salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2010-11-18
カレーなる人々 ~スパイス王国へようこそ!その② 潜入編~

その扉を開けると、「いらっしゃいませ~」という明るいテノールが響いてきた。
おにいちゃんとおっちゃんのちょうど中間あたりと思われる、頭にタオルを巻き、短パンにTシャツ姿の男性が、7・8人も座れば満席になるL字型のカウンターの中から迎えてくれた。

店内はカウンターのみだが、古い長屋とは思えないほど明るく清潔で、なにより調度品や内装の一つ一つに店主のこだわりが感じられる。決して高額なものでもないが、使い込んだ道具や家具をうまく配置し、とてもセンスが良い。
見た目はあんちゃん風だが、この店主はなかなかやるなあとお客に思わせるのに充分だ。
本棚には、漫画のほかにも、世界中のガイドブックや現代作家の本、英語のペーパーバックが並び、CDやレコードも大量に展示されている。BOSEのスピーカーからはジャズが流れていた。

うーん、もしかするとこの店主、ヒッピー崩れかもしれない。或いは、スパイスにハマり世界中をさまよった口か…。
とにかく、確かにいろいろこだわっている。さぞや、カレーの味にもこだわりがあるのだろうと、期待は否応なく高まった。

壁に貼られた手書きのメニューを見ると、ビーフ、ポーク、チキン、マトンなど、中身の肉が選べるようだ。お米も、普通盛りから大盛り、玄米か白米から選べ、辛さの調節も可能とある。チーズや卵などの追加トッピングもあると書かれていた。
先客の注文の仕方を観察しながら、いざ自分も注文しようとするが、既にカウンターは客でいっぱいになり始め、店主は先客のカレーをつくりながらの対応であり、なかなか注文を聞いてくれない。
初めて来たと思われる男性客が、店主がカレーを作っている後姿に向かって注文しようとすると、

「すみません、ちょっと待って下さいー!なんせ、1人でやってるもんだからっ!」

といなされてしまった。
そう、ここは店主がオーダーを取れる体制になるまで、客はじっと待つしかないのだ…。

しかも、カウンター内のキッチンをよく見ると、カレーを作っているフライパンは3つのみ。
ルーの大元は同じようだが、そこに注文の肉とそれに合うスパイスを、何種類も複雑に追加し、トッピングを入れ、それを丁寧に炒めて作っている。
つまり、違う種類のカレーは同時に3つしか作れない。
そして一つ出来るごとに、そのフライパンを洗い、新たに注文のカレーを作り始める。
その合間に、オーダーを取り、お客の水を継ぎ足し、お会計をし、皿を片付け、洗う。
確かに1人では大変だろう。

(バイト入れれば?)
(もうちょっとフライパン増やせば?)
(1人なのに、メニューの選択肢多すぎない?)

など、誰もが心の中で突っ込むところは多々あるが、でもこのやり方が、店主のこだわりらしい。
そして、ここからがこの店(主)の特徴なのだが…。とにかくこの店主、見ているとものすごく焦り屋なのである。忙しいのはわかるが、オーダーを取る際にも、必ず一言、

「とにかく1人でやってるもんでっ!(汗)」

「これからつくりますんで、なんせ1人だからっ!(大汗)」

と、汗を拭き拭き、目を見開き、額に皺を寄せ、懇願するような声で、何度も何度も言い訳を繰り返す。そして、あたふたと調理や片付けに入り、またオーダーに戻る。
そして、次の客に対してまた、

「とにかく1人なので、ちょっとお待ちください!1人だからっ!(大汗)」

と言い訳し、また必死で調理に戻る。その繰り返しが延々と続くのである。
私たちは、その後何度もこのお店に通うことになるのだが、いつ訪れても、その焦りの様子は変わることなく毎回繰り広げられた。本当に、毎回同じなのである。

つまり、“毎日パニック!”

しかも、カウンターの後ろにまで客が並んで待ちだすと、店主の焦りは最高潮に達し、時には新たな客が入って来そうになれば、

「1人でやってるもんで、もう一杯だからっ(帰ってくれ…)、すみません~!(大汗&大声)」

と、客を拒否するほどのパニック状態になることもある。
普通、毎日のことで、少しは状況に慣れたりするのではとも思うのだが、何度行っても、その“毎日パニック!”は同じ。
決して変わることのないこの光景は、いつしか私たちの楽しみにもなり、

「おお!今日も変わらずパニックだ。よしよし!」

と、笑いをかみ殺しながら、神妙な顔でオーダーをするのが常となってしまった(悪っ!)
客の方も困惑するどころか、恐らく店主の毎日のパニックぶりを知っているのだろう、皆素直に従う。
カウンターで待っている人たちも、遅いと怒る人は誰もおらず、自ら食べ終わった皿をカウンター奥に返したり、お会計のタイミングも、客が店主の動きのきっかけを量りながら声をかけている感じだ。

客が大人である。

よく、“客が店を育てる”というが、この場合は“客が店を見守る”が正しいだろう。
とはいっても、そこもこれも皆、その店のカレーが食べたいからである。
それほど、この店のカレーは美味しいということだ。

その日、私たちもどうにか注文を聞いてもらい、念願のカレーが目の前にやってきた。
私が頼んだのは「チキン・玄米・普通盛り・チーズトッピング・辛さ普通」。

出てきたカレーを前に、まずその凄いボリュームに圧倒された。一瞬、大盛りにしようかと考えた自分を思い出し、ギリギリのところで正しい選択をしたことに胸をなでおろした。
大きな平皿に盛られたカレーのルーの美味しそうな色!スパイスの芳醇な香りが立ち上り、胃腸がキュウキュウと栄養を欲しがる声が聞こえてきそうだ。
一口食べると、スパイスの甘辛い味ともっちもちの玄米が最高に合う。チーズもクリーミーで、お肉も柔らかく、とてもジューシー。
普通の家庭のカレーから比べるとかなり辛いとは思うが、こうした店ではこれが普通ぐらいなのだろう。(最終的に、水はデカコップに3杯は飲んだが…)
一緒に行った同僚は、ホウレン草とチーズのカレーを注文していた。緑色のルーと角切りにされたチーズの絡みが濃厚で、彩りも美しくとっても美味しそう。独特の香りで、こちらも是非食べて見たいと思った。

とにかく、噂どおりの店主のこだわり度と、その味に大満足ながらも、量の多さに、帰りはお腹を突き出しでフーフーと言いながら、新弟子の稽古帰りのような風体で会社まで帰った。
それにしても、すべてが文句なく満足に値する味だ。なぜ、皆があれほど我慢強く、待ったり並んだりするのかが充分に理解できた。是非また、行きたい!

こうして、この「おたくカレー屋」は、私たちのランチローテーションのA級クラスに入ることになったのである。

しかし、話はここでは終わらない。
ある夏の暑い午後、その事件は起こるのである…。

 (~その③嵐の予感編へつづく~)

現勤務先近くの家族経営のカレー屋(通称『身内カレー』)の“牛スジと根菜のカレー”。見た目普通ですが、美味&お通じに良し!女子にお奨めです。

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2件のコメント

おおおお、オタクカレー!食べてみたいですね。ボリュームもすごそうですね。新弟子の稽古帰りてwwww。店主のキャラクターだけでも十分見ごたえありそうなのに何が起こるのか、夏の暑い午後!

by umesan - 2010/12/10 10:57 PM

写真、おいしそう・・・

by kmy - 2010/12/10 10:58 PM

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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