salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

白線の裡側まで

2013-02-14
イングリッシュ・インポッシブル
大阪弁の壁。

巷の某IT企業などでは、「社内公用語は英語」「英語の出来ない社員はクビ」など、世知辛いグローバル化が叫ばれて久しい昨今。もちろん、「ない」より「ある」に超したことはないのはお金でも何でも同じで、英語が話せないより話せた方がいいとは思う。が、話せないことがそれほど罪だとも悪だとも愚かだとも恥だとも思わないし、個々人の必要性に応じて取り入れればいいだけのものだという完全に開き直った考えから、わたしなどはまったく話せないクチである。

仕事で必要に迫られることも、外国の方と接することもなく、留学やホームステイの経験もなければ、海外の友だちなど1人もおらず、さらには海外旅行に行くチャンスも人一倍乏しく、この先、日本から一歩も出ない一生を送ったとしてもさほど苦ではなく、いまだに、何かの拍子で友だちがふと英語でしゃべっているのを見ると「あんた、英語話せんの!?」と、時代遅れの衝撃に目を白黒させてしまう旧いタイプの日本人である。

ところが、ほんと人生何が起こるかわからないものである。英語はおろか、外国人とのコミュニケーションすら「ありえない」このわたしが、つい最近、日本語が話せない外国客のガイド役として孤軍奮闘、悪戦苦闘を繰り広げるという自分史上前代未聞のシチュエーションに陥った。なんだろう、初めてペリーの黒船を見た漁民の驚きがどれほどのものだったか、ちょっとわかった気がした。

それこそ英文でメールが届く度、「うわっ、来た!」とあわてふためき、ただ「待ち合わせ」の時間を決める程度のメールのやりとりだけでも「キャッチコピー」をひねり出す以上にもがき苦しみ、会ったら会ったで、言いたいことも聞きたいことも何一つ「英語」にできない悔しさ、もどかしさ、情けなさに苛まれながら、ひたすらヘラヘラ笑うしかない、笑えなさ。おそらく相当量、言いたいことを溜めすぎたせいだろう。朝起きると、目の下の毛細血管が所々ぶちぎれて、目の周りに内出血の赤い斑点がいっぱいできていた。どうもわたしというヤツは、食べることより、むしろしゃべることで、生かされている人間なのだと、あらためて思い知らされた気がする。

ただ、2日、3日と、まったく言葉が通じないまま一緒にいるうちに、だんだんその「通じない」ことに慣れてくるというか、どうでもよくなってきた。大体からして、なんでわたしばっかり、できもしない英語を必死で使わなければならないのかと、追い詰められると柄の悪い開き直りに至るわたしは、普段の関西弁に所々、英単語を交ぜるRIMIX英会話を考案。「so, so,せやな(そうだね)」「なんぼなんでも(いくらなんでも)、can’t, キャントやわ」「あかん、あかん、don’t, ドントやで」「「However、ゆうてもな」「まじで!? すごいやん、really greatやわ」などと、使い慣れた大阪弁を組み合わせることで、言うに言えない苦しみは随分緩和された。
ただ、救いだったのは相手の外国人が気徳というか奇特な人で、そんなわけのわからない粗末なちゃんぽん英語にも困惑することなく、終始ハッピーなハイテンションをキープしていたことである。自分だったら日本語がわからない外国人と一緒に行動を共にするなど考えられないのに、そんな疲れることを自ら進んで楽しもうとする西洋的な社交精神、オープンマインドにあ然とするというか何というか、「あんたも大概ヘンタイやな・・・」と妙な親近感がわいて、だんだん面白くなってきた。

下手に話が通じると、言葉ひとつ、言い方ひとつでその人の思考を推し量り、「クチではそう言ってるけど、内心はこう思っているんじゃないか」などと腹を探ることに神経を費やさなければならないのだが、はなっから言葉が通じない相手だと、言い方が気に食わない、返しがしょうもない、話がおもんない(面白くない)、話にオチがない、言葉に重みがない、説得力がない・・・等という辛辣な忖度をいちいちしなくてもいいのは、確かにラクといえば楽である。

何しろ、わが家の喧嘩の理由NO.1は、相手の「言い方が悪い」「言葉の選び方がまずい」「リアクションが薄い」だったりする。おそらく日本人同士だと、あたりまえに言葉が通じるので、それ以上の寸分違わぬ以心伝心を求めてしまいがちである。相手は自分とは別の人間であるということは頭ではわかっていても、日常的に同一視してしまい、「これだけ一緒に居て、まだわからんか!」と自分本位の怒りに逆上することしきりである。 そう考えると、「わかり合えない」ことを前提とした国際カップルの方が、もしかしたらムダな衝突は少ないのかもしれんなぁと、たった5日間の国際交流だったが、今までにない視点が持てたような気がしないでもない。
まあ、だからといって、自分の世界が広がったというようなことはまったくないけれども。

