salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

〜日常は、劇場だ!〜「勝手に★ぱちぱちパンチ」

2011-09-26
『歯医者狂想曲』 ~第一楽章~

ものごごろがついた頃には、すでに虫歯があった。

親のしつけや環境のせいにすることも出来るが、第一の理由は甘いものが大好きで、小学校の高学年まで、夜に歯を磨くのを嫌がり、親の隙を見つけてはサボっていたからかもしれない。(まあ、自分のせいですな)
今では考えられないが、とにかく余り親もうるさく言わず、虫歯になって初めて泣く泣く歯医者にいくというのが当たり前であった。

少しオーバーかもしれないが、もう一度やり直せるなら、乳歯が生え変わった頃にもう一度戻り、徹底的に歯磨きを行い、丈夫で虫歯のない人生を送ってみたい。
というのも、今後一生、私の人生において歯医者との関わりなしには生きていけない事情があるからである。

それは、まだ私が大学に入りたての頃であった。
ある時、自宅で鍋を食べていて、カニの身を取りだそうと必死で足を割ろうとしたのだが、全然割れない。一応、包丁で切り込みは入っているものの、堅くてどうにも出来ず、思い切って噛んでみたのである。
(噛むか?普通!とよく言われるのだが、噛んでしまったものは仕方ない…(汗))

すると、両方の前歯が仲良く欠けた。
元々虫歯化していたのかもしれないが、歯の中が空洞のようになっていて、前歯二本の表側四分の一ずつ位が欠け、裏側も少し欠けた。
翌日すぐに友人が紹介してくれた歯医者へ行ったのだが、悪いところを削り詰め物をするだけでいいという。
抜いたり、削って表面にプレートのようなものを着けるのかと覚悟していたのだが、正直ホッとした。
ただ、奥歯と違い目立つ前歯のため、表面はよりキレイにプラスチックでコーティングし、磨きあげる必要があるらしい。

しかしながら、これがかなりやっかいな作業なのである。
まずは前歯の表面を削り、詰め物をし、残っている歯との隙間を埋めた後、表面のプラスチック樹脂のようなものを磨く。
この時、表面の詰め物は私の歯にあった色を選び、うまく見た目の違和感を取り除きつつ舌で触れても全くわからないくらいのなめらかな歯に仕上げなければならない。
微妙な技術とセンスが要求され、歯医者によって仕上がりに結構な差が出る治療なのだ。
逆を言えば、歯医者の腕の見せ所とも言える。

また、詰め物は少しずつだが、お茶やコーヒーなどの色素をためていくので、約1年前後で新しいものに交換しなくてはならない。
「そろそろ色の違いが気になってきたな…」と思うと、歯医者の予約を入れる。
といったことを、結局10代の終わりから延々と繰り返しているのだ。
通い慣れたところやお気に入りの歯医者があるときはいいのだが、引っ越しや担当の先生が辞めたなど様々な理由で、歯医者を変えることも少なくない。

幾多の歯医者を渡り歩き、色々な思いをしてきたのだが、ここではいろんな意味で!記憶に残る、個性的な歯医者たちを紹介してみたいと思う。

1.『うがい薬…』

前歯欠け事件のあと、最初に行った歯医者(前出の友人の紹介してくれた歯医者)はとても良かった。
年輩の院長とベテラン衛生士がキビキビ働き、研修生も沢山いたりして、大きな医院の割には治療費もとても安かった。良心的である。
しかし、いつの頃からか少しづつ歯科医の数が減り始め、気づけば院長只一人。
なんらかの内部抗争があったのか、独立した歯科医がごっそりと上客を持っていき経営難になったのかは定かではないが、治療の後に必ず電子水のような特殊なうがい薬を買わされるようになった。
ちょっとおかしいなと疑問に思っていたのが、まあ気にせず通っていた。

そんなとき、ある日急に顎が傷みだし(俗に言う「顎関節症」)とりあえずその歯医者に相談に行った。しかし、院長は首を傾げるばかりで、痛がる私をよそに、結局気のせいということにされてしまった。もちろん、治療もなかった。
挙げ句の果てに、支払いの時に例の電子水うがい薬を支給されたため、さすがの私も、

(うがいで顎は治らんわー!(>_<))

と心で叫び、その日を境にその医院とは縁を切ったのである。
(結局、総合病院の口腔外科に行き、自然治癒となった…)

2.『ドS…』

次に出会ったのは、歯科技工士の知り合いから聞いた良い歯医者があると、友人が紹介してくれたところだった。
友人曰く「歯科技工士が良いという歯医者こそいい材料を使い、治療技術も高い良い歯医者だ!」とのこと。しかし、友人はその歯医者には行ったことはないと言う。
なるほど、確かにそうかもしれない。
私は安心してその歯医者に向かった。なんの心配もなかった。なんせ技工士の折り紙付きなのである。
しかし、その期待は甘かった。
なんとそこは、可愛い子供グッズが散らばる家庭的雰囲気とは真逆の、ドS歯科医がいる歯医者だったのだ。

