salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2011-10-25
『歯医者狂想曲 ~第二楽章~』

3.『優柔不断…』

いつものように、どこか新しい歯医者はないかと探していたとき、久しぶりに同級生が電話をしてきた。
話の流れで、歯医者を探していることを伝えると、

「今行っている市民オペラのサークルに、確か歯医者さんがいた筈。ちょっとオドオドした感じのおじさんだけど、同じサークルの人が『ああ見えても腕は確からしいよ』と噂してたから、一度聞いてみてあげる」

と、早速そのおじさんに話をつけてくれ、次の週末に治療に行くことになった。

自宅から電車を3本乗り継ぎ約40分。やや郊外のベットタウンといった小さな町の商店街の中に、その歯科医院はあった。
もらった地図と住所を頼りに歩いていたのだが、辿りついた所には白いタイル張りのレトロな建物が建っており、よく言えば味があるとも言えなくもない。
が、タイルの大半は薄汚れ、少し剥がれかけてもいた。かなり年季が入っているようだ。

(大丈夫だろうか…)

不安の虫が、ニュロニュロと心のなかで動き出してはいたが、もう帰るわけにはいかない。それに、紹介してくれた友人のある言葉を思い出した。確か近々、もっと大きな市の中心部にこの医院を移すと言っていたのだ。

「そんな都会に場所を移すくらいなら、かなり儲かっているに違いない。ということは患者もちゃんと来ているということだし、まあ、そう変な治療はしない筈だ…」

私は気持ちを改め、その医院へとつづく階段を上り、昭和を感じるステンドグラス風の磨りガラスが張られたドアをそっと開けた。
まさかこれから先、あんな未来が待っているとは知らずに。

「すみません…」

声をかけてみるも誰もいない。照明もすべて消えている。もう一度声をかけた。

「すみませーーん!!」

すると奥のドアが開き、スリッパをパタパタとさせて、恰幅のいい大柄な中年のおじさんが小走りに出てきた。

「ハイハイハイハイ、こんにちは…」

白衣も着ず、毛玉が大発生した丸首セーターに綿パンといった出で立ちで、まるで日曜日に近所のイトーヨーカドーへ出かけるお父さんといった感じの雰囲気である。

「あ、あの、友人の紹介で来たのですが…」

「ハイハイハイハイ、聞いてますよ~。どうぞどうぞどうぞ!」

温和な表情と話し方でとても優しそうだが、なんとなく腰が低すぎるというか、頼りなさそうにも見え、私の中の不安の虫が、またモゾモゾと動き始めた。

指定された時間は午前と午後の診療の合間で、普段なら休憩時間なのだろう。
歯科助手さんと思わしき若い女性が、「休憩中なのに…」といった表情をあからさまに作りながら、部屋中の電気をつけている。まあ、そりゃ、そうだろうなと思った。
けれど一方で、このおじさんが休憩中の時間を指定したということは、もしかすると格安で治療してくれるために、わざわざ他の患者のいない時間を選んだのかも?!それならラッキー!と下世話な想像もなくはなかった。

昭和の匂い満載の古い薄緑の治療台に案内され、促されるままに横たわった。なんだが小学校のころに通っていた町の歯医者さんを思い出した。

「ハイハイハイハイ、前歯ですよね~」

いつの間にか白衣を着て歯医者らしくなったおじさんが、治療台のライトを付け前歯を覗き込む。
そして、そのおじさん歯医者は、急に想像もしなかったとんでもないことを言い始めたのである。

「う~ん、前歯ねぇ~。前歯なぁ~、そうねぇ~。前歯の治療、僕、嫌いなんだよなぁ~。う~ん、難しいんだよなぁ~あの前の詰めはね…。苦手なんだよなぁ~。うまく出来るか、不安だなぁ~」

(ちょいちょいちょいちょい!どういうこと?)

口を大きく開け話せない私は、明らかに動揺した目つきでその歯医者を見た。
隣に立つ助手の女性も、あからさまに馬鹿にした目つきで、歯医者の方を睨んでいる。恐らく、普段からちょっとそういう扱いを受けていに違いない…

(おいおいおいおい!無理なら最初から断ってよ~!大丈夫なのか?)

変な汗が出た。ここでいっそ帰った方が良いのか?と思案し始めたが、時既に遅し。治療が始まってしまった。
いつもどおり前歯を薄く削り、詰め物をするのだが、削りの下手な医者だと麻酔をしなければ神経に触り痛くて我慢できない。予想どおり、

「痛っ!」

と叫ぶと、

「痛い?えーーー、痛い?どうしよう?麻酔かなぁ、仕方ないなぁ。麻酔した方がいいかなぁ。そうかなぁ。じゃ~麻酔しようかなぁ~」

と迷ったあげく、結局助手に麻酔の指示をした。

(うだうだ言わないで、さっさと麻酔してくれ~。恐すぎる~!)

