目を見張った。が、すぐに取り戻し、

「ああぁ…はい。分かりました…」

と言うが早いか、またもや一瞬で掃除機のコードが巻かれるようにサササーっとどこかに消えた。
おそらく、その金属アルバムを所定の位置に戻しに行ったのであろう。
が、これまたすぐに忍者赤影のように音もなく戻り、治療の準備に取り掛かったのである。
彼は最後まで、私が金を選ぶものと思っていたに違いない。
坊っちゃんよ、世間にはいろいろな価値観があるのだよ。

結局その日は奥歯を少し削り、被せる金属の為の歯形をとり、仮留めをして終わった。次回、出来上がった金属を被せることになる。
坊っちゃん先生の治療自体は、特に悪くなかった。むしろとても上手だったと思う。
マスク越しに少し顔を歪ませたり、口をひくひくさせていたり、神経質なところは時々感じたが、歯医者には繊細な治療も多いし、多かれ少なかれそういった人も多いだろう。これぐらいの神経質さは個人的には許容範囲である。
私は2週間後の予約を入れ、その日の治療を終えた。

そして、2週間後…。

驚愕の事実が待っていた。
診療台で待つ私の横に歯科助手さんが現れ、もの凄~く言いにくそうにこう言ったのだ。

「アラキさん、実は…」

「はい…?」

嫌な予感がした。ちょっと恐怖さえ感じる。一体何だ?

「あの~、担当のN先生が、いなくなりまして…」

「へ?」

「あの~、連絡もつかずで。ちょっと不明というか…なんというか…。し、失踪といいますか…」

(ゲゲゲーッ!し、失踪!?)

「スミマセン!今日は違う先生になりますが、他のN先生の患者さんもいて、今てんてこ舞いなんです。代わりの先生が一人しかいないので、もう少し待ってください…」

し、失踪―!
まるで火曜サスペンスのようなことが現実に起こるなんて、信じられない!
待たせている間の詫びのつもりかどうかは不明だが、助手さんが教えてくれたところによると、どうやらあまりにお坊っちゃんすぎて、職場の人間関係に耐えきれず、突然連絡が途絶え、こなくなったそうである。
その後、家族も連絡がつかず困っているらしい。

ほら、みたことかー!
突然来なくなるなんて、バイトかよー!
て、てか幾つだよーアンター!
坊ちゃん先生!帰っておいでぇ~(汗)

私は激しくそう心で突っ込みながら、N先生の行く末を想い、少し笑い、少し哀しんだ。
やっぱり、人間、純粋培養はいけません。
大人になるまでに、いろんな人と出会い、いろんな価値観に揉まれるのは大事なことですわ、ホント。合掌…。<m(__)m>

(~次回、ついに真のボスキャラ、我が人生最高の歯医者!『ザ・クイーン・オブ・デンティスト』登場!その超絶技法とパフォーマンス?!に、乞うご期待~!~第四楽章(最終章)☆後編☆<最終回>へつづく~)

結局やらなかった“Oリングテスト”。片手でOを作り、もう一方の手で調べたい対象に触れる。第三者がOを簡単に開くことが出来なければ相性マル!簡単に開けばバツ!(くれぐれも対象はモノにしましょう。人間でしてパッカリ開いたら気まずいもんね…(汗))

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

1件のコメント

色々な歯医者さんがいるんですね。奥が深いわ。参考になります。

by kiki - 2012/01/12 5:27 PM

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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