2011-05-30
真夏の決闘 Mid NightⅡ <抗>
しかし、古今東西、幾多の戦場において兵士たちは己の弱さと向き合い、ついに全てをかけて敵と対峙する覚悟を決めるときがある。
今、私に必要なものはそれだ。とにかく、ヤルしかないのだ。
私は、万一ゴキがこちらに襲いかかってくる場合に備えて、まずは着替えた。短パンからジーンズへ、タンクトップから長袖Tシャツへ。そして、靴下とスリッパを履いた。もちろん、その間も片時もヤツの姿から目を放さなかった。
次に、テーブルを壁際から最も距離のある対角線上へと移動させ、テーブルの上のパソコンや資料、コップやお皿をすべて片付けた。
これで、たとえ乱闘が起こっても物も壊れず、充分戦えるスペースが出来た。
そうこうしている内に、そのカブトムシ級の超巨大ゴキブリは、まるでこちらのビビリまくった心を見透かすように、ゆっくりとではあるが壁を移動し始めていた。
しかも、ヤツが移動している方向というのは、壁と並ぶようにジャバラ式の納戸があるところで、その上下には簡単に入り込めそうな隙間が開いているのだ。
私はその納戸にちょっとした生活用品、冬用の寝具や衣類、靴箱などを収納していた。
(あの納戸に入り込まれるのだけは困る!もし、あの中で卵でも産まれたら二度と布団も毛布も使えない!母ちゃんがボーナスで買ってくれた羽毛布団!それだけは、なんとしても守らなければぁっ!!!)
私の中のゴキブリ神話のひとつに、この卵を産むという恐怖があった。
小学校の時に幼馴染から聞いた話で、“ゴキブリは1匹いれば必ず近くに30匹はいる”というものと、“ゴキブリは大量の卵を産み、その卵が孵れば何十匹何百匹のゴキブリがその家に住み着き、二度と完全に退治することは出来なくなる”というものがあった。
本当か嘘かは定かではないが、とにかくその話は私の中に強烈なインパクトを与え、以降ゴキブリと言えば卵を産む恐ろしい生き物というイメージがこびり付いてしまったのだ。
なんとかヤツが移動する方向に行かせないようにしなければならない。焦った私は、思いきってゴキと納戸の間の壁を、脅しのつもりで叩いてみようと思った。そうすれば、ヤツは驚いて進む方向を変える、或いはその場に止まるかもしれない。
急いで玄関先に向かい、いつも使っているクイックルワイパーを持ってきた。
持ち手の方を先にし、短い深呼吸をしてから、意を決してその壁を叩いてみた。
ドンドンッ!
逆効果…。
身の危険を感じたのか、ゴキは急にスピードを上げ動き始め、そのまま同じ方向へまっしぐらに突進し始めたのである。
「ダメダメッ!やめろやめろ!違う!行くなーっ!そっちじゃない~~~っ!!!」
私はもはや悲鳴にも似た叫び声を発しながら、さらにクイックルワイパーで納戸の壁を叩いた。
しかし、ますますヤツの動きは早くなり、一刻も早くその隙間に逃げ込みたいと考えているようにしか見えないような素早い動きで、とうとう扉の隙間から納戸の中へと消えてしまったのである。
「ひゃあぁぁああぁ~~~っ」
私は声にならない、絶望にも似たため息をついた。
そして、この悪夢がもたらす真夏の夜の、長く激しい戦いを予感した。
既にこの時点で、ゴキが姿を現してから30分以上は経っていたと思う。
着替えたTシャツは汗でビッショリになり、ジーンズは肌に張り付きねっとりとまとわりついている。
事態は深刻さを増した。今や、着実に悪化の一途をたどっている。
さてこれからどうしたらよいのか…。
どうすればよいのだろうか…。
いや、途方にくれているヒマはない。
限られた知識と頭をフルに使い、私は頭脳戦に持ち込むことにしたのである。
ところで皆さんは、ゴキブリを退治するときに、一体どういう方法を使われるだろうか?
殺虫剤?或いは新聞や雑誌を丸めて叩き潰す?
