salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

白線の裡側まで

2011-07-25
なでしこのあきらめない信念
あきらめる勇気

ありがたくも忙しいことになかなかコラムを書けずにいたら、書こうとしていたネタの旬を逃してしまった。というのは、身近な人たちの間では“おーちゅん”の愛称で親しまれているわたしの暮らしのパートナーの再就職が決まったので、その約1ヶ月間にわたる「わが家のハローワーク物語」を書くつもりでいたのだが、何てことはない。ヤツがどれほど忍耐強く、下を向くことなくひたむきに努力を重ね再就職を勝ち取ったにせよ、わたしが就職内定の報せに思わず自転車を飛び降り「マジで!?」と歓喜の声を上げるほど感動したとしても、「なでしこジャパンW杯優勝」のビッグニュースを前に「おーちゅんのハロワーク物語」は、どう考えてもボツであろう。
この、何と言えばいいのか、自らは何ら意図することもなく、自分のまったく預かり知らぬところで、何の落ち度もないにもかかわらず、残念な役回りを与えられてしまうこの感じ。たとえば、居酒屋の付き出しが自分だけショボい、空港の荷物が自分だけ出てこない、あるいは、自分がオーダーする料理がことごとく品切れだったり、ある日の食卓では、あさりのみそ汁をすすれば自分だけジャリっと砂を噛まされる、万願寺とうがらしの煮物をいただけば自分だけ辛い目に合う。そういう何かはわからないが何となく“持ってない” この感じ。おわかりいただけるだろうか。そう、それがおーちゅんなのである。

ということで、おーちゅんの話はこの辺にして話題はガラリと上向き「なでしこジャパン」へ。氷河の一滴岩をも砕くがごとき、ひたむきな努力の末に勝ち取った女子サッカーW杯の優勝カップ。女子サッカーの多くの選手は、男子に比べれば年収も低く、サッカーの練習だけに集中できる環境にはない。結果を出さなければ、人気がなければ、観客もスポンサーも集まらず生活もままならない。バブル後の不況で企業スポンサーが次々撤退し、所属チームが消えていく中、「女子サッカー」そのものの存続さえ危ぶまれる時期を、なでしこたちは耐え抜いてここまで来た。多くの選手たちはスーパー・居酒屋・工場などのバイトと掛け持ちながら、それでもあきらめなかった。いや、中には、経済的にも精神的にも追い詰められた状況で、あきらめざるをえなかった選手・仲間もいたことだろう。戦争中の宝塚歌劇団の物語でも映画フラガールでも、貧しさや家庭の事情で、夢をあきらめるしかなかった友と、その友の分まで何が何でも夢を叶えてみせると誓う女性たちの友情と希望が描かれている。

たとえ苦しくても、わたしはまだサッカーを続けられる、練習ができる、舞台に立つ夢を持ち続けられる。そんな自分と同じ気持ちを持ちながらも、あきらめざるをえなかった仲間がいる。だから、自分はあきらめない。それが唯一、そうしたかったのにそうは生きられなかった友や仲間に対する誠意というものだろう。「あきらめない心」というのは精神力の強さうんぬんではなく、友情、恩義、責任感、未来へつなぐ使命感。いわば、自分以外の人の心をどれだけ強く自分のものにできるかにかかっているのかもしれない。
「わたしたちは結果を出すしか道がなかった」という澤選手の言葉には、結果を出さねば先がない女子サッカーの現状に対する悔しさ、葛藤、ジレンマが滲む。でも、だから、今ピッチに立てるわたしたちがやるしかない。
でないと、一生悔しいまま終わるのみ。五輪・ワールドカップで優勝を果たさなければ自分たちに明日はない危機感との闘いが、彼女たちの精神力を強く、太く、しなやかに鍛え上げたことは確かだろう。

ただ、どうだろう。言わなくてもいいことをあえて言わせてもらえば、もし、なでしこたちが、グラビアを飾るようなセクシー美女軍団か、あるいはスポーツ選手にしては可愛すぎるドリームガールズであったなら、結果を出すまでもなく注目を浴び、世間は萌えに萌えて盛り上がっていたはずである。それこそビーチバレーの浅尾美和やバドミントンの小椋&潮田、あるいはカーリング娘たちのように、「世界一」まで届かずともメディアに取り上げられる機会には恵まれたに違いない。わたしは、それが女性蔑視とも女性差別とも思わないし、むしろ女性の方が世に出る選択肢、打って出る手数が多いということだと思う。ただ、これが下手に「なでしこジャパンが可愛すぎる件!」みたいに騒がれ、なでしこリーグはファンたちで埋め尽くされるような日常であったなら、もしかしたら今の「なでしこジャパン」はなかったかもしれない。なぜなら、選択肢が増えるというのは逃げ道が増えるということでもあるから。たとえばモデルやタレントになってそこそこ活躍できたり、次から次へ言い寄ってくる男性がいるとか、この道以外にもそれなりに自分らしく生きて行けそうな道があるとなれば、ついつい逃げたくもなる。たとえ逃げたとしても「幸せならいいじゃないか」と大目に見てもらえる。それもまた女性の特権なのである。