とにかく、英語でしゃべらナイトなコミュニケーションでつくづく痛感したのは、骨の髄まで染みついた自分の大阪弁、大阪弁思考のめんどくささである。今回、何が悔しかったか。それは、相手の話に同意と肯定しかできない自分に対する歯痒さ、もどかしさ。何しろ、自分が人と会話をするときには、「せやけど」の否定が欠かせない。むしろ、否定することからすべては始まるといっていい。

そこから、「あんたが言いたいことは、こうこう、こういうことでしょ?」の解説を試み、「ということは、今の話は、本心とは違うのではないか?」という逆説、決めつけ、極論、そこに「なぜなら」の論考を裏付ける自前のエピソードを挟み込み、「ひとり再現フィルム」的なベタな小芝居を織り交ぜながら、ようやく「ほんまや!」「せやろ?」「せやわ!」となるのが、わたしが愛してやまない「しゃべくり」(conversation)なのだ。
それが、相手の話にただ「ふんふん」と頷いて、「すごいね」「素敵だね」「面白いね」「びっくりだね」などと、言っても言わなくてもどっちでもいい感想だけを述べて終わっている自分の“おもんなさ”が、どうにも恥ずかしく、いたたまれず、いっそ消えてしまいたいほどだった。

それこそ、「なんか、おもんなくてごめんな。ほんまに恥ずかしいわ」という気持ちを、英語でどう言えば良いのか。「I’m sorry for not interesting you. really ashamed」などと、なけなしの単語力を駆使して、自分で自分に「おまえ、そんな大人しいヤツと違うやんけ!」とつっこむような気色悪い気恥ずかしさを伝えるも、ただ単に「shyな人」と勘違いされてお終いだった。
そもそも、その「shy」という、繊細な恥ずかしがり屋さん的なもったいぶったヤツが一番嫌いな自分なのに、そんなしゃらくさい表現でくくられてしまうのは我慢できないとか、そういう自分のめんどくさい心の機微を伝える英語が、悲しいかな自分にはない。伝える術を持っていない。まるで「だけど僕にはピアノがない〜♪」どうしようもない糞詰まり状態の日本人相手に、なぜ彼は「enjoy」できたのか、いまだに意味が分からない。

でなわけで、そんなこんな終始、ボケられもせず、ツッコむこともままならず、気の利いた皮肉もイヤミも毒も盛れない「会話」のしんどさ、苦しさを初めて知ったわたしの異文化コミュニケーション。その後、「中二の単語力で面白いほどスラスラ話せる」英会話集などを買い込んでみるも、そこでまた余計な考えが浮かんでしまう。

そもそも、わたしは英語が話したいというより、英語で「しゃべりたい」わけである。それこそ、普段自分が大阪弁でズバズバ&ねっちょりしゃべり倒して笑いこけてるほど「しゃべりたい」。となると、「日常会話レベル」どころか、何かひとことクチにするたび「笑わな殺すぞ」みたいな勢いでHIPでHOPなジョークを飛ばす黒人ネイティブに匹敵する我流アレンジのきつい英語力が必要なのではないか。
と思うと、食ったうどんを目から出す方が簡単なような気がして、早くもあきらめの境地である。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

3件のコメント

初めてお便り失礼します。
武蔵野市在住、神戸出身、45歳、男、既婚、子供なし、建築関係…です。
先生のコラムにハマり、最初まで遡りまた戻るを繰り返し、いつも楽しみにしてましたが、ここ数ヶ月コラムが更新されず、さみしいやら、日々物足りないやらです。
大阪帰っちゃったのか?体調崩しておられるのか?こんな世の中嫌になったのか?
など、大きなお世話と知りながらも気持ちの置き所に困り、コメントしました。

先生〜!
一ファンとして、いつでも、どんなカタチでも、また鋭い文章に触れる機会楽しみにしてます。

by 井上 - 2013/07/09 5:07 PM

リツコさん、まだ全部読んでませんが、パリに来る事になったいきさつとこのポストを読み、とても楽しませて頂きました♪

私は大阪出身じゃないけれど、いつもの自分らしい会話ができない不満・苛立ち、自分という表現ができないむなしさというのをパリに来たばかりの頃経験したので、とっても同感です。後々周りの人に、言葉の面で何がつらかったかと聞かれる度、ジョークを飛ばせない事だった、とかよく言ってました。

未だにどれ程周囲に理解されているかはまあ不確かですけど・・・。

じゃあまたギャラリーで会いましょう~。

by メグミ - 2013/11/11 1:06 AM

メグミさん 読んでいただけたとは、恐縮です。。。とにかく本来ならば「パリにいるような奴じゃない」という私の素性をわかっていただけて良かったです(笑)また、ギャラリーで!!

by Ritsuko Tagawa - 2013/11/11 9:26 PM

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Ritsuko Tagawa
Ritsuko Tagawa

多川麗津子/コピーライター 1970年大阪生まれ。在阪広告制作会社に勤務後、フリーランスに。その後、5年間の東京暮らしを経て、現在まさかのパリ在住。

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