2011-12-12
『歯医者狂想曲』~第三楽章~
4.『マザコン…』
ある時、職場に新しく入ってきた女性と世間話をしていると、なんとその女性は以前に歯科助手をしていたことがわかった。
早速、どこか良い歯医者はないか?と聞くと、最近場所を移したが、以前自分が働いていた歯医者は絶対にお勧めであるという。
なぜなら、そこの院長は歯科大学の教科書も書いている有名な先生で、インプラント技術に関しては最先端の治療を行っており、治療費はやや高めだが技術は間違いないというのだ。
「私がもしインプラントをするなら、絶対この先生にしてもらうわ!」
鼻を膨らまし力強く言い切る彼女の目には、その先生に対する尊敬と敬愛の気持ちがみなぎっていることがよく分かったが、特に今自分が必要としているのはインプラント技術ではない。前歯の治療である。
その旨を伝えると、またまた彼女は言い切った。
「詰め物も大丈夫!私も、そこで下の奥歯を詰めたの。金属も被せたけど、一番奥なら外から見えにくいから、高くつくけど材質は“金(キン)”を使ったほうがいいわよ。私もそうしたの!」
そう言って、なぜ金属の詰め物で“金”が良いのか、保険内金属やセラミック等の材質とどう違うのかなど、“金”の長所を延々と語り始めたのだが、特に今自分が必要としているのは奥歯の治療ではない。前歯の治療である。
私は辛抱強くその話を聞き、そして自然な流れに聞こえるように願いながら、もう一度聞いてみた。
「前歯の詰め物とか、結構細かい作業もそこは上手かな?」
「うん!大丈夫だと思う。院長は忙しいからいつもいるとは限らないけど、他の先生や研修医たちも優秀な学校の人たちよ。ちょっと高いかもしれないけど、絶対満足できる治療をしてくれると思うよ」
大きく頷きながらそう言い切った彼女の笑顔は、なんとなく歯天使からのメッセージのようにも思えた。
よし、早速行くことにしよう!
私はすぐにその歯医者の場所を聞いた。すると、なんとそこは自宅から徒歩5分という、超ご近所にあったのだ。
おー!やはりこれは運命かもしれない。とうとう最高の歯医者に巡り合うのかもしれない。ここ数年続いた歯医者巡りの放浪の旅が終わりを告げるかもしれない予感に、私の期待は初夏のヤル気満々積乱雲ぐらい、一気にモコモコと膨らんだ。
ただ、若干気になる点もあった。
それは、費用のことだ。幾ら保険内治療もやっていると確認はしたものの、それだけの有名な先生が院長ならば、やはり治療費が高いことは想像できる。
しかも、現にその歯医者が入っているビルは、最近駅前に出来た大型有名ビルの3階で、都市部における超一等地なのである。
(まあ、一応保険治療もあるんだから大丈夫だろう。とりあえず心配だから、行く前にちょっと銀行によってお金を下ろしてから行こう)
暖かなそよ風がふく6月の夕暮れ、仕事帰りの私は電話予約した時間ちょうどピッタリに、その歯医者の扉を開けた。
もちろん、同じビル1階の銀行ATMで、お金を下ろすのを忘れなかった。
その歯医者の入り口はガラス張りになっていた。
まるでどこかの企業のような楕円形の受付カウンターに女性が座っている。
向かい合うように、楕円形のソファーが置かれ、壁にはシャガールの大きな絵画がかかっていた。(もちろん複製…と思う)
やはり下町の歯医者とは違う雰囲気に少々緊張しながらも、受付で初診の手続きを済ませた。
名前を呼ばれるのを待つ間、ソファーに座り静かに周りを観察した。
今日は院長はいない様子だが、研修医と思われる年若い男性が何人もウロウロしている。
しかし、私が何よりも気になったのは、その横を忙しく歩き回る助手の女性たちの服装である。
まるで歯科医院らしくない花柄のアロハシャツのような派手なデザインで、一昔前に流行った郊外の健康ランドで支給される、恐怖のムームー柄にそっくりなのだ。
(KENZOの花柄をもっとセンス悪くした感じと言えば分かりやすい?!)
