salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

白線の裡側まで

2012-10-14
祝ノーベル賞受賞、山中教授を語る回

子どもの頃好きだった70年代のTVアニメにはよく科学者が登場する。
中でもわたしが夢中だったのは、「科学忍者隊ガッチャマン」の南雲博士、「新造人間キャシャーン」の東博士である。いずれも、人類のための研究の結果、とんでもない悪を生み出してしまい、その罪悪感から今度は正義のヒーローを誕生させ地球人類を守るべく奮闘する苦悩の科学者、悩める博士だ。そんな博士アニメの影響のせいか、昔から「科学」と「博士」にめっぽう弱いわたしが今、熱い視線を送る意中のハカセといえば、もちろん、ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥教授である。
ここ数年ノーベル賞発表の10月が近づくたび「取れるかどうか」とマスコミメディアに騒がれていた山中教授だが、ファンの一人としては「天より高く、生命の宇宙を駆ける山中教授の志は、ノーベル賞をとる、とらないとかの次元じゃない。そっとしといてあげて!」と、勝手な情を乗せ込んで外野の端っこで見守り続けてきた。と、そういう個人的な思いから、今回は「ノーベル賞受賞記念、山中教授を語る回」ということでひとり熱く語らせてもらうことにする。

昨年放送されたNHKスペシャルで、わたしは初めて熾烈な特許戦争に挑む京大山中研究チームの知力を尽くす戦いを知った。最先端生命科学・バイオ研究の世界は、莫大な利益を生む投資ビジネスのマーケットであることから、生命科学の研究者は日夜、生き馬の目を抜くがごとく競争にさらされているのだという。iPS細胞の再生医療技術を米国ベンチャー企業に独占されないために、果敢に挑み続ける山中教授の研究チームだが、もしこの争いに負ければ、iPS細胞の作製技術が米国企業に独占され、日本における医療費は法外なものになる。そうなれば「ひとりでも多くの人の生命を救うため」という山中教授の研究の目的が果たせなくなるのだ。整形外科医時代から研究者に至る今日までひたすら追い続けてきた目標は「人の役に立つ医療の道を切り開くこと」。それゆえ金儲けに転用されることは、絶対に防がなくてはならない。山中教授がめざすのは「独占するため」ではなく「独占されないため」の特許取得。知的財産の先鋭エキスパートが揃う特許大国・米国に対し、京大山中教授チームは製薬会社から知的財産権に関わるスペシャリストを引き抜くなど組織力を強化し立ち向かう。そして今年9月、iPS細胞の作製技術に関わる特許が米国で3つ、日本の京大山中チームで1つ認められたことにより、米国企業による「独占」の危機は免れた。その苛烈な国際競争にさらされた心境を山中教授は自著でこう語っている。

「争いに関わりたくない思いの半面、譲れない気持ちがあった」
「世界の研究チームに勝とうとは思わない。『どうすれば負けないか』という視点を持って臨まなければ大負けする」

一般によく「人生、勝ち負けじゃない」などといわれるが、それはどう見ても “負けていない人”  の口から出て初めて、真に迫る意味を持つ言葉である。巷に溢れる「人生、勝ち負けじゃないから争わなくていい」という「この世にひとつだけの花 」理論の何が気色悪いかといえば、そこには「どうすれば負けないか」「自分には何が足りないのか」という苦悶のクエスチョンが生まれる余地がないからだ。なぜ、どうして、どうすればの苦肉の掘り起こし作業なくして、どうやって創意工夫の芽が育つというのか。しかも芽も出てないのになぜ自分だけの花が咲くのか。さらにあろうことか、それがなんでいきなり特別なナンバーワンなのかが、わたしの頭では理解できない。譲れない信念を貫くためには争わなくてはならないし、譲れない一線があるから、それを守るために譲れる部分は譲る「負けない闘い方」ができるのではないか。そんな山中教授とは逆に、自分にとって「譲れない大切な何か」がない、あるいは譲れないと思っていることがズレているとどうなるかは、日本の政治を見ればよく分かると言えるかも知れない。

