2010-12-29
カレーなる人々 ~スパイス王国へようこそ! その③嵐の予感編~
それは、ある夏の土曜日のこと。仕事は休みである。
たまたま会社の近くで私用があり、友人と一緒に出かけていた。
お昼ごはんを食べようということになり、前々から、「美味しくてオタクなカレー屋を発見した」と自慢していたこともあって、友人と『おたくカレー』へ行ってみることにした。
実を言うと、本当は少しお腹の調子が悪かったのでランチの量を控えようと思っていたのだが、カレーの話が出た途端に、一瞬にしてあのカレーが食べたくなったのである。
営業しているかは不明だったが(なんせ店主の気分しだいなので…)、とりあえず近いので行ってみて、もし閉まっていれば、『夫婦(めおと)カレー』か『親子カレー』に行こうということに決まった。
お店のある長屋筋に行ってみると、いつもながらの看板が出ている。
「やってるやってる!良かった!」
「え?!閉まってるんじゃないの?看板はあるけど…」
「(ぐふふふ…、最初は皆そう思うんだよん)でもこれが、やってるんだよね~」
友人がセオリーどおりに勘違いしたのを嬉しく思いながら、いつもの暗くて細~い通路を通り、入り口扉を開ける。
「いらっしゃいませ~」
お馴染みのテノールで、店主が迎えてくれた。
店内のカウンターはほぼ客でいっぱいではあるが、ビジネス街の土曜日ということもあり、待っている人はいない。これならすぐに席が空きそうだ。
予想通り、数分で客がパラパラと帰り始め、私たちは空いたL字型カウンターの一番奥に、二人で並んで座った。
オーダーを取りに来た店主に、いつもの“ランボー孤独な戦い”のような戦場的雰囲気はなく、少しばかりの余裕が見える。
午後のピークも少し終わり、客足もそろそろ落ち着いてきているためか、必要以上の焦りはあまり見られなかった。勝手ではあるが、少し残念な気がした。
が、しかーし!嬉しいことに、いつものあの言い訳は健在であった。
「とにかくひとりでやってるもんで!今からつくるので、ちょっと時間はかかりますから~」
オーダーのメモ帳を持ちながら、額に皺を寄せ懇願するような目つき。
キタキタキター!コレコレ、コレがないとね!
友人と顔を見合わせ、笑いそうになるのを必死で耐えた。前々からこの言い訳のことも話していたので、友人も本物の言い訳を聞けて満足そうである。
でもやっぱり…。
出来ることなら、店主のあのパニック芸(?)とも言える焦りっぷりを、是非友人にも見せてあげたかったな。
ニヤニヤとそんなことを考えている間に、気がつくと友人は壁のメニューを見ながら、そそくさとオーダーを始めていた。
「えーと、私はマトンで玄米、大盛りで!卵とチーズのトッピングと、辛さは2倍で!」
し、しまったっ!
注文前に、友人にいくつかの注意を促そうと思っていたのだが、せっかちな友人はその前に勝手に注文をしてしまったのだ。
や、やばい…(汗)。
大盛りはキツイよ!しかも玄米だし。殆どもち米に近いから、お腹の膨張感は尋常じゃないのに。絶対、食べきれない可能性が高いよ!それに、普段辛いものは苦手と言っているくせに、何を思ったか張り切って辛さ2倍にしてるし!この店はただでさえ辛いのに、2倍はいわゆる普通のカレーの4倍くらいだよ。きっと大変なことになるよ~!
急いで注意しようとしたのだが、この日に限ってBGMがかかっておらず、店内は静まり返っている。しかも、店主はオーダーの終わった友人の前から、今は私の注文を待つべく、じっとこちらを凝視している。
友人は友人で、きっぱりとした決断力ただよう立派なオーダーをした自分自身を誇るように、「さあ、次はあなたよ!」的に私を見つめている。まだあのカレーの辛さと量の恐さを知らない、未知ゆえの楽観的マナコだ。
(今ならまだ間に合うけど、で、でも、どうしよう、注意するべきか否か…(汗))
「…チ、チキンカレー」
物事は、ときに流れに任せたほうが良いときもあるのである、と信じた。(→言い訳)
注文を聞き終わるや否や、店主は早速調理を始めた。
もう、元へは戻れない…。カレーの黄色いレンガの道が連れて行ってくれる世界に、身を任そう。きっと友人は、そんな運命だったのだ。そう思ってみたが、よく考えればそれほど深刻なことでもないし、まあ、頑張れば全部食べれるかもしれないしと、楽観的に考えることにした。
注文を待つ間、カウンターに置かれた食べ放題のニンジンの酢漬けをつまむ。
普段、漬物系の保存食を全く食べれない私だが、ここのほんのり甘い酢に浅く漬けられたニンジンだけは、不思議に食べれるのである。
普通カレー屋の漬物というと、らっきょうやピクルスが多いと思うが、ニンジンを使うというのもまた、この店主のこだわりなのだろう。
とにかく、こちらもカレーに負けず劣らず、いくらでも食べれるくらい美味しい。
そうこうしている内にカレーが運ばれて来た。いつもながらのボリュームと、美味しそうなスパイスの香りが立ち上る。
隣の友人のカレーを見ると、凄いことになっていた。まるで神社にある富士塚のように、こんもりとした三角錐が大皿の上に広がり、湯気がたっている。
本人もその量に驚きを隠せなかったようであるが、とにかく店内が静かなため何を言っても店主に聞こえてしまうので、黙って二人で食べ始めた。
うーん!やっぱり、美味しい!