最初はなんと派手な服を着ているんだろうと思っていたが、よく見ると助手の女性たち全員、さらには受付の女性も皆同じ服装をしている。つまり、これが制服のようであった。
(ダ、ダサすぎる…(汗))
きっとこれは、シャガールのような多様な色彩を好む院長が選んだ趣味なのだろうと考え、あまり気乗りせず、制服だからと仕方なく着ている助手の女性たちに軽い同情を覚えた。
と、すぐに名前が呼ばれた。
ムームー柄助手に案内され治療室に入った私は、そこで初めてここが本当に高級歯医者かもしれないと実感した。なぜなら、なんとそこは個室だったのである。
つまり、治療台1台につき1部屋なのだ。そんな小部屋が奥までずっと続いていた。
(うー、これはマズイ…。マジで高級だ。お金、もう少し下ろせばよかったかな)
もう案内されてしまったものは仕方ない。もし、お金が足らなければ、恥ずかしいが正直にそう言って、再び1階のATMで下ろしてくるしかない。そう腹をくくった。
やがて、20代半ばと思われる研修医らしき色白小太りの男性がやってきた。一緒にやってきた助手は30歳前後の女性である。
いつものように、今まで受けてきた前歯の治療を説明し、詰め替えを依頼した。
そして、レントゲンを撮った後に治療が始まったのであるが、なんとこの歯医者と助手がとんでもない組み合わせであった。
彼らは個室の扉が閉まった瞬間、同僚の目を気にしなくて済んだためか、私がいるのも気にせず、急にイチャイチャし始めたのである。
歯科医:「ねえ~、〇〇さ~ん、アレ(治療器具)取って~。」
ムームー助手:「ちょっとー。アレじゃないでしょう?先生っ。」
歯科医:「えー、アレで分かるでしょう?〇〇さん程の、ベ・テ・ラ・ンなら~。」
ムームー助手:「もう~、失礼ね~。私がおばさんって言いたいんでしょう?」
歯科医:「違うよぉ~。〇〇さんは、心がキレイからおばさんじゃないよ~。でも〇〇さんの心はドドメ色でしょう?(笑)」
ムームー助手:「ドドメ色って何よ~!許さないから~。」
歯科医:「ドドメ色はドドメ色だよん。」
ムームー助手:「今度お仕置きしてやるからねぇ~。覚悟してよ~。」
歯科医:「お仕置きなんて、何、何、何?楽しみだな~。」
こんなやり取りが、延々と私の顔面30cm以内で続くのである。
こっちは前歯&歯茎をむき出しにしながら、ジッと動かずその会話を聞かされなければならない。
しかも、その歯科医は思いっきり甘えた声で話すのだが、その様子はまるでママに甘える小学生男子そのもので、大人の幼児性を最も苦手とする私は蕁麻疹が出たかと思うくらい体中がむず痒くなった。
しかし、助手も負けてはいない。同じく鼻にかかった甘えた声で、時に叱り、時に拗ねたような素振りを見せながら、延々とイチャイチャトークが続くのである。
またその助手は、失礼ながらややふくよかな体型で、着ている制服のムームー柄が妙に似合い、母性感がさらに引き立てられるように見えるのである。
色白小太りの20代駄々っ子と、それをあやすふくよか母性の30代ママ。
(おいおいおい!カンベンしてよ~!他所でやってよ!)
恋愛のイチャイチャならまだしも、ママと息子を髣髴とさせるそのマザコン感に、私の心も前歯も完全にギブアップ状態となるのは時間の問題だった。
しかし肝心なのは、前歯の治療である。
歯科医は、そのイチャイチャトークの中で、
「僕、この前歯の治療大好き!得意なんだよね~。なんかヤル気でちゃうな~。◇◇使っちゃおうかな~」
と言っていたのを、私は聞き逃さなかった。研修医にありがちな、保険外の新しい材料を使いたがっているように聞こえたのだ。
通常、保険外の材料を使う場合は、患者に事前の承諾を得るものだ。だから、この研修医が言った◇◇という材料が、まさか本当に保険外のものとはそのとき思っていなかった。
マザコン歯科医は、おしゃべりにも夢中なせいか、治療には思いのほか時間がかかった。通常は30分程度で終わるのだが、ようやく治療が終了したのは始めてから約1時間の時間が経過していた。
私の前歯を見、自分の仕事に満足したのか、歯科医がつぶやいた。
歯科医:「やっぱり◇◇はスゴイ。それに僕って、上手いわ~。(自慢気な顔)」
ムームー助手:「ホントだぁ~。キレイに出来てるね~。」
そういうと、二人はお互いの顔を見て笑いあった。
歯科医:「よし!みんなに見せようっ!〇〇さん、みんなに見るように言ってあげて!」
(は?なんじゃ?みんなって?!)
