salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

白線の裡側まで

2012-11-6
「ハシシタ」ー言論の自由の本性

それにしても、それはない、週刊朝日。自分から殴り込みかけといて、相手が出てきた途端あっさり謝罪、白旗上げて「連載打ち切り」。相手が取材拒否を言うのなら、国民の「知る権利」を侵害する市長に対して、テレビ新聞マスコミ各社結託して取材ボイコットでもすればいいのに。例の記者会見でも、「血脈主義を肯定するのか」「100%資本の親会社、朝日新聞社に責任を問う」と例によって例のごとくしつこくネチネチまくしたてる橋下市長に一方的に指導を受ける予備校生みたいな大手新聞記者の姿がひどく情けない印象だった。

一連の騒動で完売御礼となった問題の「週刊朝日」だが、わたしは、発売日(10/26号)当日の朝、タバコを買おうと立ち寄った駅の売店で運良く手に入れ、通勤ラッシュのぎゅうぎゅうの車内で身をよじりながら、一気に読み干した。まずもって、わたしは、そのタイトルのタブーを逆手に取ったインパクトに、興奮した。同時に、久々に訴えられることくらい覚悟の上の週刊誌ジャーナリズムの気迫と意気込みに、小躍りした読者の1人である。
なぜなら、今日を限りに「週刊朝日」ではなく「週刊ハシシタ」、やらせてもらいます!といわんばかりの闘志が燃える表紙デザイン、巻頭カラーから煽りまくりの果たし状プロローグに、いよいよ始まる本文記事は、ハシシタ「HSST」のDNA六角構造をこれでもかと全面に張り巡らせたレイアウト。そこに待ってましたと、火花飛び散り、血の雨が降るが如く、斬って斬って斬りまくる、憎悪と執念に満ちた佐野眞一の真骨頂、仁義なき小文字の大殺陣回りに惚れ惚れした。ひどいも下品も人権もプラバシーもへったくれもない、佐野さんの討ち死に覚悟の書きっぷりに圧倒されたわたしは、確信した。「これはもう編集部に2,3発打ち込まれてもやる気やな」と。

それだけに、あの記事を読んだ橋下さんは、今までの新潮や文春の暴露記事にはない殺気を感じたのだろう。佐野眞一さんの本など1冊も読んだことはなくても、自分にとっての利害のポイントだけは一読して見抜く、瞬時に相手の手の内を読む能力に長けている相場師か博打打ちほど勘のいい橋下さんのことだから、彼は絶対、予感したのだと思う。「佐野眞一というライター」に、このまま書かせてしまったら、自分が一番向き合いたくない自分自身の核心にまで迫ってくると。

「この連載で私が解明したいと思っているのは、橋下徹という人間そのものであるー(中略)そのためには、橋下徹の両親や橋下家のルーツについて、できるだけ詳しく調べ上げなくてはならない」(週刊朝日「ハシシター奴の本性」)

佐野さんは、おそらく、橋下徹という人物の非寛容で攻撃的な性格の底に、埋めがたい欠落と根深いコンプレックスがあると踏んでいた。だから橋下さんは、今までになく恐れたのだと思う。それは、自分の中で、完全に抹殺したはずの愛憎がゾンビのようによみがえり、それを否定することで成り立っていた自分自身が破壊され、崩壊し、懺悔の涙を流しながら生まれ変わってしまうかもしれない自分に対する恐怖ではないか。なぜなら、自分とて、これがわたしだと思って生きている自分を壊す事実に向き合うのは一番恐い。そうなったら、今までの自分を悔い改め、嘘も汚れも歪みもヒガミも妬みも憎しみも何もないピュアでニュートラルでやさしい「いい人」になってしまいそうで、考えただけでも空恐ろしい。

佐野さんが、奴の原点として狙いを付けたのは、親父が部落出身者で博打打ちで総入れ墨のヤクザでガス管くわえて自殺した、従兄弟が金属バッドで人を殺したとか、「だからどうした」で終わるような粗雑なルーツであるはずがない。ましてや、敵対者を徹底的に攻撃する性格の所以は、カーッとなったら何をするか分からない凶暴なヤクザの血が流れているから、「やっぱ、血ィやで」のおばはんレベルの決めつけで終わる結論であれば、わざわざノンフィクションの重鎮、佐野眞一が乗り出さずとも誰でも言える、わたしでも書ける話である。だから橋下さんは、この連載がその程度の内容で終わるはずがないと、読解力ではなく直観で察したはずだ。

たぶん、彼にとっては父親の素性など、とうの昔に自分の中で抹殺し葬り去ったことで、今さらどんなに暴かれたところで、それを盾に取って反撃する心の準備は少年の頃から徹底して自分の中で整えてきたはずだ。
橋下さんが何より触れられたくない、自分も知りたくないルーツは、そんなヤクザな父親と結婚した母親の方にその因があるのではないか。週刊朝日は、母親宛に取材依頼をファックスしていたというから、おそらく佐野さんの標的は母方にあったのではないか、とわたしは思う。母親が自分と妹に隠しているであろうこと、母親が胸に秘めているであろうこと、橋下徹が最も触れられたくない、他人に指一本触れて欲しくない柔な部分に、佐野さん自身がいつかテレビ局で見た「恐ろしく暗い目をした男」のルーツがあるとすれば、それは血脈主義や人権侵害を増長する暴露記事でもなんでもない。
橋下徹が何を見て、何を思い、何を溜めて生きてきたかを物語るれっきとしたノンフィクション、「実録・橋下徹」に他ならない。だったら、連載打ち切る必要など毛頭さらさらないではないかと、こうなったら書き下ろし出版を心待ちにしているわたしである。