玄米のモチモチ感が最高。濃厚な甘辛いルーとチーズを堪能しながら、ニンジン漬けもどんどん進む。隣の友人も、「美味しい、美味しい」と連呼しながら食べている。とても満足している様子だ。
やっぱりここにきて良かったなと思いながら、どんどん食べ進めた。
しかしながら、さすがにしばらくすると、食べるスピードが落ちてきた。
いつもなら、私自身は何とかクリアできる量であるのだが、やはりお腹の調子が悪いこともあり、半分も進まないうちに限界に達しはじめたのである。
ふと友人を見ると、さらにヤバイ気配がした。
あれほど、「美味しい、美味しい」といって食べていたのに、そのスピードが極端に落ちている。殆ど動きがなくなっていると言っても、過言ではない。ここに来て、やはりあの辛さが災いしているようである。
(ほれ、みたことか…)
そうは思いつつも、今は自分も人のことを心配している場合ではない。
まずは、自分自身、カレーとの戦いに決着をつけねばならない。
恐らく友人も今は私と同じ思いだろう。戦場では、誰でも孤独な戦いが待っているのだ。
私と友人は、ともに汗でびっしょりになりながらも、必死で食べ続けた。
残したい欲求はもちろんあったが、なんせ暇になり始めた静かな店内で、あの店主がじっと我々を見ているのである。精魂込めて作った我が子のようなカレーの晴れの舞台姿を、じっと見ているのだ。
これが平日の繁忙時なら、いつものパニックに紛れそそくさと席を立ち、お会計をし、店を出ることも可能だ。店主がお皿を引き下げ、カレーを残していることに気づくのは、恐らく客が店外に出た後だからだ。
しかし、今日は違う。見ている、じっと見ている。食べているところをじっとみている…。
無理だ。残すなんて、恐すぎて出来ない。友人も、同じ雰囲気を感じ取っているのだろう。
苦しげではあるが、ゆっくりと、ゆっくりとカレーを口に運んでいる。私もそれにならった。
選択肢はなかった。
今や水は、命の綱だった。デカコップの中の氷水は、何度も何度もカラコロと音をたてて、唇とコップの底を往復した。その残量が下から三分の一くらいになるたびに、店主が新たに継ぎ足してくれる。
またその行動が、我々にさらなるプレッシャーをかける。
見ている。やっぱり、見ている。じっと、食べる様子をみているのだ。
汗なのか、鼻水なのか、涙なのが分からないものが、顔中にあふれてきた。
「生き地獄」
頭の中に浮かんだ単語はそれだけだった。
そんなとき、突然店主の声が響き、我々は顔を上げた。
「いらっしゃいませ~」
小洒落た格好の30歳前後と思われる男性客が、1人で入ってきた。
カレーの神様が遣わした天使なのか堕天使なのかは不明だが、この人物の出現により、事態は思わぬ方向に向かい始めるのである。
しかし彼自身はまだこのとき、今から起こるであろう自身の悲(喜)劇を、知るよしもなかった。そしてもちろん、我々も…。(-_-;)
(~その④ 暴風の中で…編へつづく~)
勤務先近くのインド・ネパールショップのランチカレー(山芋とチキンのカレー)うまし!
1件のコメント
うう・・・カレーの大盛りはきつい!と言うか、味の濃い物の大盛りは、きついですよねぇ。
しかも普段なら、パニック状態の経営者が今日は、見てる!じっと見てる・・・。
お客でありながら、経営者に対して遠慮を感じてしまう日本人の性が憎い・・・。
さて、その新たな登場人物がどうこの生き地獄に新たな展開をしてくれるのか?
コメントする ※すべて必須項目です。投稿されたコメントは運営者の承認後に公開されます。