しかし、前者はうまく命中したとしてもゴキが息絶えるまでの時間が長く、しかもその間に家具の隙間などに逃げ込み、そこで死んでしまう場合がある。回収も困難だ。
また、多くの場合、苦しみながらのた打ち回るゴキの姿を、恐怖の中で見守り続けなければならない。精神的苦痛が大きく、トラウマにならないとも限らない。
一方、後者は何と言っても至近距離でゴキと対峙しなければならない恐怖がある。
また、正確にゴキに命中させるには、こちらの運動神経や動体視力等も要求され、万一外した場合にはこちらへ向かってきたゴキが体に触れてしまうことにもなりかねない。
そうなれば多分半狂乱になり、その日一日中、いやその後何週間も不快感が取れないであろう。
そして、この方法の最も嫌なところは、退治した後、圧死し半分つぶれかけたゴキの亡骸を目にしなければならない恐ろしさだ。
さっきの卵の話ではないが、体からブツブツのような白いものが出てきたこともあるし、一度なんかは、何かは分らないがスライムのような緑色のねっとりした液体が出てきて卒倒しそうになったことがある。
(ヒィーっ!今書いていていても気持ちが悪い~(>_<))
よって、どちらの方法も個人的にはかなりのリスクが伴い、出来れば採用したくない方法なのである。
では、どうするか…。
私が近年採用し、最も有効かつ後処理の簡単な方法がある。
それは、“熱湯”である。
意外に思われるかもしれないが、もし試したことがある人がいたなら、その驚くべき効果をご存知かもしれない。
熱々に沸騰したお湯をゴキに浴びせかけると、約1~2秒で動けなくなり息絶える。一瞬である。
しかも驚くなかれ、なぜかは不明だがゴキは熱湯をかけられた瞬間、まるで魔法にかけられたように、シュルシュルと二回りほど小さく縮小するのだ。
よく、子供向けの戦隊物に出てくる怪物が、ヒーローに退治された後死体が消え、その外皮だけが残るシーンがあるが、あれによく似ている。
しかもお湯なので、縮んだ亡骸をティッシュで包んで捨てれば、後はお湯を拭くだけで床や家具にもそれほどのダメージはない。
殺傷力の上でもダントツであり、費用も無料で言うことなしだが、ただしこの方法にも弱点がある。
まず、壁にいるゴキには使いにくい。熱湯なので、壁にかけると跳ね返って、自分自身が大ヤケドをしてしまうことがあるからだ。
そして、何と言ってもお湯が沸くまで待たなければならない…。その間にヤツが逃げてしまえばこの方法は使えないのである。
それに勝負が長引いたときも、お湯の温度が下がってしまい、またコンロにかけて沸騰させねばならないといった、ちょと間抜けタイムが必要になってくるのだ。
だから、床にいる動かないゴキとの小康状態の時に、最も威力を発揮する方法ではある。
ということは、今回のケースに関してはヤツは壁面に現れた。しかもかなり天井に近い上部である。
それに、今は納戸の中に入ってしまっている。
熱湯作戦は今のところ使えそうにない。
では、もう方法はないのか?
いや、ある!とっておきの方法が!
知る人ぞ知るゴキブリ界の恐るべき天敵、ゴキ退治の真打登場、人間界の救世主。
その名は、“マジックリン”である。
こちらもご存知の方には、ゴキに対するその凄まじいまでの威力がお分かりになるかもしれない。
もともとキッチンの換気扇やコンロなど、頑固な油汚れに使用する洗剤であるが、恐らくその油を強力に分解する薬品の威力が、油の塊ともいえるゴキの体に何らかの強烈な作用を及ぼすと考えられる(←あくまで想像)。
これをゴキにかけると、アラッ不思議!どんどん弱っていき、こちらも熱湯ほどではないが、あっという間数十秒で息絶えるのである。
普段何気なくキッチンコンロの掃除に使ってはいるが、改めて薬品の凄さ・強さを思い知り、やはり取り扱いには充分に注意が必要だなと思うのである。
(だから皆さん、やっぱりマジックリンを使うときは、ゴム手袋をしましょうね)
また、同じような効果のあるものとして“カビキラー”もあるのだが、如何せんこちらは薬品の力が余りにも強すぎて、壁や床に吹き付けると後で色が変色したり、いつまでたってもヌルヌルが取れなかったりと、後処理が困るのである。
(ちなみに、“バスマジックリン”と“マイペット”に関しては、威力が弱そうなので試したことなし。もしどなたかご経験のある方がいらっしゃれば、是非その結果を教えて頂きたい…)
考慮の結果、やはり今回の場合は、“マジックリン”が最も有効かつ使いやすい対決ツールであると判断された。
急いで、洗面台の下に常備してあるマジックリンを確認しに行く。
幸運なことに、買いだめをしてある新品があった。これで、攻撃力不足といった問題はない。心置きなく攻撃に使える。
いくら劣勢でも、有り余る弾の予備に心強くなる兵士たちの気持ちが分るような気もした。
しかし、一応念のため、ヤカンにも湯を沸かし、殺虫剤とカビキラーも控えとして待機させた。
勝利のためには、“念には念を”が必要なのである。計画には必ずA以外の“プランB”が必要なのである。
いざ、準備は整った。あとは、本丸の決戦へと挑む真の勇気だけだ。
真夏の夜が、更けてきた…。
~次回、<戦> へつづく~
ギョッ!とするシリーズ②(カタール~ナイロビ) 眠りから目を覚ますと巨大なクモが私に挨拶をしにきてくれた…。
1件のコメント
やっと来れたぁ~♪と思ったら、なんじゃこりゃぁ~~~!
まさに真夏の夜の夢、いや悪夢!ゴキとの熱い戦い!
戦闘態勢の充実さには、爆笑させていただきましたよ。
ゴキは、まじで手ごわい!私も一度戦いを挑んで、真正面から逆に挑まれて、着ているTシャツの中に入ってこられると言う、返り討ちにあった
ことがあります!近所にとどろき渡るような声で叫び、父にこっぴどく
叱られるという、あの悪夢には二度と会いたくありませんね。
いやぁ、続きが楽しみですなぁ。聞かせてください、武勇伝!
しらばくお邪魔していなかった間に、いっぱい更新せれてるぅ~。
ゆっくり読ませてもらいまぁ~す。
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