わたしはこの「ハシシタ」を読んで、佐野さんが橋下徹という人間を殺したいくらい嫌いなのだということが物凄くよく分かった。いきなりのっけからどつき回すような表現、橋下を嫌いな人は胸がすくようなボロクソなこき下ろし方は、「てっぺん野郎」石原慎太郎でも、「大殺界の怪女」細木和子でさえも見られなかった荒々しさである。それだけに、そんな嫌いな奴に敗北を喫したかのような今回の無念の結末。その憤怒と嫌悪のボルテージの高さはいかばかりかと、心臓に爆弾を抱えている佐野眞一さんの身を案じずにはいられない。

ただ、これまで反橋下派の論陣たちによる橋下批判を読み重ねてきたが、この佐野さんの「ハシシタ」ほど、正々堂々「嫌い」という立場を明らかに、憎悪に満ちた己をむき出しに挑みかかる「情」のある文章はなかった、とわたしは思う。佐野さんは論争ではなく決闘したのだ。だから、「御用学者」「バカ文春、バカ新潮」「鬼畜集団」と敵対者を口汚く罵り、それを「相手の言い方、態度に合わせているだけ」と悪びれず言ってのける橋下徹という奴のやり方に合わせたのだ。いわば同じ土俵に上がった、というか、下りてきてまで勝負した。どれほど正当な主張を述べようと、「金持ちケンカせず」の姿勢を崩さない知識人たちのなかで、自ら奴のリングに上がってきたのは佐野さんだけだ。わたしは、そこに、人の墓を掘り返してまで真相を抉らずにいられない、畜生外道に落ちてでも真相を暴かずにはいられない佐野眞一さんの業深きジャーナリスト精神を見る。そして、あらためて深い敬意を抱く。

美空ひばり、勝新太郎など当代スターのルポルタージュをはじめ芸能、政治、ヤクザまで、タブーに挑み続けた昭和のルポライター・竹中労は、週刊誌ジャーナリズムに、正確な情報、道徳や倫理、世の良識などというものを求めるなと公言して憚らなかった。なぜなら、ジャーナリズムとは、人権を侵害する宿命を負った「業(ごう)」であり、正義の味方でも何でもない。人が面白がることを増幅させる卑俗な宿命を背負った「業(ごう)」だからだと、その業から逃れられないジャーナリストの矜持を自戒を込めて語っている。
「自分は、週刊誌ジャーナリズムの先に、理想的なプライバシー保護、人権擁護の世界をめざすものではない。まったくその逆の地獄におちていくことで、少なくとも僕のジャーナリストとしての人生は終わるのだ」。

今回の「ハシシタ」問題は、「言論の自由」を縛りつける法、権力、世間の空気というものをあらためて考えさせられた。そして、わたしが思い至った結論は、竹中労さんのいう、週刊誌ジャーナリズムに品行方正な道徳心など求める方が間違っているということである。他人の不幸は蜜の味じゃないが、そういう人間の醜悪さ、卑俗な悪徳を肯定することで「人間」の何たるかを世に晒すのがジャーナリストの習性なのだから、そこに自制心だの倫理感だの、野獣に首輪や鎖をつけるようなことはしてはならないのだ。
大体、国民目線、視聴者目線、読者目線という「いったい誰やねん」みたいな得体の知れないものの目線に照準を合わせた政治、テレビ、ドラマが、どれほどしょうもないか。その命中率の低さ、貫通力の乏しさを見れば、言論や表現の自由を、正しさや思いやり、あなたのためを思ってのルールで縛ることは、面白きことなき世を徹底的に面白くなくすることなのだ。

「読者がどう思うか、それを読んで傷つく人がいるか、そんなことを考えていたら、結局、人が思うようなことしか書けないのです」(竹中労)

言論表現というものは、一面、非道な所業であることを心して肝に銘じるものである。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

4件のコメント

多川さん!! よくぞ書いてくれました。
このサイトでも、佐野さんのことを悪く言う書き込みがあり、ひそかに不満に思っていたのです。
多川さん、カッコいいです。
もう少し早く書いてほしかったですが・・・

by 株彦 - 2012/11/07 2:18 PM

株彦さま 毎度お待たせいたしまして、すみません。確かに、作家の文章作法としてはもう少し抑制すべき、自制すべきなのかもしれませんが、いやいや、待てよと。じゃあ今、誰がここまで抑えなしに書き斬れるかと。佐野さんしかいてないやん!と、ひとりグダグダ考えてたら今になってしまいました。今後とも、どうぞ気長にご贔屓に見てやってくださいませ。

by Ritsuko Tagawa - 2012/11/07 4:38 PM

いま 世に出てる ぼくが読んだ なかで
この問題について いちばん 的確に 裏側を見抜いた
評論だと思います
いつもスカッとする読後感で 大好きです

ただ ありがとうございますを伝えたくて
コメントさせていただきました

by billy - 2012/11/07 9:12 PM

billyさん ありがとうございます。喋るように書いてるので、クセのある乱文だと思いますが、いやでなければまた読みに来てもらえたらうれしいです。

by Ritsuko Tagawa - 2012/11/09 12:42 PM

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Ritsuko Tagawa
Ritsuko Tagawa

多川麗津子/コピーライター 1970年大阪生まれ。在阪広告制作会社に勤務後、フリーランスに。その後、5年間の東京暮らしを経て、現在まさかのパリ在住。

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