salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

白線の裡側まで

2012-08-13
場違いな蝉と課長と、このわたし。

昨晩遅くにゴミを出そうとマンションのエレベーターに乗ると、床の隅っこに焦げ茶色のものが落ちていた。犬のフンか何かとよく見ると、蝉だった。蝉はすでに今際の際にあるようで、人の気配にビクリと羽を鳴らすことも身動きひとつすることなく、時折かすかにピクッとうごめく触覚にまだ息はあるように窺えた。が、それもあとしばらくで楽なところにいけるのだ。

人知れずか蝉知れずか、まさに死に逝くおのれの亡骸をもって、ゆく夏の終わりを告げているのか。はかない7日の生涯をこんな箱の中で終えるのはかわいそうに、外に出してやろうかと情をかけるも、いやいやこれもおまえの選んだ死に場所だと、こんな所で野たれ死ぬのは口惜しかろうが、蝉といえども自業自得と観念せねば死にきれぬものだろうと、そのまま置いておくことにした。

人というのは、死に際に自分が為したこと、為さなかったこと、自分というもののどうしようもなさがわかるものだと、「わからな死ねん、わかったときに人は死ぬる」という祖母の言葉を思い出して手を合わせ、ふと、思った。この蝉、なんかわたしに似てないかと。

たぶんこいつは下手に好奇心だけは旺盛で、つねにアレコレ余計なことを考えて、「うわっ、残り3日、あと2日しかないわ。あかん、じっとしてたらこのままここで死ぬだけや!」とやいやいうるさい性分で、あちこちムダに動き回る落ち着きのない蝉だったのではないか。そして「もうあかん・・・」という7日目に、こうなったらどこかラクに死ねる場所はないかとさんざん逃げ道を探し回ったあげく、たどり着いたらそこは死刑台のエレベーター。大樹の枝でじっとしておけば樹の根に落ちて静かに土に帰れたものを、無駄にジタバタ動いたばかりにこんなところでこんな目に・・・という事の次第、話の顛末がどうも自分と同類の匂いがして何やら情けない気持ちになった。

しかしながら、待てよと。わたしはこの蝉に同類の憐れみとともに、何かもっと愛さずにいられない感情を抱いていることに勘づいた。
そう、この蝉の場違いな死に場所に、場違いな人の人生を思ったのである。一体全体キミはなぜこんなエレベータに居るのか、こんなところに来ようと思ったのか、この蝉はいやおうなくわたしに「なぜ、どうして」の疑問を抱かせる。それは、なぜこんな田んぼと年寄りだらけの辺鄙な場所でプールバーなんかやろうと思ったのか、なぜそんな服を買おうと思ったのか、なんで自分お笑いやろうと思ったのか・・・などと、見るものすべてに「なぜ?」と思わせる圧倒的に場違いな空気だ。わたしは、そういう場違いな空気を一身にまとっている人、試行錯誤の末がそれかい!という人に、なりたいとは思わないが強く惹かれてしまうのだ。

今回は、そんなわたしの愛すべき場違いな人として、今もこってり記憶に残る人物をご紹介したい。

それは、かれこれ16年前、26歳の頃。ファッションの仕事をやめてもう一度コピーライターとして働こうと転職活動をしていた時期に、とある中堅広告代理店の営業事務バイトとして3ヶ月間働いたことがある。
そのときわたしが配属された営業6課の課長というのが、本日の主役、極上の場違い感を醸し出す好人物だったのである。

営業といえば、売上げやノルマという数字に闘争本能が掻き立てられる冷徹かつ獰猛な性格で、さらにはクライアントや取引先との金銭交渉をゲーム感覚でやれるような人間でないとできない仕事、というのがそれまでの自分のイメージだった。確かに、その営業6課には、目的遂行のためには自分の感情をいかようにもコントロールできるハンター系の営業戦士が揃っていた。が、それを仕切る当の課長というのがどう見ても、色が、においがあきらかにまわりと違うのだ。何というかオフィスのデスクより銭湯の番台に座っている方がしっくりくる抜群にトホホな風采が際立っ風貌で、それなのになぜ生き馬の目を抜くような営業戦線に立っているのか、なぜ立てると思ったのか、しかもなぜ課長なのか、どうやってそんなことになったのか、なれている思っているのか等々、とにかく不用に好奇心を掻き立てられる人であった。

何しろその課長ときたら、もちろん眉毛は意志の強さ、モチベーションの高さという気迫めいたものを一切感じさせないハの字眉。四角い話もま〜るく納める丸い顔立ちに円鏡師匠を思わせる黒縁めがね。クールでシャープな切れ味とは生来無縁のまんまる目に気兼ねや遠慮は一切不要といわんばかりの団子鼻。「えろ(えらい)、すんまへんなぁ」「そらもう社長、殺生だっせ」と“謝るのはタダやがな”の浪花流詫び癖がカマボコみたいに板に付いたあきんど唇・・・。それはもう場違いを絵に描いたどこに出しても場違いなトホホ風味が絶品だった。

