2011-06-12
真夏の決闘 Mid NightⅢ <戦(上)>
額には、大粒の汗が次から次へとにじみ出ては頬を伝い、岩肌を舐めるように静かに首筋を流れていった。
もちろん暑さのせいでもあるが、何よりも今から我が生涯最大とも言える闘いに挑むべく、体中の血と興奮系ホルモンが全身を駆け巡っているに違いない。
恐らく、ストレスから大量発生した体内の活性酸素は、貴重なビタミンCをパックマンのように次から次へと食いつぶしていることだろう。
汗が目に入り痛い。視界もぼやけてきた。
しかしこの汗は、肉体の工場が必死に我が体温を下げるべく、水分をせっせと排出してくれている証拠であり、こんな凄い肉体という機能を持った人間である私が、あのゴキに負けるわけがない!と、かなり無理のある自己暗示で自分を励ました。
人間のいざというときのこじつけには、凄いものがある。
そしてここで、私は、もう一度この状況を分析してみることにした。
早急な対応が必要なことはわかっているが、それゆえに勝利を確実につかむためには、情熱や勢いだけではダメなのだ。
『熱い心と、冷たい頭を持て!』(@緒方貞子)
そうだ。よく考えよう。
なぜ、ゴキはこの家に侵入してきたのか?
なぜ、あれほどの小さな隙間から恐らくかなりの苦痛を超えてまで、この家に入って来たのか?(あのバリバリといった破裂音がするくらいだから相当痛みはあったと思う。 → 第一話:MidNight<侵> 参照)
そして、確実な勝利を手にするためには何が一番得策なのか?
恐らくヤツの目的の大いなる一部は、食料である。
実際に、我が家から食べものの匂いがしたのかは不明であるが、ヤツらは人間以上にその行動原理の殆どが食べ物を得るための行動であるといえる筈だ。
そして、もう一つ。ヤツは明かりに惹かれたものと思われる。
既に夜もふけ真っ暗な中、我が家のベランダに通じる扉は網戸で、レースのカーテンが半分程閉まっているだけであった。しかもパソコンをしていた私は、殆ど音もなく静かで、ゴキが警戒するような気配を感じなかったのかもしれない。
ヤツがベランダの壁沿いを移動していたとして、暗闇から突然明かりが煌々と漏れている場所に出会い、しかも音もなく静か。そうなると本能的にそこへ導かれてしまったのではないだろうか。
あの黒光りした巨大なボディから推測するゆえに、生まれてからこの方、数々の食料を我が物とすることに成功してきた、ツワモノである。
明かりのある人間の生活する場には食料が豊富にある、その気配を逃す筈はない。
ヤツのそんな都会で生きながらえてきた直感が、我が家への侵入を促したに違いない!(ホントかよ(汗))
ということは…。
今、ヤツは納戸の中にいる。
それは私が焦って、逆効果に終わった第一作戦(クイックルワイパー手元ツキ攻撃)という先制攻撃をしかけたばかりに起こった、偶発的なものかもしれない。
それに、あの納戸の中には、現在食料らしきものは何一つない。
ヤツが食べれそうなものは何もない上、特に食物の匂いもしなければ、そう長い間あの中にいる意味はないだろう。
しかも、中は暗闇である。逆に、扉の隙間からリビングの明かりが納戸の中に漏れている筈である。
すなわち、現在の状況は、先ほどベランダからヤツが侵入してきた時と似ているのではないか?
結局、目的は食料なのだから、こちらさえ気配を消して静かにしていれば、腹をすかせたゴキは他に食料を求めて、そして外の明かりを目指して、あの納戸から出てくる筈である!いや、必ず自ら出て来るに違いない!!