この時、私はすでに立派な大人であったが、訳あって父親の扶養家族に入っていた。
なので保険証の本票は父が持ち、必要な時は取りに行っていたのだが、緊急の時のためにそのコピーを所有していた。
たまたま都合がつかず、とりあえず最初だけなら大丈夫だろうと(まだ時代は優しかった)保険証のコピーで訪れたのがそもそもの間違いだった。

その歯医者は30代後半~40代初めで、細面の顔に尖った顎、銀ブチ眼鏡をかけ、いかにも神経質そうだった。
そして、私が望む治療や、現在の歯の状況や治療履歴を何も聞かず、開口一番こう言った。

「コピーで電車に乗れますか?」

「は?」

「だから、あなたね。定期券のコピーで電車に乗れるのかっ?ていう話ですよっ!」

「はぁ…」

保険証のことを言っていると分かるまでに、数秒かかってしまった。
つまり、保険証のコピーに対して、文句を言っていたのである。
コピーがダメなら、最初の受付のときに断ってくれればいいものを、私はすでに治療代に横たわり、胸には赤ちゃんエプロンのごときよだれかけが既に装着されている。
仕方がないので、

「ちょっと父親と離れているもので、次回必ずお持ちします…」

と、まるで客とも思えない下から目線で、とりあえず謝った。
すると、歯医者はさらにこちらに対して強気になったのか、矢継ぎ早に質問を始めた。

「社会人なのになぜ扶養家族になっているのか?」
「住所が遠いのになぜここに来た?」
「何時に起きた?なぜ朝一番の予約を取ったのか?」etc.

仕方なく、扶養家族であることには事情があるが全く問題ないし、ここに来たのは近くの友人の家によく泊まるので、朝イチでたまたま近いここに来たと、適当なことを言って誤魔化した。…つもりだった。
すると、またその歯医者は、

「その友人とはどういう関係?」
「その友人はどんな仕事をしているのか?」
「そんな頻繁に友人宅に泊まって、親は何も言わないのか?」etc.

と、どんどんドンドン保険証とは全く関係のないところまで質問が及んできたのである。
恐らく、保険証の有効性や支払能力のことを心配しているのだとは思うが、それにしても聞き方が患者相手とは思えない。

もう結構です!と立ち去ろうかとも思ったが、ここで出て行ってしまっては、まるで本当に保険証に不備があるようで、ちょっと悔しい。
それに、もちろん言い方は腹が立つのだが、ここまで強気で相手に好かれようともしないこのオヤジさん(今思うと十分若い)の治療とは、一体どれほどのものなのか。
よっぽど自身の腕に自信があるのか、それとも単にドSなだけで、大した腕もない意地悪オヤジなのか、本当のところを確かめてみたい!
と、いつものできるだけややこしい方ややこしい方へいく性分がでてしまうのである。

(なんとしても、このオヤジさんの治療を受けてやろう)

私は懸命に誠実さをアピールしながら、尋問に耐えた。
そして、前歯の色の変わった部分の張り替えを希望していることを必死に訴えた。
すると、最後にはそのオヤジさんは、仕方がないから今日は治療してやるか!的態度で「ふんふん!」と顔を横に揺らし、ようやく私の歯を覗く体制に入ったのである。

しかし、ここからがそのドS歯医者の本領発揮であった。
まず、私が前歯の治療のことを「張り替え」と言ったことを指摘し、この治療は「詰め替え」という言い方が正しいものであり、決して「張る」訳ではない!と強調した。

(どっちでもええがなー!)という心のツッコミは封印し、

「そうですか、すみません。では、詰め替えお願いします」

と、またも下から目線で言い直した。
すると、そのドS歯医者は私の前歯を見るなり、こう言い放った。

「あなたの前歯は残念です!」

(は?残念って…なんだ?)

歯医者は続けた。

「なぜなら、前歯の目立つところだから、詰め物に不自然感が出たり色が変わるのはどうしようもない!歯を削って上からプレートを張る方がいい。毎回毎回詰め替えるよりは、思い切って削りなさい!」

と、いきなり歯の表面の見本を出してきて、結構な金額の治療を勧めてきたのである。
しかしながら、私は知っていた。
以前の歯医者で「できるだけ歯は削らない方がいい。無理に削らず、詰め替えてキチンとすれば日常生活には問題がないからね。むやみに削ろうとする歯医者は信用ならないよ」と、ある医師に教えられていたのだ。
よって、もちろんその意見を聞き入れるつもりはなかった。いくら残念な歯でも、歯は歯だ。まだ生きている!
ここは一つ、また下から目線で乗り切ることにした。