そして、凄まじい情報戦といわれる生命科学分野の国際競争では、「有力科学雑誌の編集者とファーストネームで呼び合えるくらいの信頼関係がないと勝てない」という山中教授は、「サイエンス」や「ネイチャー」など米国の科学雑誌のエディターたちと積極的に交流を深め、個人的な信頼関係によって、米国の研究者たちと互角に戦えるバックボーンを築いている。たとえば「iPS細胞」など日本人研究者がつけた名称は、米国の研究チームが別の名前で発表すると米国名が一般化されるのが残念な常識なのだという。それがなぜか今回は、山中教授と同時期に発表された米国ライバル研究チームもすんなり「iPS細胞—YAMANAKA」とその名称を使用し、山中教授が苦心の末編み出した「iPS」のネーミングが一気に国際的に定着した。そういう流れに至ったのは、「シンヤが名付けた名前だから、別の名前にしたらかわいそう」と思ってくれたのだろう編集者や研究者との友人関係があったからだという。また、研究成果や論文内容は素晴らしくともプレゼンテーションがまずい日本人研究者の弱点を「損してるわ」と思った山中教授は、米国の大学でプレゼン技術を徹底して学ぶなど、日本の科学者の新たなスタイルを自ら切り開いている。

高潔な信念、ひたむきな努力、そして、しなやかでしたたかな発想と戦略的思考で生命の未来を変える夢の扉を開いた山中教授。ノーベル賞受賞の会見で語られた中で、わたしは一番この言葉が心に留まった。

「研究者の仕事は真理を明らかにすることだが、何枚ものベールに包まれてなかなか真理が見えない。そのベールを一枚ずつ剥ぎ取っていくようなものだ。研究はどの一枚のベールを剥ぐのも大切である。そして最後のベールを剥ぐとそこに真理が見える」

「一枚一枚のベール」は、1人ひとりが生きた時間、歩いてきた道のりに重なる。どんな仕事分野でもそこには先人たちが切り開いてきた道があり、その道があればこそ、いつか誰かが最後の扉にたどり着き、それを開くことができる。受け継ぎ、つなぎ、託すために自分は今ここにいる。生命の根源を見つめ続ける科学者・山中教授から発せられてこその重層な深みと広がりを持つ言葉に、日本人が一番大切に思う誠実な心のあり方をあらためて考えさせられた。そして、人というのは何を言うかではなく、何を行っているかが大切で、何を語るかではなくそれを語るのが誰かというのが「伝わる・伝わらない」の分かれ目なのだと、あらためて肝に銘じたわたしである。

そして最後にこれだけは語っておきたい、山中教授のほっこり笑けるお人柄。受賞の記者会見では「日の丸のおかげ」と何の躊躇もなく愛国精神をのぞかせてみたり、高校時代は「かぐや姫」のコピーバンドでしかもそのバンド名が「枯山水」とか、絶え間なくのしかかる重圧を吹き飛ばすためにジョギングしながら聴く曲がビリージョエルの「プレッシャー」・・・って「そのままですけどね」と自分で言うて自分でツッコむサービス精神。やはり大阪の人間としては、大阪出身・山中教授のベタなセンスの発見に、ノーベル賞受賞と同じレベルで大喜びしてしまうわけである。

と、このまま喜びムードいっぱいに「いい話」で終わりたかったのに、まさかと飛び込んできた「iPS細胞による心筋移植成功」のねつ造事件。疑惑の森口尚史氏というのは、山中教授の論文盗用、医師免許詐称、経歴詐称と何から何までウソだらけ。記者会見の様子をひと目見ただけで「どうもあやしい」と思える人物である。そんな森口氏はいうまでもなく、誰が見ても疑わしいこの人物に2時間みっちり取材して一面スクープを載せた読売新聞の「信じられなさ」も相当なものだと呆れてしまう。そしてさらに信じられない、森口氏のうつろな関西弁。山中教授の話の中にちらっとのぞく大阪弁にいつになく誇らしい気分に浸っていたら、これである。しかしそれにしてもしょうもない論外オチ・・・。お約束とはいえ、甚だゲンナリである。

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1件のコメント

いつもながらに多川さんの切り口は素晴らしいと思います。
「世界に一つだけの花」全く同感です。
ついでに言うと、東京では流れている江口洋介の缶コーヒーの宣伝も嫌いです。「父さんはホームランを打たない、ゴールネットを揺らすこともない」で始まる、CMも嫌いです。
「バントやパスは大事」だけれど、それだけでは、ないぞ、という気持ちがなければ世の中は進んでいかないのだ、と思うからです。
余談でした。
山中さん、本当に良かったですね。
しかも、それが、大阪の人だったというのが、とても、感動的でした。

多川さん、コラム楽しみにしてますので、更新をもう少し、頻繁にしてください。
ファンからのお願いです。

by 株彦 - 2012/10/19 10:49 AM

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Ritsuko Tagawa
Ritsuko Tagawa

多川麗津子/コピーライター 1970年大阪生まれ。在阪広告制作会社に勤務後、フリーランスに。その後、5年間の東京暮らしを経て、現在まさかのパリ在住。

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