やや困惑した私の様子を察したのか、ここで初めてムームー助手が私に言った。
ムームー助手:「アラキさん。今回は◇◇という保険外の材料を使って前歯を治療しています。とてもキレイに出来ていますよ。折角なので、勉強のためにも他の研修医に是非見せてあげたいのですが、いいかしら?」
助手はそう言うと、私に手鏡を渡し、自身の前歯を見るように促した。
(ギーっ!いいかしら?ってよくないよ!それにやっぱり保険外の材料を無断で使ってたんかい!ちょっとちょっと、そんなことってありなのかよっ?!)
私は小さいながらも細波のように繰り返しやってくる怒りのウェーブを抑えつつ、イライラしながらその手鏡を手に取った。そして、取り合えず口を広げ、前歯を確認した。
ハッキリ言って、期待も何もしていなかった。
しかし、予想は裏切られるためにあるもの。そこには思いもかけない光景が映っていたのである。
(ほー!!!(◎o◎))
歯の境目がどこにも分からないような全体にうっすらと青味がかった白色に、ツルツルに磨き上げられた見事な出来栄えの前歯2本。
恐らく、今まで治療してきた中で1、2を争う出来であることは間違いない。
保険外の材料を無断で使われた怒りもどこへやら、私の満足中枢は刺激され、満足感が一気に満たされた。
もしかするとこういった高級歯科に来る患者は、そんなことを予め断らなければならないような者は来ないのかもしれない。
(ヤルな、マザコン!許すぜ、保険外!)
私は心でつぶやき、マザコン歯科医、ムームー助手と勝手に一人で和解した。
そして、研修医たちに自分の前歯を見せることも、快く同意した。
すると、あっと言う間に研修医らしき男たちが代わる代わる治療室に入ってきた。
上唇をあげ、大きく口を開き、通常では絶対に他人に見せない恥ずかしい顔の私をよそに、彼らは前歯を覗き込み、
「おー!キレイですね!」
「時間はかかりましたか?扱いやすさはどうでしたか?」
「うわー、◇◇はこんな感じで出来るんだ~」
といった感想や質問を、マザコン歯科医に投げかけた。
さも自慢気にそれに答えるマザコン歯科医と、それも見守るムームー助手のママなる目が、やっぱりどう考えても、気持ち悪く思えた。やっぱり無理、苦手だマザコン!
治療室を出て、会計のために受付へと戻る。
やっとあの二人から解放された安堵感にひたっていたのもつかの間、問題の治療費が残っていたことに気づいた!
受付兼会計の同じムームー柄の制服を着た女性が、私の顔をジッとみながら、まるで訃報を伝えるかのような鎮痛な表情で話し出した。
「アラキ様。今回は、保険外の材料を使った治療になりまして、大変に費用が高くなっております…」
(ヒェ~!!そんな顔で言うなんて、一体どれほどの金額になってるのか?(汗))
体中から、一気に汗が吹き出てきた。私がここに来る前に下ろした金額は一万円。お財布には元々3千円入っている。どうしよう?やっぱり足らないのか?
勇気をだして、恐る恐るムームー受付嬢へ聞いてみた。
「えと…、お幾らですか?」
「はい、六千円です。」
「…」
払えるって!それくらいなら!私でもーーー!!(>_<)
汗は一気に引いた。心で思いっきり突っ込みを入れながら、どれだけお金がないと思われていたのだろうと、なんだかちょっと情けなくなってきた。
けど、確かに一般の歯医者よりはかなり高いと思います。それでもいい方は是非どうぞ。合掌…。<m(__)m>
(~次回、ついにボスキャラ登場!ジョジョの奇妙な歯医者たちは、第四楽章(最終章)へつづく~)
てか、チョコのプレゼントってアカンでしょ…(^_^;) (フリーイラスト集より)
3件のコメント
あははは~、おもしろかった。
いくらかかるのか、ドキドキしたよ~。
朝から手に汗握ってしまったわ(笑)
ハッピーエンドって好きだなあ・・・.
その満足度でその金額なら 本物のハッピーエンドだ。
歯医者って、ほんと当たり外れがありますよねぇ。
前歯でも、保険外の治療ってあるんやぁ・・・。
いやぁ、それにしてもヒヤヒヤしたぁ!
治療費、思ったほどでなくて一安心やね。
二回目の『特に今自分が必要としているのは○○の治療ではない。前歯の治療である。』にバカうけしてしまった!
ボスキャラ登場!楽しみです。
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