「そうですね。それも考えますが…。今回はあまり治療費がないので、従来通りの、詰める!治療でお願いできないでしょうか?」

歯医者はまたもやふんふん!と言う顔をして、仕方がないから言うことを聞いてやろうかというような態度で、従来どおりの治療をしてもらうことになったのである。
しかしながら、この歯医者のドS度は、言葉だけでは収まらなかった。

経験がある方はお分かりになるかと思うが、前歯の治療は口を普通に大きく開けるだけではでない。上唇を綿やプレートのようなもので前歯の歯茎の上まで強制的に開けて治療するのだが、ここの器具はヒドかった。
自動的に10センチくらいの円状に広がるプラスチックの輪っかを、何の説明もなく口につっこむのである。
押し上げられた唇が鼻を持ち上げ、顔の下半分が見事な円の形に開いた口となり、にわかに懐かしいあのアニメ、ハゼドンのような風体になる。
しかも、各治療台の間に仕切りやカーテンもなく、入り口からも丸見えで、名前を呼ばれて院内に入ってきた人たちは、いきなり治療代にそっくり返ったハゼドンの姿を眼にすることになる。
殆どの人が、ギョッギョー!(@さかなくん)と驚き、な、何も目に入ってませんよ~私なにも見てないからね~的遠いまなざしで、静かに顔をそらすという大人の対応を余儀なくされるのである。

顔をそらしたいのはこっちだよ!と思いつつ、どうにもならない格好で、私は前歯の詰め物が乾くまでの十数分、そのまま放置された。
あまりの恥ずかしさに頭に血が上りそうであったが(実際に治療台が水平に近い倒され方のため、物理的にも血が上ってる…(汗))、私は耐えた。そう、幼いころの妄想に逃げこんだのだ。

「今、自分は小学生だ。いつもどおり仕方なしに虫歯の治療に来ているんだ。これが終われば、かあちゃんにプッチンプリンを買ってもらう約束をしているんだ。だから、もう、もう少しの我慢だ。もう少し我慢すれば、晩御飯の後にプッチンプリンが食べれるんだ!」

小学生なら恥ずかしい姿を見られても、子供だから大丈夫。
晩御飯の後のプッチンプリンで、つらい事もすべて忘れる筈だ。
そんな、意味不明な理屈で、私はなんとかこの時間を乗り切り、治療を終えたのだった。

そして、肝心のその治療の腕であるが…。

特に可もなく不可もない、極々普通の出来栄えであった。
なんだ、これなら最初から我慢せず、さっさと帰ればよかったと思って後悔したが、まあ普通に前歯が出来たので良しとしよう、貴重な経験も出来たしと、自分なりには納得したつもりだった。
が、しかし、なんとこの治療のあと、たった1週間でその詰め物は壊れたのである。
う、腕もないやーん!!!(>_<)

後日、この歯医者のことを知人に話すと、
「私の知り合いも、その歯医者でケンカして、途中で帰ってきたと言ってたよ!」
とのことだった。
う~ん、やっぱり他の人にもドSな態度は同じだったのかと思わなくもなかったが、後のフェスティバル(@Mr.S)。
いずれにせよ、その医院から、多くの患者の足が遠のくのは避けられそうにない、と思うのであった。合掌…。<m(__)m>

(~まだまだ序の口、ジョジョの奇妙な歯医者たちは、第二楽章へつづく~)

昔は本当にこういう虫が口の中にいると思ってた…(フリーイラスト集より)

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

2件のコメント

虫歯菌って 赤ちゃんの時に親や周りの大人とのキッスなんかでも移るらしいから 歯磨き以前の問題かもね。

私の知り合いの70代のおばあさんも歯医者さんに通っていますが、毎回楽しみにしているのは院長先生ではなく、その息子さん先生に治療してもらうことだそうです。

年をとると問題は治療の質ではなくなるのかなあ・・・。

by kiki - 2011/09/26 4:13 PM

「あなたの前歯は残念です」←めっちゃ爆笑
『張り替えではなく、詰め替えです」ってどうちがうねん?
昔、私も某病院で『どうしたのですか?どのように痛むのですか?』と言われたので、
『胃が誰かに握られているように痛むのです』というと、
『あなたは胃がどこにあるか、正確にわかるのですか?』と言われました。
あの時はマジで頭から湯気が出たわぁ(笑)

by mamamiyu - 2011/09/26 10:31 PM

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アラキ ランプ
アラキ ランプ

東京在住。映画と文学と旅行が好きな典型的文化系社会人。不思議なものと面白いものに目がなく、暇があってもなくてもゆるゆると街を歩いている。そのせいか3日に1度は他人に道を聞かれる。夢は、地球縦一周と横一周。苦手なものは生モノと蚊。スナフキンとプラトンを深く尊敬している。

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