salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2011-06-26
真夏の決闘 Mid Night Ⅳ<戦(下)> (最終回)

(前回までのあらすじ↓)

真夏の暑い夜、網戸の隙間から突然に侵入してきたカブトムシ級の超巨大ゴキブリ。大のゴキ嫌いの私はパニックと恐怖に震えながらも、人生を賭けて戦う決意をする。
だが運悪く、ゴキは納戸の中に入り込み一旦姿を消してしまう。何としても勝利を手にするために、遺伝子に記録された人類数万年のゴキとの闘いの記憶を頼って、プロファイリングされたヤツの行動を冷静に分析。そして、確実に勝つ方法として、マジックリンと熱湯という現代最強の二大リーサルウエポンを使い勝負すべきという結論にいたる。
そして、今は深追いせず、ゴキ自ら動き出すのを静かに待ち、こちらが有利に展開できるようおびき出す作戦が進められた。
恐怖と忍耐、憎しみと勇気を携え、頭にハチマキ、両手に薬品、そして自らの存在の気配を消し、仁王立ちのまま、静かに納戸を見つめ続けること数十分。
とうとう、思惑通りにゴキが姿を現した!のだったが…。

*********************************

ソロリ、ソロリと、ゴキは姿を現した。
思惑通りの展開にしめしめと思いつつ、とうとう来た勝負の時に、緊張と恐怖心が重くのしかかる。
しかし、躊躇している場合ではない。勝負は運とタイミングで決まることもある。一瞬の迷いが形勢を逆転させてしまう例は、歴史を見れば分ることだ。

私はゆっくりとゴキに近づいた。
右手に触れるマジックリンのスプレーノズルが、まるでゲイリー・クーパー演じるウィル保安官の拳銃の引き金のようにも思えてくる。いや、グロリアか、はたまたアリス、いやリプリーか。
孤独な戦いに打ち勝った、過去の偉大な勇者たちを胸に、今、私は勝利への道を歩んでいるのだ。あと、少し。あと少しでその名誉が私にもやって来る!

途中、床に仕掛けられたマジックリン豪( →第三話:MidNightⅢ<戦(上)> 参照 )を注意深く跨ぎ、ついに私は右手を伸ばし、マジックリンのスプレー口をゴキのいる壁へと向け、慎重に狙いを定めた。
ほんの少しずつ、ゴキは壁沿いに下へ下へと移動していたが、泡式のスプレーを命中させることはそれほど困難ではないように思えた。
そして、スプレーの引き金を引こうと集中し、息を止めた。
ふと、そのゴキの動きが止まった。

「チャンスだ!」

一瞬、そう思った。しかし、何か不思議な気配のようなものが私を捉えた。
すると、ゴキは何を思ったのか、急にスルスルと素早く体を動かし、進んできた方向と逆の向きに体勢を変えた。下向きから上向きに180度方向転換したのである。

「(?)」

私はスプレー弾を打つのも忘れ、しばしそのゴキを見つめた。
それは、今までのゆっくりした動きとは全く違う、キッパリとでも言えそうな、意志ある動きに見えたからだ。

「(なに?何するつもり?!」」

上向きでじっと動かなくなったゴキを戸惑った思いで見守っていた次の瞬間、とんでもないことが起こった。

ヤ、ヤツのオシリから、何かが出ている!

一瞬、例の卵かと思い、全身に鳥肌が立った。が、そうではなかった。
そのシロっぽい粒粒の塊のようなものは、なんとヤツの糞(フン)だったのである!
ぷるぷるっと、下半身を少し揺らしながら、約1cmほどその粒粒の糞は続いた。
そして、ヤツは糞をしてスッキリしたのか、何事もなかったかのようにまたそそくさと移動し、あっという間に納戸の中に戻っていったのである。

「………」

何が起こったのか、理解するのに数秒かかった。
しかしその現実が分った途端、私の中で、未だかつて感じたことがない程の強い怒りと憎しみが、地球のコアから直送されるマグマのような勢いで炸裂した。