私は確信した。直感と言ってもいい。
「ヤツは間違いなく出てくる!」
今ヘタに動き、更に納戸の奥深くに潜りこまれてしまうのは困る。
そうなると、布団や靴箱や日曜大工道具といった、なんやかやの大物小物を一つ一つ取り出し、そのたびにヤツが挟まっていないか恐怖に震えなければならない。
同じ恐怖に震えるなら、大きなものでもいい、1回で充分だ。
『出て来ぬのなら、出て来るまで待とう、アブラムシ(←昔風の呼び名)』(@ランプ)
私は確実な勝利と短期一発決戦にかけるべく、ゴキが自ら動き出すのを待つことにした。
そしてヤツの動き次第で、その後の2つの作戦案を考えた。
○プランA(最も可能性が高く、実際に実行されると思われる現実):
ヤツが、納戸上部の隙間から扉の外側へ這い出し、充分に広い場所(壁)へ移動したところで、一気に“マジックリン弾”の大量放射を行う。
○プランB(可能性は低いが、万一に備えてプランA以外の想定として考慮しておくべき現実):
納戸の下の隙間から直接床に這い出してきた場合に備え、納戸から周囲1メートルくらいの床、半円状に“マジックリン”を噴きかけ、“マジックリン豪”を準備。
これで、ヤツが床を這って逃げようとしても、必ずマジックリンの上を通らなければならなくなり、必ずや一定のダメージを与えることが可能となる。あわよくば、そこで止まり息絶えてくれるかもしれぬ。
また、その“マジックリン豪”に辿り着く前に、ヤツが床で静止するようなことがあれば、素早く“熱湯弾”へと攻撃を変更する。
結局、私はプランAとプランBを共に実行に移すことにした。プランABである。
(なら、最初から分けなくてもいいのでは?との意見もあるだろうが、この際無視させていただく)
いずれにしても素早い判断と行動が求められることに変わりはない。
「臨機応変」「冷静沈着」「虎視眈々」「一刀両断」「勇気百倍(アンパンマン!)」「暖簾に腕押し、床にマジックリン」「人の心ゴキ知らず」「夢みるように(ゴキを)眠らせたい」等々。
古今東西の知恵ある言葉(?)を胸に、私は床に幅10センチほどの虹の形にマジックリンを撒いた。そして、額にタオルを巻き、流れる汗で視界がにじむのを防いだ。
右手にはマジックリン、左手には念のためのカビキラー、そしてコンロには沸騰したまま弱火でくすぶり続ける熱湯を準備し、いつでもマジックリンとヤカンを持ち替えられるようにした。
そして、静かに…静かに…。仁王立ちの姿勢を取り、忍耐という友を伴いながら、息を殺し、ただひたむきに納戸を睨み続けたのである。
15分ほどそうしていただろうか。
ヤツは一向に姿を見せなかった。
「(やっぱり出てこないのかな…)」
少し弱気になりかけたそのとき、突然、事は動いた。
最初は見間違いかと思ったのだが、納戸の上の隙間から、細い黒糸のようなものが揺れながらチロチロと見え隠れしている。
そのうちに、その黒糸のようなものが、少しずつ長くなり複数になってきた。
そう、触覚である。
「(キター!やっぱりな!)」
はやる心を抑え、私は気配を消したまま一歩も動かず、その触覚の動きを睨み続けた。(まるで危険信号をキャッチしようとしているアンテナみたいだ)
少しづつ少しづつ、ヤツは姿を見せた。まるでこちらの気配を探るように、少し動いては止まり、また動く。そしてまた止まり、動く、それを繰り返しながら、触角だけを四六時中ゆらゆらと動かし続けながら、ようやく全身を納戸の扉の外に現した。
一体、なんと言う用心深さだろう。
あの体のどこに考えるという機能があるのだろう。
私がゴキを始め、虫類の苦手な理由の一つが、この何を考えているのか分らないのに、確実に何かを考えている気配があるということだ。そして、人間とのコミュニケーションが全く取れないことも、彼らを理解できない要因である。
にもかかわらず、その命は、結構簡単に人間や自然、環境や天敵によって奪われたりする。
それが堪らなく恐い。(まるで、神と人間みたいだ)
もしかすると、その恐怖の根源は、虫類に見る命の儚さ加減と生命力に対する剥き出しの本能の中に、人間を含めた、生物全般の運命の本質のようなものが含まれていると感じてしまうからかもしれない。うー、恐いよぉ!
とにかく、ヤツはこちらの読みどおり姿を現した。
今のところ、私の想うがままだ!
予定通り、プランAの作戦を実行しようと私は慎重にヤツに近づいた。
一歩、一歩。マジックリンを持つ右手に力が入る。
と、そのときである。
ヤツはこちらの予想を超えた、トンでもないことをしでかしてくれたのである。
それは、私の中の「恐怖」と「怒り」を最大限に掻き立てるに相応しい、信じられない行為だった。
“人には、決して引き下がることの出来ない闘いがある”
そのクライマックスを語るのは、また、次回!
(まだ引っ張るのか~?!と言われそうですが、えぇ、まだ引っ張ります。スンマセン…(~_~;))
~次回、<戦(下)>(最終回)へつづく~
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2件のコメント
ばかばかしすぎる~! まるで SFエイリアンか物体エックスを読んでいるようだけどゴキブリとの対決だったとは・・・。
次回 早く読みたいです!
私も読んでて、エレン・リプリーが語っている錯覚に陥りましたよ。
こ、怖い・・・、ゴキよ一体お前はどうしたいんや!
どんなとんでもない行動に出たんでしょうね、ゴキは。
>マジックリン豪 (爆)笑た。
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