わたしみたいなバイトに指示を出すにも「たがわちゃん、今ちょっとええかぁ?」と、犬が脇の下からひょっと顔出すみたいに、じゃれながら懇願する表情、仕草がまたうっとうしいやらクセになるやら、なぜそうまでいちいち「場違い」なトーンが出せるのか。
そんな課長がひとこと口を開くだけで、せっかくのONの空気、ビジネスの緊張感、士気高い社内のムードが雲散霧消にかき消されるあの感じは、どう言えばいいのだろう。それは、恋愛やシリアスな場面で発せられた瞬間、せっかくの雰囲気ムードがいっぺんに台無しになる大阪弁に匹敵するまことに残念な破壊力なのだ。

わたしは、いかにも会社然とした会社に勤めたことも、真面目にきっちり言われたことを正確にこなすオフィスワークも生まれて初めてだったので、電話応対ひとつ、エクセルの表計算ひとつまともにできず、「え、そんなこともできないの?」と呆れられ、落ち込む場面も多々あったが、一日も早く実務を覚えるより何より、わたしはその課長のいうことなすこと唇噛みしめ笑いを堪えることに一生懸命、必死だった。

そんな課長がいつだったか、ある日の課内ミーティングでおもむろに語った珠玉の場違いな名言が今も忘れられない。会議の席では、課の営業マンそれぞれが今抱えている懸案事項が次々に机に上げられ、どのように対処すればよいか解決の糸口を課長に仰ぐというシーンで発せられたエピソードの場違い感ときたら、もはや名人の域である。

「最前(さいぜん)からみんなの考えてること聞いててな、えらいなぁ思てな。わしも営業やり始めた頃は、今の坂下ちゃんや田端ちゃんと同じように、そらもうややこし取引先相手にやりきれんことばっかりやったわ。なんで自分がこんなやつにこんなことまで言われなあかんのか、毎日消えてなくなりたい一心やった。打合せの帰りにいつも環状線乗るやろ? そしたらもうどこの駅にも降りたくなくなるんや。ぐるぐるぅ、ぐるぐるぅ、半日ずっと環状線を何周も回りながら、そのうちどっか知らんとこに行けるんちゃうかとか、ぐるぐるぅ、ぐるぐるぅ考えて乗ってたら、気づいたら夕方や。それに比べたら、みんなちゃんと会社戻って、仕事して、ほんまえらい思うでぇ〜」

いやいや、なぜそんなことを今この場で思うのか。そんな思ったままを正直に垂れ流していいと思えるのか。えらいのは他の誰でもない、課長あなたです! と、わたしは現実を逸脱した超次元の場違いぶりに腹がよじれるほど感動させられた。

そして、それから3ヶ月後。ようやくコピーライターとして雇ってくれる会社が見つかり、その営業6課のバイトをやめることになったわたしの送別会で、わたしは衝撃の自分を思い知らされた。こともあろうにその課長から「なんかなぁ、わしな、たがわちゃん見てたら、いつも場違いな気がしてたんや」と言われてしまったのである。

どうもそれは服装、しゃべり方、振る舞い、態度、やることなすことが社の風紀や空気にそぐわない「場違い」だったらしく、たぶん今の時代にそんなことを上司が口にすると完全にセクハラになるのかもしれないが、そのとき課長が「こんなこと言うのも何やけどなぁ」と言いにくそうに照れながら告白してきた「わたしが場違いである最大の理由」。それは何を隠そうわたしが思いっきりノーブラだったという事実であった。

そう言われれば確かにそうだと、でもわたしはとくに気にならないので別にいいと思ってましたとあっけらかんと答えるも、「あんたが気にせんかて、わしかて誰かて気にするがな」と、でんがなまんがな粘っこい大阪弁で糸引いて驚かれた。そして「嫁入り前の娘なんやから、ブラジャーくらいつけんとあかへんでぇ〜」とたしなめられるも、恥ずかしいより何よりもその「あかへんでぇ〜」と耳にまとわりついて離れないダッサい言葉の響きが可笑しくて可笑しくて、「すいませんでした」と大笑いして勘弁してもらった次第である。ただし、その時点でわたしはすでに嫁入り後の出戻りだったが、またそれを話すとでんがなまんがな離れなくなるので、その場は課長が思うようにそういうことにして置こうと、そこはあっさり捨て置くたがわちゃん、なのである。

というわけで、自分は課長のことをさんざん「場違いな人」だとあざ笑っていたのに、自分もその会社では完全に「場違いなヤツ」だったという、なかなかよくできた噺じゃないかと。人を呪えば穴二つじゃないが、人を嗤わばオチ二つと、世の中うまいことできてるだけに、あの蝉の末路が自分の最後でないことを願って、合掌。

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

3件のコメント

多川さん、今でもノーブラですか?女性の胸は、女性が何歳であろうと、フェロモンの発射口です。雄としては、顰蹙を買うかもしれませんが、どんな年齢の女性であろうと、フェロモンの発射口に、近づくと、落ち着いて入られないのです。課長の気持ちよくわかります。

by 株彦 - 2012/08/15 12:22 PM

難儀なことです(。-_-。)

by richun - 2012/08/15 4:11 PM

あー面白かったー^^こういうおいさんが会社にいると自分もとりあえず大人でいていいんだと安心します。

by シャア・アズナブル - 2012/08/22 8:07 AM

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Ritsuko Tagawa
Ritsuko Tagawa

多川麗津子/コピーライター 1970年大阪生まれ。在阪広告制作会社に勤務後、フリーランスに。その後、5年間の東京暮らしを経て、現在まさかのパリ在住。

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