「なっ!ななっんつぅーことをぉぉおおーーーー!!」
「人間をバカにすんじゃないっ~~!!!!」

次の瞬間。
もう、恐怖心はどこにもなかった。

いや、正確にいうとまだかろうじてあったが、それよりも強力な怒りと憎悪の陰に隠れて、全く表面には出てこなくなった。
よく、ホラー映画の主人公が、殺人鬼やモンスターに襲われ命からがら逃げている途中、ついに怒りが恐怖の境界を超え爆発し、自ら全身で敵を攻撃しに行くのに似ている。

「食べ物を探すならまだしも、人の家に勝手に入ってきて糞をするなんて!人を小バカにするにも程がある!あっ、そう!そうですか。そこまでするなら、そちらにもそれ相当の覚悟があるということだね。ならこっちも本気で、全力でいかせてもらうよ。もう後戻りはできないからね!それが、アンタがこの家に入ってきた運命なんだよっ!いいねっ!!\(`ヘ´\)」

完全な戦闘態勢に入った。
もう待っている余裕はない。
頭の先からつま先まで、怒りと憎しみという名の細菌に蝕まれたようだった。
生まれてから今まで人間が持つべきと信じてきた、知識、教養、慈悲の心等、人間らしい道徳は、もはや虹の彼方に姿を消してしまった。多分、一瞬にして天の川銀河の外にまで飛んでいってしまっただろう。
私を博愛主義者に育てようとした父よ、母よ、許しておくれ。
とにかく、今することはヤツを探し出し、亡き者にするだけ。
それが今、世界で一番大切なことなんだと、極右翼福音派並みの盲目的で強力な信念が私の行動を支配した。

「恐いものなど何もない!どっからでもかかってこんかい!」(@新喜劇)

頭脳作戦など、もうどうでもいい。
とにかくヤツを追い詰めるのだ!
私はツカツカと納戸に歩み寄り、まずは両手で扉をバンバンバンっ!と叩いた。
戦略的意味はない、ただ腹立しかっただけだ。

「YOYO!HEY!ゴキさんよう!後悔しても遅いからね!」

何の躊躇もなくジャバラ式の引き戸をガラガラっと開けた。
もちろん、その姿はなかった。先ほどのバンバン攻撃で、恐らく収納品の隙間の奥深くに逃げ込んだのだろう。別に構わなかった。

「ふん!隠れてもムダだよ!」

私は納戸の荷物をひとつひとつ取り出した。
布団一式、冬服の入ったプラスチックケース、靴箱、日曜大工道具、テニスラケット、使っていない揚げ物用お鍋、ガムテープやコード類、etc.
殆ど、後に放り投げたといってもいいだろう。

しかし、ヤツは当然のごとく姿を見せなかった。
荷物が取り出されるたびに、さらに納戸の奥深く、迷宮の森へと潜り込んでいるつもりなのだろうが、どうせ納戸の奥に逃げ道はないのだ。

そしてとうとう最後の荷物(古い掃除機)が取り出され、後は当時使っていたマッキントッシュの梱包用ダンボールだけが折りたたまれて内壁に立てかけられていた。
つまり、ヤツはもうそのダンボールの後にいるか、ダンボールの間にいるかしかない。

終わりが近づいてきていた。
私はゆっくりとそのダンボールを上から覗いてみた。

「(いたっ!)」

ヤツはダンボールの間には入らず、壁との間にひっそりと存在していた。
まるで、見つかっても動かなければ、逃がしてもらえるかもしれないと思っているような姑息な佇まいに見え、それがまた怒りを煽った(←勝手な想像…(・・;))。

 私は一旦ダンボールを戻し、マジックリンを右手に取った。
スプレー口が間違いなく“開”であるのを確認する。
慎重に、ゆっくりと、ダンボールを動かす。
ヤツは動かない。
そのまま、ダンボールを取り去り自分の体の前に置き、自身の体の盾にすることにした。
ついに、ゴキはその全身を空っぽの四角い納戸の空間に、無防備にさらけ出したのだ。
やはりデカイ!しかし、そのデカさは、今や逆にスプレーに当たりやすい大きさとして不利に働く要素となっている。