しばらくして麻酔が効き、治療が再開された。
しかし、次の段階である詰め物の材料を選ぶ時にも、この気弱歯医者の優柔不断さは格別のものがあった。

「う~ん、色がねぇ~。合わないねぇ、これかなぁ。いや違う、これは暗いし、黄色いし、これは違うしぃ~。難しいなぁ~ふぅ~!ねえ、(←私に向かって)いつもどれしてるか、分かるぅ~?困ったなぁ~」

(し、知るかよぉ~!材料の名前と色の配分まで!!あんたプロでしょう~(>_<))

私も、隣に立っている助手も、イライライラと全身から短気虫がヤリを持って飛び出してきそうな殺気に満ちてきた。

確かに、ひとつだけ弁護するならば、この詰め物の色に関しては、初めて行く医院で必ず同じ問題が起こる。
それは、「あなたの歯が白すぎて、保険の範囲内の材料では同じような色のものがない」と言われるのだ。
これは正確に言うと、白すぎると言うよりも少し青味がかった白色のため、最も白いとされる材料でも違和感が出来てしまうのだ。
結局、仕方がないので最終的にはいつも保険内の材料の中から選んで使うのであるが、この歯医者はとにかくウンウンうなるだけで一向に決断力がない。
挙句の果てに、

「まぁ、いいかなぁ~。これで!とにかくあなたの歯が白過ぎなの!だからこういうことになるの。ね?」

と、私の歯が白い事を遠まわしに責め、勝手に自分で妥協したようだった。

あきれ返った私は、もう今回はハズレくじを引いたものと覚悟し、一刻も早くこの治療を終えで帰ろうと心に誓った。
しかし、ようやく詰め物を終え、表面の磨きを加える段になっても、その歯医者の優柔不断さは止まらなかった。

「うーん、もっとツルツルにしないとなぁ。これ(ドリルのようなもの)じゃなぁ。こっちかなぁ。こっちでやってみようかなぁ、ね?ね?(←助手に向かって)どっちがいいかなぁ」

歯医者からの問いかけを完全に無視し、その助手は事務的に研磨の道具を手渡した。
まるで、家庭で奥さんや思春期の娘に煙たがられている休日のお父さん像を見るようで、少し気の毒な気もしたが、それよりなにより今は自分の歯をキチンと治療してもらう事が重要だ。同情は禁物である。

ブツブツと不安と自信なげなコメントをつぶやき続けながらも、何とか最終段階の研磨を終えて治療が終了した。
そして、「こんなものかな~」と言う言葉と同時に、私に手鏡が渡された。前歯を確認するためである。
私は治療台から起き上がり、恐る恐る口をイーッと開いてみた。

(げげっ…(汗))

予感は的中した。信じられないことが起こっていた。
明らかに、前歯の詰め物とそうでない部分の色が全然違う!違いすぎる!!
しかも詰め物が、なんか茶色いっ!ちゃ、茶色ってどういうこと?!どう間違っても白系でしょうが?!
おまけに、舌で前歯を触ってみると、まるでまだ治療の真っ最中かと思うくらいにザラザラでガリガリの表面なのである。
あまりのショックに顔の表情がこわばり、口が利けないでいると、その歯医者が言った。

「う~ん、不満?不満そうだなぁ、その顔はぁ~。そうだよねぇ、う~ん。そうか、不満かぁ。だから苦手って言ったでしょう?う~ん、どうしよう?もう一回、ちょっと削ってみようかなぁ~」

ショックをうけながらも私もこのまま帰るのはあまりにもヒドイと思い、せめて表面を滑らかにしてくれと言い、もう一度治療台に横たわった。
しかしながら、いくら研磨しても一定のザラザラは取れず、結局、最初に治療を終えたときと殆ど変わらないまま、その歯科医院を出るという最悪の結果になってしまったのである。

さすがに申し訳ないと思ったのか、治療費は助手が「えぇ?!」という表情をするくらい安かった。しかし、最後までその歯医者は、優柔不断ながらも言い訳をすることを忘れなかった。

「歯がねぇ~、白すぎるからなぁ。まあ、こんなもんだよ~許してねぇ。」

と、丸首セーターの毛玉を揺らして、悪気の無い笑顔でニコニコと笑った。

(ゆ、許せるかいぃ~!!!知り合いの紹介じゃなければ…、こんなに治療費が安くなければ…、もっとクレーム言ってやるところだったのに~!(>_<))

私は、“身内の不幸を今さっき聞いたばかり、だからみんなちょっとどいて!すぐに、私は今すぐに、誰よりも優先されて帰らなければならないの!!”といった風の殺気だったエネルギーを全身で発しながら、帰りの電車に飛び乗った。

一刻も早く、この歯を何とかしなければ。
明日から、いや今日今からでさえも誰にも会えない!
前歯は結局、顔や髪の毛の一部と同じで、外見に直結する。こんなみっともない姿で、誰にも会いたくない!と、いい年をして半ばふて腐れ、泣きそうな気分になった。
それに、治療代が安くなるかもと安易に得をしようとした自分の行動にも、少し嫌気が差した。
やっぱり、資本主義が生きているこの国では、キチンとした料金を払って、キチンとした治療を受けるに越したことはないと改めて感じたのである。

やっと自宅の最寄り駅に着いた時には、私の決心は固まっていた。
口を真一文字に結び、誰とも口を利かず、出来るだけ気配を消して電車を降りた。
そして、その駅から見える一番近い歯科医院に飛び込み、もう一度前歯の治療を最初からやり直してもらったのである。
なんのことはない、結局治療代金はいつもより高くなってしまったのだった。
とほほ…(-_-;)

皆様も、どうぞ口伝えの「腕は確か…」にご注意を!合掌…。<m(__)m>

(~まだまだいるゼよ、ジョジョの奇妙な歯医者たちは、第三楽章へつづく~)

昔から歯の絵が怖い。特に根っこが~!(>_<) あの先は絶対どこかに繋がっていると思う、宇宙とか…。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

1件のコメント

そんな歯医者さん 絶対いやだ~!!
頼りないお医者さんって どこにでもいるもんだね。

by kiki - 2011/11/04 11:03 PM

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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