salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草ウェブマガジン

そらのうみをみていたら。

2011-11-17
夢亀ラーメン 店主 吉田清継さん
ラーメンは僕のアイデンティティ

今回、お話をうかがったのは、東京・経堂にある本格くまもとラーメン「夢亀」の店主・吉田清継さん。
私が初めてお会いしたときは、テレビやCMの映像ディレクターとして活躍されていたので、その転身にびっくりした。
なぜラーメン屋さん?と聞くと、吉田さんはこう答えた。
「ラーメンは僕のアイデンティティなんだよ」

熊本県出身の吉田さん。小さい頃、ご実家は番傘や蛇の目などの和傘を作る会社を営んでいた。和傘は時代とともにパラソルに変わり、ご実家は会社をたたむことに。そこで吉田さんのお父さんは、ラーメン屋さんを始めたそうだ。
「子どもながらに、お父さんはいつラーメンの作り方を覚えたんだろうと思ったけど、初めて食べさせてくれたラーメン、おいしかったんだよね。大好きだった近所のラーメン屋さんのラーメンよりおいしかった」

7人兄妹で下から2番目の吉田さんはその頃小学低学年。出前や仕込みなどを手伝うようになり、高校生になると店に欠かせない戦力に。学校が休みの日にはひとりでラーメン屋さんの営業をすることもあった。
「だから映像の仕事をしているときでも、ラーメンを食べにいくと、僕が作ったほうがおいしいのになと思ってたんだよね(笑)」

ご実家のラーメン屋さんは、吉田さんのお父さんが他界されたときに閉店。吉田さんは小さい頃から興味のあった映像の世界へと進んだ。
でもいつか、お父さんの味を継ぐラーメン屋をやりたい、その思いはずっとあったそうだ。
「新しい映像のプロジェクトに取りかかるのと同じような感覚だったね。場所を決めて、仕入れ先を探して、お釜を入れて…。最初は自信満々だったよ。やらなけらばいけないことがあって、それをどう進めていくかに頭と体を使う。基本的になんの商売も一緒だと思うからね、順調にはじめられたと思うよ」

そこへ、テレビの依頼が来た。
「『王様のブランチ』に出ちゃったのね。そしたら放映の翌朝、開店前に40〜50人並んでるんだよ。そのときはさすがにビビったね(苦笑)。これをこなせるだろうかと。でも、お店には10人しか入れないから、目の前のお客さんの顔を見て、ここにいる人だけを相手にすればいいんだって気がついて、落ちついたよ」
その状態は2カ月続いたそうだ。

私はラーメンに詳しくはないが、その世界は特に関東圏においては、競争も反響も激しそうだと想像はつく。
「たとえば、カップルで食べにきてくれるとするでしょ。彼がうちの店を選んでくれたとして、そこでラーメンがおいしくなかったら、彼女は機嫌をそこねてふたりの間に亀裂が生まれるかもしれない。おいしかったら、ラブラブに発展するかもしれない。そういうのがカウンター越しのお客さんの顔みてるとわかるんだよね。すごい責任重大だなと、胸が痛くなっちゃう。そんな思いに揺れることがあったけど、最近はラーメンの味が安定してきたかな」

ラーメンはバランス。スープと麺というシンプルな世界の中で、バランス感覚がうまくいけば、ひとつの宇宙ができあがり、おいしいラーメンになる。そのバランスがやっととれてきたと吉田さんはいう。人生と同じだよ、と。

私は吉田さんにお話を聞く前、ある番組の録画を見た。
それは、吉田さんが企画、撮影をした『Aloha!未来〜ハワイの心、ホクレア号日本へ〜』という、2007年に行われたホクレア号の日本への航海を追った記録映像作品。

ホクレア号は、古代ポリネシアの遠洋航海用の船を模して1975年にハワイでつくられたカヌー。エンジンを持たず、海図やコンパスといった近代の道具も使わず、星や波、風、海鳥たちの行方といった自然のサインを読みすすむという、古代の伝統的な航海術を継承して旅をしている。そのホクレア号がハワイへ移住した日系移民の人々、古代から伝承される太平洋の文化への敬意、そして、平和への願いを伝えようと、2007年に5カ月をかけ命がけの大航海を果たして日本へやってきたのだ。

フラをはじめたばかりで、ハワイの文化に興味をもちはじめていた私は、偶然ホクレアのことを知り、吉田さんが撮ったこの番組をみることができた。

私は、泣いていた。
ずっと、ずっと泣いていた。

それから、何度この録画を見たことだろう。
見るたびに、私は生まれ育った愛媛の海を思い出す。

番組の中で、ホクレアのナビゲーターのひとり、ハワイ人のナイノア・トンプソン氏が語るシーンがある。
「変わり続ける世の中で、伝統や先祖を大切にしていけば、自分が誰なのかをいつも考えることができる。…自分のアイデンティティと文化は守っていかないといけない。この2つを失うと自分自身を失うことになる」

“アイデンティティ”
この言葉にいつも、体が反応する。

 そして、吉田さんからも“アイデンティティ”という言葉を聞いた。
 
「うまく伝えられるかどうかわからないけど、人が文化をつくるというよりも、時代時代の流れのなかにあった文化の中で、人は育っていくと思うんだ。なにがいちばん影響するかというと、土地だと思う。ハワイなら、ハワイのありようがハワイ人をつくり、日本なら日本の風土、気候が日本人をつくる。僕の人生でいうと、熊本で生まれ育った20年と、それから東京へ出てきて、違うものを吸収したものがあって、いま、ラーメン屋をやっている。熊本の土地で培ったものを思い出して学び直したうえで、いまこの東京の土地で僕のラーメンは育っていくんじゃないかな」

過去の道をたよりに、自分が誰なのかを考えることは、未来へつながっていく。


本格くまもとラーメン「夢亀
東京都世田谷区経堂3-38-2
03-6413-7033
小田急線経堂駅北口から徒歩5分

ご意見・ご感想など、下記よりお気軽にお寄せ下さい。

3件のコメント

吉田さんのモノ作りに妥協はないでしょう。

東京いったら食べに行きます。

楽しみです。

by ともき - 2011/11/18 4:28 PM

ゆっきーねーさん!
あけおめ☆ことよろ
去年はいっしょに踊ってくださり
ありがとうございました
今度いっしょにラーメン
食べに行きましょ♪

by タカエ - 2012/01/06 2:41 PM

吉田さんの高校後輩で、千葉在住(東京勤務)です。大先輩としてだけでなく、お父さんの味を東京で(亀の夢のようなながーーーい時間をかけて)復活させた素敵な方だと尊敬しています!夢亀ラーメン大好きで、友人知人に紹介中です!!(行列が出来ない程度が良いなぁ・・・王様のブランチパニック時は2、3ヶ月は入れなかったので(笑))

by champ.m - 2013/12/16 4:49 PM

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魚見幸代
魚見幸代

うおみ・ゆきよ/編集者。愛媛県出身。神奈川県在住。大阪府立大学卒業後、実家の料理屋『季節料理 魚吉』を手伝い、その後渡豪し、ダイビングインストラクターに。帰国後、バイトを経て編集プロダクションへ。1999年独立し有限会社スカイブルー設立。数年前よりハワイ文化に興味をもち、ロミロミやフラを学ぶ。『漁師の食卓』(ポプラ社)

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