「いくぞ!1,2,3!ダァーーーーーーーーっ!!!!」

可能な限りの力で右手人差し指第二関節を駆使し、私はマジックリン弾を打った。
最初の一撃こそ、やや下半身より下にズレたものの、ヤツの体に確実にかかったマジックリンの威力はすぐさま効果を現した。ヤツが大暴れしている。
しかし、人もそうであるが、ゴキもそう。
中途半端なダメージは余計に行動を混乱させ、予期しない力を誘発することがある。
ゴキは体の一部にマジックリンがかかり苦しいにも関わらず、一旦納戸の奥深くへ逃げたかと思いきや、今度は凄いスピードでこちらに向かって来た。

私は一歩さがり、狙いを集中した。第二弾を発射しようとしたそのとき、ゴキはトラップであるマジックリン豪にハマった!(ヤッター!)
そう、プランBが成功したのである。
しかしながら、ゴキも必死である。この巨大な体を手に入れるために乗り越えてきた数々の死闘の影響なのか、体が大きすぎる故のものなのか、なんと驚くべきことに、一旦ハマったマジックリン豪から脱出してみせたのである。
なんという生命力!
但し、さすがに豪の外側へと乗り超えることは出来なかったようで、また納戸のある方へと引き返した。

最後の一撃、とどめの一発が必要な時がきたことを、私は感じていた。
逃げるゴキをさらに納戸奥のコーナーに追い詰める。
もうこうなればヤツに勝ち目はない。
豊富な資源に支えられ、発せられた緑のマジックリン弾は勢い良く泡代し、どんどんゴキの体を覆っていく。
怒りと憎しみのエネルギーがそうさせるのか、もう充分であると分っていながら、大量のマジックリン弾を撃つ指を止めることができない。(まるでバスケス!)
そしてついに、ゴキはその場から動けずに仰向けになった。
薄緑の泡の中から、茶色い手足と触覚だけがヒクヒクと最後の灯火をゆらすように動いていた。

天の川銀河(オリオン腕)太陽系第三惑星地球日本国東京にて。
今、ひとつの生物が息絶え、去っていった。

LOVE&HATE、愛と憎しみは表裏一体というが、
ANGER&FEAR、怒りと恐怖もそうであることが今回の体験でよく分かった。(→ホントかよ!)

体中の緊張感が解け、怒涛の怒りは奇妙な達成感に変わった。
あれほど激しかった憎しみの感情も、今や後悔にも似た罪悪感へと一瞬の内に変化している。
果たして、自分が取った行動は正しかったのだろうか?
いや、選択肢は無かったはずだ。所詮、こうなる運命だったのだ。

自分で自分にそう言い聞かせ、ホンの数秒間だけゴキを哀れんだ。
それだけで商品がもう一箱出来るのではないかというくらいのティッシュを取り出し、ヤツの亡き骸を包む。

「二度と来るんじゃないよ…」

ゴミ箱に向けて、私はティッシュを投げ捨てた。
まるで、保安官バッジを投げ捨てたゲイリー・クーパーのように。

人には、決して引き下がることの出来ない闘いがある。
全プライドをかけ、必ず勝利を手にしなければならない闘いが!
それは、いつ何時、あなたにもやってくるかもしれない。

みなさんの幸運を祈る!

ギョッ!とするシリーズ④(東京下町) 百会のツボ(頭のテッペン)に針を打ってもらうの図。頭痛と痔(!)に効くそうな。(触覚ではありません…(^_^;)) 

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

2件のコメント

マジックリン豪って ・・・。さすが日本人! 敵を陥れるときは今も昔も豪を作るのね。
確か フライパンの蓋をかぶせて 生け捕りにした話もあったような・・・。

by kiki - 2011/06/27 1:07 AM

何やろ・・・この読み応えは!ゴキブリ退治のお話なんやけど、読んだあとのこの達成感にも似た満足感。まさかのゴキブリ脱糞攻撃(?)で、怒りが恐怖に勝った瞬間から一気にスピードアップしていく感じが面白かった!納戸の物を次々出してはゴキを探す姿が目に浮かぶようでしたぁ~♪

by umesan - 2011/06/29 11:15 PM

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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