澤選手は、かつて米国プロリーグ移籍中、連邦政府エージェントのアメリカ人男性との結婚を決意していた。が、日本女子サッカーの低迷を救うため、結婚を断念し帰国。相手の男性も「きみがサッカーをやめて、専業主婦で家にいる姿は似合わない」と、結婚して米国で暮らす意志を固めかけていた澤選手の消えかけていたサッカーへの情熱に、再び火をつけたのも彼だったという。サッカーと共に人生があるような、あの澤選手でさえ「サッカーは、もういいか」と、あきらめた瞬間があったのだ。わたしは、そのことに同じ女性として深い共感を覚えた。

けれどそこで、自分は何のために米国へ来たのかと自らに問い直し、恋人とは別れ、日本女子サッカーのリーダーとして五輪出場を果たすところが澤選手の秀でた才覚である。恋も仕事も結婚も子どもも、幸せな家庭もステキな暮らしも、自分だけの自由も自分らしい生き方も何もかもあきらめないのが良しとされる今の時代に、サッカーをあきらめないために結婚をあきらめる。一生あきらめるというわけではなくとも、その時、あきらめることが心の向きとして大事なのだ。そんなまさに大和撫子と呼ぶにふさわしい澤選手の慎ましき覚悟に、あきらめないというより、あきらめる勇気をもらったわたしである。

何と言っても、今の苦しみが楽になると見れば、すぐに逃げるわたしである。だいたい自分が澤選手の立場なら、相手の男性にそんなことを言われても「わたしがいい言うてるからいいねん!」と、さっさと結婚しているに違いない。で、いざ専業主婦の生活を3ヵ月くらいこなした後「やっぱり、わたしにはサッカーしかない!」と別れを切り出すのは、自分の過去の経験からしてそうなるに違いない。
「だから最初に言うたやないか!」「そんなもん、やってみなわからんわ!」と英語でやいやい言い争った挙げ句、捨て台詞の1つでも吐いて日本に戻り、またイチから、チームを探すところからやり直すのがわたしのお決まりのパターンであるからして、わたしの場合は、とにかく逃げ道を塞いでおかないといけないのである。

たとえばわたしが今、自分が稼がずとも何不自由なく暮らせる甲斐性マンと一緒だったら、これほど仕事に心血注げるか、この年齢でまだ「書いて食べていける人間になりたい」と本気であきらめず思い続けられていられるか自信がない。たぶん、仕事はそれなりに続けているのかもしれないが、今ほど死に物狂いで「何でもやらせてもらいます!」とがっついていないだろうし、ましてやこのwebマガジンを創ることもなかったかもしれない。

そういう意味では、日々、油断できない、安心できない、何がどうなるかわからない不透明感をことあるごとに漂わせ、自分ひとりでは持ち続けられない危機感を与えてくれるパートナーの存在は、なかなかどうして小さいようで大きいのである。何しろ、ただそこに居るだけで、逃げ場をふさぐ要塞の役目を果たしてくれているのだから。

米国との決勝戦、引き離されても追いついて、最後の最後まで「勝利」をあきらめなかったなでしこの選手たちは、「あきらめる」ということなど端っから「あきらめているわ」とでもいうような清々しい闘志を見せてくれた。では、自分のような並みの人間が「あきらめない信念」を保ち続けるにはどうすればいいのか。それは、決して「大丈夫」とは思えない、あきらめようにもあきらめさせてくれない相手とペアかチームかタッグを組むことである。そうすれば、いやでもあきらめられない。少なくとも自分のように、小学校6年間、通知表につねに「あきらめが早すぎる」と書かれていたような人間は。

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1件のコメント

私のパートナーは一瞬しっかりしているように見えるけれど、
ノーテンキプラス思考南国風貯蓄蓄財なしマイペースな自由人なので、私もパートナーの支えあって、私が働かないで誰が働く?と思わせて貰っています。
人生に遊びがあるというか、余裕がないのに余裕タップリな感じがこれまたムカっとする時もあり…(-。-;
でもまぁ、二人ともガツガツしてたら、きっと疲れてしまうでしょうし、ちょうどいいパートナーなんですよね、きっと。

by リタ - 2011/07/29 4:04 AM

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Ritsuko Tagawa
Ritsuko Tagawa

多川麗津子/コピーライター 1970年大阪生まれ。在阪広告制作会社に勤務後、フリーランスに。その後、5年間の東京暮らしを経て、現在まさかのパリ在住。

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